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18章

俺は自分の無力さを実感し、その場を動くことができなかった。

いま顔を伏せている薫も同様だった。

一体何分が経過したのだろう。

公園に一陣の風が吹いた時、前にいる橘さんは俺たちの方を振り向く。あまりの落ち込み様に驚くかと思ったが、そんなことはなかった。

二人を交互に見てから、橘さんは表情を変えずに言う。

「先程は大変でしたが、とりあえず家に帰りましょう。それと明日、わたしの家に来てください。聞きたいことがたくさんあるはずですから、その問いに答えてあげます」

「そうだな。ここにいても何も変わりはしない。いまは三週間後に鏡を迎え撃つ準備を始めるんだ」

俺はその場に立ち上がり、隣にいる薫に手を差し伸べる。

「ありがとう、颯人くん。私もそう思う。これ以上負けてはいられない」

俺と薫はそれぞれ覚悟を決めた。

三週間後の鏡に必ず勝ってみせるという決意を。

そのためには、

「今日はもう帰ろう!自宅で休むことが先決だ!」

なるべく明るい声を出して元気にふるまうが、内心はまだそんな気持ちではない。

けれど、三週間という短い期間で鏡を倒すまで至るには、まず消耗した体力を回復することが優先的だ。

鏡との戦いで俺はいろいろとわからないことがあるが、橘さんはそのことを全部知っているみたい。

今日のところはここで解散となった。




次の日が訪れ、俺は昨日橘さんに教わった住所の場所へ向かうことにした。

歩いて三十分。とても長い道のりであった。

橘さんが鏡との戦いで用いた札を見て感づいてはいたが、まさか本当に神社に住んでいたなんて。

まだ本殿は見えないが、住所通りの場所には本殿に続く石段が延々とある。

「これを登るのか……。でも、久々にいい運動になるかもな。――よっしゃあああ!」

運動のつもりで俺は全力で石段を登る。

――結構朝早いし俺が一番乗りかもしれないな。

そんな期待を胸に秘め、一段ずつ飛ばしながら上へと駆けて行った。



「やっと着いたぞー!」

頂上に着いたころには全身汗をかいていた。肩で息をしてしまっている。

早く水が飲みたいな。

そんなことを思った瞬間、頬に冷たい何かが当てられた。

「お疲れ、颯人くん。これオレンジジュースだけど大丈夫だよね?」

当ててきた主は薫だ。今日が休日なので薫は私服を着ていた。

「ありがとう。俺は薫が買ってきてくれた飲み物なら何だって飲むぞ」

俺は微笑みながらオレンジの缶を受け取り、薫の様子を窺った。

眩しいくらいの笑顔を浮かべる薫はいつもとなんら変わらない。

その姿を見て、俺は内心で安堵の息をついた。

――よかった。昨日のことを引きずっていなくて。薫にだけはいつものようにいてほしいからな。

俺がオレンジを飲んでいると、奥に構える本殿の入り口から橘さんが姿を現した。

「ようこそ橘神社に。そんな所にいないで二人とも中に入っていていいですよ」

手で入口の方を指さす橘さん。橘さんはいつもと違い、巫女さんの格好をしていた。

雰囲気や仕草など、いつもと別人のようだ。

薫も俺と同じことを考えてしまったらしく、橘さんから目が離せないでいた。

「ジ、ジロジロ見ないでくださいよ、薫ちゃん。――そして神崎さんはこっちを見ないで、汚らわしい」

毎度のごとく睨み付けられるのは変わらないみたいだ。

けれど、最近になって橘さんは俺のことを名前で呼んでくれるようになった。少しは仲良くなれたのかな。

胸中で思いながら俺と薫は橘さんのあとにつづいて本殿へと入っていった。

部屋がいくつもあり迷路のようだ。一人だと迷いそうだな、とついそんなことを思う。

案内された場所は居間であった。畳十畳以上ありそうなくらい広い部屋。中心にテーブルがあるだけの殺風景な部屋でもあった。

その部屋にはすでに先客が一人いた。

「遅いぞ神崎」

「冬島っ!?お前がどうしてここに?」

前の席の友人である冬島直哉が胡座をかいて座っていた。

彼もまた私服であり、とてもくつろいでいるように見える。

まるで昔から通っているみたいな感じだ。

「何回わたしの家に来れば気が済むんですか?家の事情で関係ができたからって、来すぎではありません?」

盛大な溜息を吐く橘さん。その言葉から冬島が何度も来ているということが分かる。

薫は目を丸くして驚いた顔をしていた。

「まあいいじゃないか。橘の親父さんに武術を教わったついでに来るんだよ。だから何回も来ちゃうんだ」

冬島が笑みを見せながら言った。橘さんのお父さんは武術を教えているのか。だから橘さんの蹴りはプロ級なんだな。

「しょうがないですね。今回だけは許しますよ。次は蹴りを入れますから。――さあ神崎さんも薫ちゃんも座ってください」

この状況で一つだけ疑問が頭に浮かんだ。

冬島は関係のない人なのにここにいてもいいのだろうか。

忘れていたことを付け足すように橘さんは口を開く。

「冬島くんは、関係のある人ですからね。彼にも今回は協力していただくことにしましょう」

さっきから驚いてばかりだ。冬島と橘さんの関係。冬島が運命について関係があったこと。って、冬島はさっきから謎が多いな。

「とりあえず座ろう。薫も一緒に座ろうぜ」

「うん!」

橘さんと冬島が隣に座り、俺と薫は向かい側に座る形になった。

「じゃあ、二人とも謎に思っていることについて答えましょう。まずあの時あなた方の異能という力が発動しなかったかについてです」

巫女装束に身を包む橘さんが俺たちを見据える。俺は昨日のことで一番の疑問を口にする。

「どうして、異能は発動しなかったんだ?異能のあった世界だと簡単にできたのに……」

「それです。この世界には異能そのものが存在しないから発動しなかった。それが最大の原因でありルールでもあるんですよ」

「……異能が存在しない?」

「説明すると長いんですが。聖霊ですよね?異能が発動するのに必要な条件は?」

「そうだな」

「聖霊という種族はあちらの世界だけのものなんです。それは運命によって決められていることなので絶対に曲げることは不可能です。つまりそのものを違う世界へ持ってこようとすると違うものへと変えられてしまう、これがルールでもありますね」

聖霊をこの世界へ持ってこようとすると人間に変わる。だから、薫は人間へと戻っていたということか。

「ありがとう。異能は異能が存在する世界だけのものなんだな」

テーブルの上にあるお茶を少量飲んでから、俺は次なる質問を聞く。

それは運命についてだ。

「運命について橘さんの知っていることを、全部教えてくれないか?」

「わかりました。話しましょうか、運命の創生について――」

俺は固唾を呑む。薫も真剣なまなざしでいる。

これから話すことは、俺が運命を壊すことに重要な事で間違いない。

そして橘さんは静かに運命について語りだした。


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