15章
そして一週間が過ぎた。
「今日は、なにして帰る?」
「そうだな……。公園とか、どうかな?」
「うん!――琴音ちゃんも一緒に行こうよ」
いつもの帰り道。一週間この世界で生活したからか、俺と薫はすっかり馴染むことができた。
学校の帰り道を薫と歩く。昔のことのようで懐かしい。
満面の笑みを浮かべる薫の横で、橘さんはどこか不安げな顔をしていた。いつもと様子が違うことを怪訝に思う。
「……そうですね」
橘さんは呟くように元気なく返事をする。
――やはり様子がいつもと違う。昨日までは俺を蹴りまくっていたはずなのに。
考えにふけっていると、いつのまにか会話が無くなってしまう。
すると突然俺の手を薫が握ってきた。
漆黒の髪をひるがえし、薫は手を離さないで駆けだす。
「琴音ちゃん、颯人くんもダッシュで公園へ行こっ!ほら、レッツゴー!」
薫は俺だけではなく元気がなかった橘さんの手も握っている。
橘さんもびっくりしたのか、転びそうになるのを必死に堪えている。
「か、薫ちゃん!?」
「琴音ちゃんもゴーだよ!」
こう見えて薫は運動神経がよかったりもする。
公園に着いた時には、薫のおかげで俺と橘さんは肩で息をしている。
「と、とりあえず、そこに座ってるな」
近くにあったベンチを指さし、俺はそのベンチに腰を下ろす。
「じゃあ私と琴音ちゃんで何か自販機で買ってくるね。颯人くんは少し待っててー」
「おう」
軽く返事をして、薫たちの背中を見送る。
「薫との日々がずっとこのままだといいな……」
一人になった俺は空を見上げて、自分の気持ちを呟く。
あの時――薫が何者かに殺されかけた時に俺は誓った。
薫をもう二度とあんな目にはあわせない。だから昔のような日々を俺は望むと。
それと同時に俺は犯人を絶対に殺す。殺さなくてはならないんだ。
薫たちが歩いて行った方角とは逆の方から、一人の男子高校生が歩いてくることに気づく。
「ねえ、君ってあの神崎颯人君だよね?」
目の前を通り過ぎるかと思ったが、意外にも俺に話しかけてきた。
「あ、ああ。そうだが……」
見ず知らずの人に突然声を掛けられて、つい動揺が言葉に表れてしまう。
彼は、皺ひとつない清潔感漂う制服を着ている。
眼鏡から覗く双眸が俺の顔を見据える。
「そうか、そうか。君が神崎颯人君なんだね。とりあえず隣座ってもいいかな?」
俺が有無を言う前にそいつは隣に腰を下ろす。
「いやー、君をずっと探していたよ。よかったよ、これで僕の役目ももうじき終わることができる。神崎颯人君には感謝しないとだね」
「そうなのか?」
「そうなんだよ。ところで神崎颯人君の近くにいる夜白薫という人物はどこにいるの?僕が歩いてきた道には誰もいなかったしなー」
「薫なら、君とは反対の道に飲み物を買いに行ったんだ。なにか用事があったのか?」
「いやいや。僕は神崎颯人君にだけ用事があるんだ……いやこの場合は僕だけの用事なのかな?」
隣に座る眼鏡の少年は淡々と語り、ときには愛想のいい笑顔などを見せる。
そんな姿を見ると、
――どうせ俺に用事って言っても、ロクなことだろう。
そんな甘いことを胸中で考えてしまう。
眼鏡の少年はずれてしまいそうな眼鏡を人差指で元の位置へと戻す。
「その顔は僕の用事が何かって聞きたいみたいだね?」
「ま、そうだな」
「聞いても聞かなくても神崎颯人君にはわかるから、先に話すかどうかなんだよー?別にいいかな。いいよね、“別世界”の神崎颯人君?」
「な、なんでそのことをっ!?」
俺は目を見開き、瞬時にベンチから離れ、眼鏡の少年との距離をとる。
眼鏡の少年は顔に手を当て、何かを堪えるようにしているのが伝わってくる。
「クククッ。いやー、無知な君の反応を見るのがこれほど面白いとはね。正直予想通りだよ」
「お前は何者なんだ?」
急変した眼鏡の少年の態度に一歩後ずさる。
ベンチから立ち上がり残虐な笑みを浮かべ一歩ずつこちらに近寄ってくる。
「僕が誰だって?うーん《運命を守る者》といったらいいのかなー?それとも名を名乗った方がいいのかな」
「《運命を守る者》?それはいったい……」
相手に対し俺は一歩ずつ後ずさっていく。
(俺が運命を壊す目的を持っているなら、こいつは運命を守るために動いている人間なのか?)
互いに何もせず睨みあうだけの時間が過ぎた。
「……【堅剣】」
突然眼鏡の少年が呟いた瞬間、その手には一本の剣が握られる。重く長々しい赤黒い剣。
俺はそれを見た時、一瞬で理解できた。
こいつは殺すために俺を探していたのだ、と。
「神崎颯人君は殺されるのが怖くなったのかなー?」
剣を引きずりながら俺との距離を詰めていく眼鏡の少年。
「あいにく、一度殺されたから恐怖心なんてねえよ。お前の方こそ俺に返り討ちにあうんじゃないか?」
強がりを見せつつ、逃げるタイミングをうかがう。
剣を担ぎ直してから少年は笑い口調で告げた。
「じゃあ、いまから本気出すから、反撃でもしてみたら。さてさて、神崎颯人君にそんなことができるかなー?――よっと」
「き、消えた?」
俺は目を疑った。一秒前に目の前にいた眼鏡の少年が姿を消したからだ。
「本当にこれが君の力なのか?」
そして突如として聞こえる後ろからの声に素早く振り返る。
が、なにもかもが遅すぎた。
「僕は鏡。神崎颯人君を殺す使命を受けた。これが君の聞きたがっていたことだよ?そうか!君はいま死ぬからいっても無駄だよねー!」
鏡という名の少年によって振り下ろされる剣を俺は避ける事も出来なかった。




