19章
『創生いたしましょう。それは《運命》。そして運命によって導かれる者たちよ』
遥か昔、運命は突然一人の神によって創り出された。
その運命の導きにより広い大地、膨大な時間を手にした世界は生まれ、まもなくして人類は誕生した。
人々は自分らを生んでくれた神へと感謝の意をこめて崇めた。次第に神はこう呼ばれるようになった。
《創生の神》と。
《創生の神》によって生まれた世界はとても長い間運命の導きにより平和に暮らしていた。しかし運命は平和をもたらすだけではない。
この時すでに存在していたのだ。始まりの対は終わり。創生されれば最後は破壊される。
そう、《創生の神》がいるのなら、すべてを破壊しつくす《破壊の神》がいる。相反する関係は必然であった。
突然として現れた《破壊の神》は世界のあちこちを無に返していった。けれどそれも運命の一部。運命の創生者《創生の神》はすべてを知っている。神である自分の死や、この世界の終わり。そして《破壊の神》との対立も。
《破壊の神》は運命を壊すためにいる。決められた運命からすべてを解放するために破壊しつくしているのだ。運命通りにいく《創生の神》と運命を破壊する《破壊の神》どちらも間違いはない。
時が経つと、神同士が対峙する時がついにきてしまった。神同士は互いに力をぶつけあうが、似た存在のためか決着は長き間決まらなかった。
《創生の神》と《破壊の神》の二人の神は互いに相打ちという結果を出し、長き戦いに終止符を打った。
被害は膨大であった。世界は砕け散り、何百という世界が生まれた。ある世界は別の種族が生まれ。また、ある世界では時の流れが遅い世界が生まれた。
けれどそれも運命によって決められいていること。そのことは神にしかわからない
運命が破壊されるときは《創生の神》が死んだ時、あるいは《破壊の神》が運命という道を断ち切ることでしか破壊できない。
《創生の神》と《破壊の神》がいないいま、それでも運命はすべてを導き続けている。
◇◇◇
「――これがわたしの知っている限りの運命についてです。少しは参考になりましたか?」
運命について一通り話し終え、一息つく橘さん。
「もちろんだよ。それに神についても知ることができたし」
俺が殺すべき相手の神について情報を得られた。
《創生の神》と《破壊の神》。それらの神は戦いの末相打ちとなった。
――あれ?神が相打ちって、もう死んでるんじゃないのか?
俺は死んだときに不思議な声を聞いた。
『少年は《神》を殺せるのか?』
それにミラさんとも、
『あなたには神を殺していただきます』
二人にそう問われ、俺は神を殺すことを約束し、いまこうしているのだ。
橘さんから聞いた話では神は相打ちで死んだという内容だった。
「その話からだと、二体の神は死んでしまったということでいいの?」
そのことについて橘さんに聞いてみる。
「いえ、きっとどこかで生きているはずです。戦いで肉体そのものを失ったとしても、神の魂は生きていますので。それに運命はいまも導いているので、これが確かな証拠です」
神が生きていることを聞き安堵の息をつく。これで約束を果たせそうだ。
「なあ、どうして神崎は神について聞いているんだ?お前にとってはどうでもいい話だろ?」
橘さんの隣に座る冬島が俺のことを見据え、訪ねてくる。
「ちょっとした好奇心で聞いただけ。それだけのこと」
死んだ時不思議な声と約束をしました、なんて普通の人に話しても冗談だとしか聞いてもらえない。だから俺は適当にごまかす。
静かにしている薫が橘さんを見ていた。
「琴音ちゃん、一つ聞いてもいいかな?」
「いいですよ」
「鏡っていう人が持っていた剣のことについて知っている?」
鏡は【堅剣】と言って剣を召還していた。あれは異能ではなくなんなんだ。
冬島が手に持っているお茶の入ったコップをテーブルに置く。
「それについては俺が答えるよ。彼が使っていたのは――【スレイド】という力だ」
「スレイド……」
「神より与えられし力、それが【スレイド】。この運命上で唯一神が認めている力のこと。だから全世界共通で使うことができるんだ」
冬島は淡々と話し続ける。
「基本的にスレイドは普通の人間には使えない。使えないというか、奥底で眠っているんだ。だから普通の人はそれに気づくことなく一生を終える」
「じゃあスレイドはどうやって使えるんだ?」
「眠っている力を無理やり目覚めさせる。これが一番簡単な方法だ。そして、それに必要なのが《鍵》だ」
俺はその単語を聞いた瞬間、少し前のことを思い出す。
薫を助けてくれたあの少年のときのことだ。別れ際に少年はその単語を口にしたのを俺は覚えている。
「冬島、鍵は――」
「まあ待て」
俺が言いかけた時、冬島の声に遮られる。そして冬島はその場から立ち上がる。
「鏡とかいう奴と、運命に関わるものたちに戦う術をおれが教えてやるよ。神崎、いまからおれの家に行くぞ――橘さんは一緒に来る?」
「いえ、結構です。これから神社の手伝いがあるので」
冬島は一瞬残念そうな顔をして、居間から出て行く。俺も慌てて冬島のあとを追う。
冬島と神崎がいなくなった途端急に静かになる。
二人だけになった居間で、橘さんは小さな溜息をつく。
「困った人ですよ、冬島くんは……。小さい頃からわたしにべったりです。薫ちゃんはどうなんです、神崎さんとは?」
「うーん……、たぶん普通だと思うよ。颯人くんとは中学二年での出会いだしさ、まだそんなに長くはないよね」
「時間の長さなんて関係ありませんよ。神崎さんがもし薫ちゃんを嫌いになったら、わたしがこの手で彼を殺すだけですから」
「そんなことしちゃダメだよ……」
弱弱しく笑う薫。
琴音は先程の会話で、薫に元気がないことに気づいた。
「薫ちゃん、どうしたんですか?さっきから元気ないですよ?」
「……ごめん」
突然謝りだした薫に琴音は慌てふためく。
「あ、謝らせるようなこと、わたししちゃいましたか!?」
「違うの!私、琴音ちゃんに私自身のこと黙ってたから。それで謝りたくて……」
薫はずっと自分が別世界から来た人間だということを黙っていた。けれど琴音は昨日話してくれた。
『薫ちゃんが別世界から来ていたのだとしても、わたしは薫ちゃんの親友であり続ける――』
その日以来薫は、自分を別世界の人だとわかっていながら親友でいてくれた琴音に謝りたかった。
その理由を聞いた琴音は急に笑い出した。
「いいのですよ。薫ちゃんは薫ちゃんですから。それに親友でいてくれていたのは薫ちゃんの方でもあるんですからね」
「本当にありがとう、琴音ちゃん。――そしてこれからもよろしくお願いします!」
目を潤ませる薫。その目を拭って、薫は琴音に向けて笑顔を浮かべる。
「ずっと一緒ですよ、薫ちゃん!」
琴音自身も薫に答えてあげた。




