24章
颯人がここに残るよう言って、すぐに校舎へ行ってしまった。
「私はずっとあなたと一緒にいたいのに……」
薫はボソリと呟くが誰か返事をするわけがない。そんなのはわかっている。でも一人残されるのがいやだ。そんなことを思うと寂しさが再び込み上げてきた。
「……また颯人くんは一人で行っちゃう……。あなたと出会い始めの頃も同じことがあったのに、忘れたの……?」
その場で座り込んだ薫は、夕暮れの空を見上げ淡々と呟いていく。
「……私は颯人くんが好きなのに」
今頃颯人は鏡と戦っているのだろう。颯人には十分薫を守る力があるはずだ。けれど残ってほしいと言ったのは薫自身に力がなく、単に足手まといになるからということ。
「私に力があれば……」
「――あなたの望みを叶えてあげましょうか?」
突然目の前に一人の女性が現れ、薫は目を疑った。目を擦りもう一度見てみるが、やはり幻ではない。
薫は平静を装いながら訪ねてみる。
「あなたは……?」
「私はミラ。こことは違う別世界から来たの」
「じゃあ私と颯人くんとも同じようなことをしてるの?」
「んー、違うかな。私はすべての運命を見守る存在――〈運命の観測者〉。あるいは〈神の末裔〉ね」
ミラは黒のドレスを翻して、薫の隣へと座る。ミラの金髪が夕陽を浴びて黄金のような色を放つ。
風で靡く黒髪を手で抑えて、薫は口を開く。
「ミラさん一つ聞くね。〈神の末裔〉は神という存在なの?」
「違いますよ。神を補佐する、それが神の末裔。神は二人しか存在しない。それ以上でもそれ以下にも増えたり減ったりはしないです」
「その二人って創造の神と破壊の神だよね?」
「はい、その通りです。我々神の末裔は創造と破壊の神をずっと見守ってきました。もちろん今もですよ」
ミラはフフッと暖かい笑みを浮かべていた。それにつられて薫もつい笑みがこぼれてしまう。先程までは泣いていたのが嘘のように。
「そういえば自己紹介まだだったね。私は夜白薫です。よろしくね、ミラさん」
「はい。よろしくお願い致します、薫さん。――話は変わってしまいますけど薫さんは力を欲しているのですか?」
その言葉に薫はコクリと頷く。
「私は颯人くんの力になりたい。それが手に入るのなら私はどんな事だってする」
ミラは思いの外、力を欲する決意を甘く見ていた。しかし薫の瞳は違っていた。どんな事だってする――例え、人殺しだとしても、その決意にミラは心底驚いた。
「薫さんの決意は十分に伝わりました。けれど力を与えるには条件があります」
ミラはその場から立ち上がり薫に振り向く。
「その条件は――――を殺すこと」
「……!?」
ミラから告げられた条件は、夜白薫の運命の警告でもあった。
◇◇◇
とある教室の隅に位置する席に座る一人の幼い少女。
机には紙に絵を描いている。そこには高校生らしい男性と幼い少女が笑顔で手を繋いでいる絵が描かれていた。きっと絵の少女は自分自身なのだろう。
「んしょ……、あとはこれを書けば完成ですね」
そう言って男の上には《鏡》と書き、少女には《未雨》と自分の名前を書いていく。
「やっと完成しました。この絵の出来は96点ですかね」
未雨は絵を見て、まるで画家のように審査をする。
「私なら100点をつけるかな?」
突然教室内に聞こえた見知らぬ声に未雨は瞬時に身を構える。
その人物は教室の扉の前に静かに立っていた。
「あなたは……夜白薫ですね。ここになにをしにきたんですか?」
未雨はごく自然な姿勢で薫に訪ねてみた。
「彼を助けに私は来たの。じゃあ、あなたはどうしてここにいるのかな?」
この瞬間未雨は考えていた。
組織からの情報によると夜白薫は無力であると聞かされている。ではなぜ彼女はここにいる?死にに来たのか、あるいは――勝てるとわかっているから戦いに身を投じにきたのか。
けれどそんなことは未雨には関係なかった。
「――未雨に勝てる奴は、一人もいるわけないですっ!」
そう、ここで夜白薫を殺せばなんの問題もない。鏡の手伝いは続行することができる。殺す以外の選択肢など考えなくてもわかっていたことだ。
未雨は服に仕込んでいたナイフを逆手に構え、すぐにスレイドを発動させる。
「一撃で仕留めます。未雨のスレイド――《瞬間転移》!」
先程まで座っていた未雨の姿は一瞬で消え、薫の目の前にナイフを持った未雨がそこにはいた。
《瞬間転移》。
次元から次元へと移動することができるスレイド。
発動者はその場から一瞬で別の次元に飛ぶ。次元は時間という概念がなく好きな場所へ移動でき、もとの次元へ戻ることで瞬間的に移動したことになる。
瞬間転移に薫は一切動じず、冷徹な眼差しで未雨を一別する
。この時、未雨は薫がこちらの動きについてきていることに気づけていなかった。
「私は颯人くんの事をずっと助けるから、こんなところでは死ねない」
「そんな言葉で助かるとでも思っているのですか? 安心して、未雨にかかればすぐに死ねるから」
ナイフを薫の首に押しあて、あとは力を加えれば未雨は勝利する。
これでずっと鏡と共に行動することができる、そう思いナイフに力を加える未雨。
「これで終わりです。――……ッ!!」
未雨はナイフを動かしているつもりだ。なのに何故か、ナイフは動こうとはしない。
そしていつの間にか自分自身さえも動くことが許されなくなっていた。
薫は平然とした態度で、動けない未雨の後ろへと移動する。
「ごめんね。そのナイフも、あなた自身も私のスレイド――《時の支配》が全ての時を支配しているの」
《時の支配》。
全ての時を支配するスレイド。
己自身の時を支配できないが、己以外の時を自由に支配することができる。
そのまま後ろから気絶程度に手加減をして、未雨の首を締める。
「ぐっ……」
「死なないから大丈夫だよ。――さよなら」
薫がスレイドを解除した時、ナイフは床に突き刺さると同時に未雨は力なくその場に倒れ込んだ。
そして何事もなかったかのように薫は教室をあとにした。




