21章
そして文化祭は開催された。
「すごいねー。文化祭ってこんなに賑わうなんて」
クラスの窓から下を見下ろし、賑わう人たちを見て薫は感嘆の声を漏らす。
「薫はどこか見に行ったりしないのか?俺のことは気にしないで橘さんとどこか見てきたらどうだ?」
俺は薫の隣で一緒に窓を覗く。
橘さんから聞いた話によれば、この学校の文化祭は町で有名でたくさんの住民が参加するみたいだ。だから生徒たちは張り切って出店などをあちらこちらで開いたりしている。
まあ俺と薫はクラスの人たちの手伝いなどはしたが、実際に何かしようとは思ってはいない。むしろ初めての文化祭を楽しもうと考えていたりもする。
薫は窓に背を預けて、上目遣いで俺を見てくる。
「ダメだよ、私一人だけに楽しませようとしちゃ。だって颯人くんは今日まで戦いに備えて、修行してきたんだよね?」
「ああ、そうだな」
「だから、いまのこの時間だけはさ、颯人くんも一緒に文化祭を楽しもう?」
「……いや、ダメだ。今日はあいつとの決着の日だから、文化祭を楽しめる時間はないと思うんだ」
俺は拳を握り、外の景色に目を向ける。
いつ、どこで、鏡がやってくるかはわからない。だから不意を突かれないように外を見て鏡を探すことが俺の仕事だ。
「颯人くん……」
薫が心配そうに、突然俺の手を握ってきた。
「薫……、俺は鏡に絶対勝ってみせる。だから薫は安全な場所にいてくれ、お願いだ」
「どうして……。ねえ……?颯人くんは――いつからそんな人になっちゃったの……?」
「えっ……!?」
俺はずっと昔から同じだ。けれど薫にそんなことを言われたのは初めてで、とても信じられなかった。薫は一体何を……。
そんな時、見知った人物が教室に入ってきた。
「おう!神崎、こんなところにいたのか!」
冬島直哉だ。陽気に俺たちに話しかけてくる。
「これから文化祭を見て回るんだけど、神崎と夜白さんも一緒にどうかな?もちろん橘さんもいるぜ」
「……あ、ああ。いいけど、薫はどうする?」
「私も一緒に行くよ。琴音ちゃんもいることだし」
俺は胸の内に薫の言葉への疑問が残っているが、冬島のあとについていくことにした。
「おーい!橘さん、神崎たち連れてきたぜ!」
昇降口付近で待っていたのか、橘さんが片手にたこ焼きを持ちながら立っていた。
「遅いですよ。せっかく薫ちゃんと食べようとしたこのたこ焼きが冷めちゃうじゃないですか」
そう言いつつ、たこ焼きを食べる橘さん。
「とりあえず、おれと神崎はそこらにある出店でなにか買ってくるから。夜白さんと橘さんはそこのテーブルで待っていてくれないかな?」
冬島が近くにある文化祭用に出してあるテーブルを指差して言う。
「わかりました。じゃあ、たこ焼き五個を要求しますね」
「なっ!?五個って、そんなに食べると太――はむっ」
橘さんのたこ焼きが冬島の口に突っ込まれる。
「このたこ焼きは絶品ですよ。だからちゃんと味わってくださいね」
「……ホントだ。すごくおいしいよ。よしっ、神崎さっさと出店を回ってくるぞ!」
俺は腕を掴まれ引きずられていく。
「薫にもなにか買ってくるからなー!」
「……」
この時の薫は俺のことを見ようとはしてくれなかった。
俺は冬島に連れられて、校門付近にある出店をありったけ回される羽目になった。
「冬島。このままでいいのか?今日は鏡と戦う約束がある日なんだぞ」
片手でたこ焼き五個をバランスよく持つ俺。
それを聞いた冬島は突然何かを思い出した。
「あー、あれだよ。おれ今日の朝に鏡と会ったんだ」
「っ!?なんで冬島が!?」
「そこらへんはどうでもいいだろ。大事なのは今日の午後六時屋上で鏡は待っている、と言っていたぞ」
「どうでもよくないだろ……。午後六時って丁度今日の文化祭の終了時刻じゃないか」
「きっとあいつも文化祭とかを楽しみたいんじゃないのか。だからおれたちもこの時間だけでも楽しもうぜ」
そう言って冬島はイカ焼きの出店へと足を運んで行った。
それを横目に俺は近くにあったベンチに腰を下ろす。
「薫……」
まだ薫の言葉が気にかかる。
俺は俺が知らぬ間に変わってしまったのだろうか。けれど俺はそのことについてなにもわからない。一体薫の過去になにがあるというんだ。
そこで気付いた。薫について俺はなにも知らないことに。
俺が薫によって殺された時も彼女の真実を未だに知らないでいる。
彼女がどんな理由で俺を殺し、あの時に流した涙を俺は忘れない。
「だから俺は運命を壊し、神をも殺す」
そうすれば真実が見つかる、そうミラさんとキラは言ってくれた。
「いやー、混んでて時間が掛っちゃったな」
右手にビニール袋をぶら下げた冬島が俺の元へ戻ってきた。
そのまま俺の隣へと腰を下ろす。
「なあ神崎」
「ん?」
「……おれさ、今日橘さんに告白しようと思うんだ」
「そうか、俺は応援してるよ。頑張れよ、冬島」
案外素っ気ない返事に、冬島は意外そうな顔をする。
「なんか、大げさな反応とかしてもいいじゃないか」
「相手が橘さんだってことには驚かないしな。今日告白するのは少し驚いた」
「お前、相手が橘さんだってわかってたのか?」
「最近になって気づいただけだ」
俺はベンチから立ち上がり、冬島に手を伸ばす。
冬島は橘さんのことを好きでいる。だから俺も薫が好きだから、最後まで彼女のことを信じてあげることにしよう。
冬島は俺の手を握る。
「神崎も夜白さんと仲良くしとけよ。――告白すると思うと緊張してきたな」
「橘さんなら良い返事をしてくれると思うからな。頑張れよ」
俺と冬島は薫たちのもとへと戻っていく。
そして時はあっという間に過ぎ、約束の時刻の十分前となった。
こんにちは、境界線上の日々です。
今日から活動を再開していきます。
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