12章
窓から射しこむ光が顔全体に直射し、俺は静かに目を開く。日光が目に眩しく、腕で影をつくり光を遮りながら外を眺める。そこで意識が覚醒した。
「――っ!!」
ある人が側にいないことに気づき、ガタッと座っていた椅子から立ち上がった。
「神崎颯人、授業中にどうした?怖い夢でも見たのか?」
黒板の前で教科書を片手に持つスーツ姿の男がわざとらしく言い放ってきた。
同時にクラス内にいた男女生徒の視線が一斉に集まり、俺は自分の立場に気づく。
「い、いえ、なんでもないです……」
俺は椅子に座りなおし、座るのを確認した男は授業を再開した。
周りからの視線から逃れるように、机に顔を伏せ寝た振りをする。
ここは教室だ。黒板があり、机が綺麗に並べられている。どこにでもある雰囲気で、なぜか俺のもといた世界の高校と似ていて懐かしい感じがする。
そんな世界でも、夜白薫は側にはいない。
空間の裂け目に入った途端、俺と薫は気を失ってしまった。目を覚ませば側には薫はいなく、この教室だった。きっとこの世界に薫はいる。
俺はこの授業が終わるのが待ち遠しい。
時計の針は一秒ずつ刻み、やっと授業の終わりを告げる鐘が鳴り響いた。
「薫っ!」
椅子を倒すぐらいの勢いで席を立ち、俺は急いで教室を出て行く。
廊下にはまだ生徒が出ていない。薫を探すには教室を一つずつ確認するしか方法がない。
いない。
ここにもいないのか。
この階の教室は全部確認したが、薫の姿はどこにもなかった。
――ここじゃなく上の階にいるのか!?
俺は階段を目指し走り出した。途中生徒にぶつかりそうになったりもしたが、そんなのも気にしない。
そして階段に着いたとき、その場所には先客がいた。
「颯人くん!」
「か、薫!……やっと会えた!」
そこにはいつも俺に見せていた笑顔の薫が立っていた。
「……怪我はもう大丈夫なのか?」
「起きたら、怪我の傷もなくなっていたの。どうしてかな?」
これがあいつの言っていたことなのか。おかげで薫は生きることができた。もし会う機会があったのならお礼を言おう。
「俺もよくはわからない。でも本当によかったよ、薫が生きてくれて」
「私も颯人くんと一緒にいれるようになってうれしいな」
いつのまにか俺と薫の会話はいつもの何気ない会話に変わり、時が過ぎて行った。
話している途中にひとつの疑問が頭に浮かんだ。俺は唐突に聞いてみる。
「そういえば、薫はどこで目が覚めたんだ?」
「三階の三年生の教室だよ。それがどうかしたの?」
「いや……憶測だけど、この世界での俺と薫は学年が違うんじゃないかな。ちなみに俺は二年生の教室で目が覚めたんだ。そして教師は俺の存在を怪しむ事などせずに授業をした。つまりこの世界に来た時に起きる記憶改算は、俺が二年で薫が三年ということになっているはず」
「ちょっと私には難しいかも……。でも学年が違うとなると、会うのが休み時間だけになっちゃうね」
少しだが、薫は勉強が苦手である。理数系は特にダメで、赤点を取ってしまうことがあったりして、テスト一週間ぐらい前には俺が教えてあげていたこともあった。
薫とは逆に、俺は暗記教科が苦手だったりする。
さっきの話で頭を悩ませる薫を見て、つい俺は笑ってしまった。
「そんなに悩まなくても大丈夫だよ。薫がわからないところは俺が補ってやる。いつもそうしてただろ?」
俺は薫を安心させようと肩にそっと手を置こうとしたが、
「薫ちゃんに、気安く手を触れないでください。汚らわしい男風情!」
そんな声が聞こえると同時に階段の上段から、一人の女生徒が飛び降りてきた。
いや、正確に言うなら、俺に飛び蹴りをくらわしてきた。
「ぐっ!?」
人間誰もが咄嗟の出来事に反応できる奴はいないと思う。実際に俺は反射神経には自信がない。
だから上段から飛び降りた女生徒の蹴りを避けることなどできず、顔面に蹴りが直撃した。
「汚らわしい。薫ちゃんに近寄らないで。そして立ち去りやがれです」
「……?」
俺は飛び蹴りをくらい一番痛くした鼻を手で押さえながら、蹴りを入れてきた女生徒を見上げる。
綺麗な顔立ちでまるでモデルのようにさえ思える容姿の女生徒。
女生徒は軽蔑しているような汚らわしいものを見ているような眼差しで俺を見ている。
一部始終を見ていた薫は、一瞬止まっていたが、すぐに痛そうにしている俺のもとに慌ただしく駆け寄る。
「だ、だいじょうぶ?颯人くん、痛くない?」
心配そうに顔を覗き込んでくる薫を見たら、心臓の鼓動が急に早くなった。
「し、心配してくれてありがとう。でも大丈夫だ。それよりもあの人は薫のことを親しく思っているが、誰かわかるか?」
もう一度蹴りの女生徒を見ようとしたがその場所には誰もいなく、ただの階段だけだ。
かと思ったら、その女生徒は薫を背後から急に抱き締めてきた。
「薫ちゃーん。その男を退治したから、褒めて、褒めて!こう、ギューって抱きしめ返してくれたら嬉しいな。さあ薫ちゃん、ギュッー!」
女生徒の表情は変わり、笑みを薫にだけ見せていた。俺を見る表情からは考えられないぐらいの満面の笑みだ。
「えっ!?えーっと……ぎ、ぎゅー……」
正面に向き直った薫は戸惑いながらも言われたとおりに、女生徒を軽くハグをする。
その光景の二人に声をかけづらいが、俺は意を決して薫に声をかけた。
「俺と――」
「――黙りやがれです。しゃべるなです。いますぐ視界から消えてください」
話そうとした瞬間に、女生徒は睨みつける視線を俺に向け、低く呻くような声で言う。
すぐに笑みの表情で、薫に向き合う女生徒。
「もうすぐ授業が始まるから教室に戻ろうね。こんな男はほっといて、さあ薫ちゃん行きましょう」
「あ……」
薫はなにか言いたげに俺のことを見ていたが、女生徒に手をひかれて上の階に姿を消した。
ちょうど次の授業の開始を告げる鐘が鳴り響く。
こんにちは、境界線上の日々です。
今回から新章に入りました。更新はできるだけ早くするつもりです。
読んでいただきありがとうございます。




