22章
文化祭の活気も終わり、冬島は校舎裏に一人立っていた。
この場所にとある人物を呼び出したからである。二分が経過したころに、足音がこちらに近づいてきた。
「どうしたのですか? こんな所に呼び出して」
橘琴音はここに呼ばれたことがわからないような様子で歩いてきた。
「橘さん。君に話したいことが……ある」
「冬島君の話は聞いてあげますけど、あまりおかしなことは言わないでくださいよ?」
「今回は真剣な話なんだ」
緊張して口の中が乾いてしょうがない。早く橘さんに言ってしまえば楽になれるだろう。けれど「好き」という二文字の言葉を言おうとするが喉の奥で詰まってしまう。
(――おれは、初めて会った時彼女に惚れた。そしていまこの気持ちを伝える!)
冬島は呼吸を整え、琴音に静かに言った。
「おれは君が好――」
――き。
そう言おうとしたが、彼女の人差し指が冬島の唇を制した。
「それ以上はダメですよ。私も続きは言わなくてもわかります」
「な、なら……なんで!?」
冬島はいつのまにか琴音の手を握り言い寄っていた。返事が予想外で動揺しているのが自分でもわかる。
急に手を握られた琴音は驚いていたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻す。
「告白ってのは勝って、いいところを見せてから言ってください。だから鏡に勝ってきて。そうしないと返事はしませんから」
「……わかった。絶対に勝つから、その時にまた君に言うよ」
「うん、ありがとう。……でもこれだけはしてもいいよね?」
琴音は少し背伸びをして顔をぐっと近づける。
「……!?」
「勝つためのおまじないだよ。――んっ……」
そのとき唇に柔らかい感触が伝わった、と同時に冬島はバランスを崩し後ろへと倒れ込む。背中が痛むのも忘れて柔らかい彼女の唇を味わう。
冬島は琴音の体の後ろへと腕をまわし、ゆっくりと抱きしめる。
時が経つのも気にしないで二人はキスをし続けた。
唇と唇が触れあう時間の中、冬島の携帯のバイブレーションがなる。
冬島が携帯に手を伸ばしたことに気づき、琴音は火照った顔を名残惜しそうに離す。
「……ごめん。もう時間だ。神崎のところに行かないと」
「……大丈夫だから、神崎さんのところに行って。――続きは勝ってからだよ」
冬島は立ち上がり、琴音を軽く抱きしめる。
「じゃあ行ってくる。勝ったら君に好きって言うから」
「待ってる。冬島君が勝ってくるってここで願うね」
冬島は神崎が待つ場所の校舎へと駆けて行った。
◇◇◇
時刻は五時。校舎の昇降口で俺と薫は立っていた。
「……一つ俺からのお願い、いいかな?」
「どうしたの?」
薫は不思議そうな顔で首をかしげるが、俺は真剣な顔で薫を見て言う。
「――薫にはここにいてほしい」
俺は薫の手を握る。そして言葉を紡ぐ。
「俺だって薫にこんなことは言いたくはない。けど危険な目にあわせたくはないから。だから橘さんと一緒に残ってくれ。お願いだ」
「……それは私に力がないからなの?」
「それは違う。俺に薫を守れる力がないからだ」
「……うん。颯人くんが言うならしょうがないよね」
薫は無理に笑みをつくり、俺の手を離す。そのときの薫の手が震えている。
俺はすぐに彼女の目に涙が溜まっているのがわかった。
俺のせいなのはわかる。だけどこうするしか方法がない。大切な人を失ってからではすべてが遅い。前にいた世界で俺は自身の無力差故に薫を失ったのを経験している。
「だからここにいてほしい。俺は薫のもとへ必ず帰るから」
目に溜まった涙を拭い、薫は小指を俺の小指と絡める。
「……約束だよ」
「約束する」
丁度俺たちの方へと向かってくる冬島が見え、俺は薫に向き合う。
「じゃあ行ってくる」
「……必ず帰ってきてね」
薫は微笑んで俺を見送ってくれた。
それがただ嬉しかった。
彼女には笑顔が一番だ。
だから薫を守るために俺は行く。




