8章
気づいたときには遅かった。俺は人をーー薫を刺してしまっていた。
腹部から滴り落ちる血液。リズムよい音を地面に響かせる。いつの間にか俺の足元にまで血は流れていた。
薫は一切痛みを表情に出さず、俺の頬に右手を添える。そして優しい笑顔を俺に見せてくれた。
「……颯、人、君。お別れ、じゃないよ。だから、元、気だして、ね」
「うあ、ぁぁぁ、ぁぁぁぁぁぁ!!」
颯人は先程まで耐えていた嗚咽を薫の言葉をきっかけに盛大に漏らす。
「死ぬな!薫ッ!!」
薫は力なく俺の体に自分の体を預けてきた。薫は笑顔のまま目を閉じていく。
俺は力強く薫を抱き締めた。
ーー死なないでくれ!頼む、生きてくれ!
強く胸中で叫んでも現実は変わらない。薫は最後の力を振り絞り、聞こえるか聞こえないかの小さな声で俺の耳元で言う。
「愛し、てる。颯ーー」
……
「ーー人君!起きて」
肩を揺すぶられ、俺は夢の世界から現実世界へと帰ってくる。俺の目の前には薫が安堵の表情を浮かべていた。
「心配したんだよ。颯人君眠っちゃったと思ったら凄くうなされてたから心配しちゃった」
「……悪い、薫。心配かけちゃって」
ふと、周りに目を向ける。そこには俺が夢へと落ちる前に見た時と違っていた。場所はビルの中にいる、これは同じだ。しかし、壁には新たな人が寄りかかっている。
「無事だったか、王!」
俺は王の名を呼んだ。相変わらずの笑みを浮かべながら王は俺に近寄る。
「やっと起きたか神崎。試合中に寝るなんてマナーなってないなぁ」
「ごめん……ところでさっきの弓矢はどうなった?やけに外は静かだけど……」
「あぁアイツ……ほれ」
そう言い、王は何かを指でこちらに弾いてきた。おわっと、ととり損ねそうになったが手でキャッチ。手を開くと、指輪が輝いていた。しかも選手専用の指輪だ。
「まさか、倒したのか?」
選手の指輪を持っている、つまり他の選手を倒したと言う意味だ。この王は弓矢の雨が降るなか、その原因の選手を見つけ倒したと言うのか。
再び王は微笑みを見せ、答えてきた。
「案外楽勝だったぜ!」
「へ、へぇー……」
恐るべき強さの王。苦笑を漏らすことしか俺にはできなかった。
「キング、苦戦してませんでしたか?」
エスパーダが王の背後から出てきた。
「く、苦戦なんかしてねぇよ!」
王は焦りを隠せない。本当に王は苦戦していたみたい。
「……そんなキングは可愛いです」
耳に聞こえない声でエスパーダはボソリと言う。
王たちは置いといて、俺は隣にいる薫を見る。しかし薫の姿そこにはなかった。
周囲を確認すると、ビルの外に薫がいた。
橙色の夕陽が地面を照らし、目で見るには少々眩しい。
「薫、なにやってん――」
薫に声をかけようとしたが、出来ない。とても切ない表情をした薫がそこにいたからだ。
そっとしておこう、とそう思い俺は王たちのもとへ向かおうとしたが
「あっ、颯人くーん!こっちおいでよー!」
先程までの表情からは想像もつかない陽気な薫の声が背中に届く。
「おう。薫いま行くよ――」
と俺が振り向こうとした時、一陣の風が頬をかすめる。
そして気づく、頬から血が流れていることに。
「薫ッ!!」
すぐに後ろへと振り向いた――ころには遅かった。薫が地面に膝をついている。周りには鮮血が水溜まりをつくっており、その上にドサッと薫が倒れ込む。
「か、薫ッ!!」
すぐに駆け寄り、力が抜けている体を抱き締める。腹部から血が溢れでており、いまだ止まらず。
「うぅぅぅぅぅああああああああああああ!!」
俺はただ泣き叫ぶことしかできなかった。薫を胸に抱きながら。
◇◇◇
ビルの12階の窓から景色を眺める少女。真っ黒なロングコートを羽織り、フードを深くかぶり顔が周りからは見えない。
そこの窓からは血を流す少女を抱き締める少年が見てとれる。
「さて、ショーを始めようとするか。楽しませてくれ別世界の使者、神崎颯人君」
少女はその場で高らかに嘲笑する。ビル全体とまではいかないが、そのフロア中に響いた。