1章
人は何時死ぬかわからない。つまり、一秒後、一時間、一年後、もしかしたらいまから死が待っているとも考えられる。事故、自殺、殺害、これら全部も運命の一つだと俺は思う。誰かに殺された人はそれがその人の運命だ。だから死ぬのは運命で決められている。人間には自分の最期はわからない。けれど人は生まれた瞬間に最期の死に方が決定されている。つまりそれが運命だ。
そこで一つの疑問が浮かぶ。では一体誰が人の運命を決めているのか?
俺はその疑問を持った時ふと思った。人々の頂点に君臨し続ける《神》ではないかと。物語上、空想上の存在の《神》だ。そうならば人の運命は変えられない。死が迎えに来た時死を拒もうが、結局死んでしまう。
どんなに嘆こうが、どんなに抵抗しようが、誰も死に抗うことなど出来やしない。
もし抗うことがあるのなら、それがどんなに困難でも俺は抗って理不尽な運命を壊したい。
この世に絶望したからこそ。
◇◇◇
この状況を皆に聞かせたらどう思うだろう。
急に彼女に呼び出されたら、ナイフで刺された。その彼女はナイフを抜き、どこから持ってきたのかわからない刀を手に持った。それは錆一つない刀身で人の体を切ろうものならスパッと綺麗に切断できるだろう。と思ったら、左腕をスパッと切られた。痛みを感じる暇を与えずに右腕も切られてしまう。とめどなく血が流れ気を失いそうになるが、右足を切るのではなく刺してきた。すぐに左足も刺され、俺は立つことさえできなくなり前に倒れ込んだ。
つまり俺は彼女にいま殺されかけているのだ。
「か、かお……る……?」
神崎颯人は、自分の彼女である夜白薫に殺されかけ、突然の出来事に困惑していた。
両の腕の切断部からは鮮血が溢れ出て、俺の着ている制服が赤く染まっていく。まるで俺の死を待っているのか、周囲は墓石だらけ。もちろん助けを呼ぶにも呼べない。
薫は腰をおろし、俺の顔を右手で自分の顔に近づけ妖艶に微笑む。
「……颯人くんはいつ見てもかっこいいなあ。だからね、こうしてあげる」
すると俺の顔に薫は顔を近づけていき、唇を俺の唇に重ねた。俺は動けることもできず、薫の思うままにやられてしまう。
数秒後に唇は離され、薫は唇に人さし指をあて顔を赤くする。
「えへへ、颯人くんの初めてを奪っちゃった。私も初めてをあげちゃったから、同じだね」
そして左手で握っていた刀を右手に持ち直し、俺へと切っ先を向ける。その刀身は俺の血で赤く染まり、禍々しい姿をうつしていた。
「最期に謝るね。……颯人くん、ごめん。これは私がしなければいけないの。颯人くんに会えなくなるなんて――悲しいよ……」
――薫、もうやめてくれ。俺は薫の悲しい顔を見たくない……。君には笑顔が似合うんだ。
俺は言葉に発しようとするが、声が出なかった。
先程の薫の言葉から一つだけわかることがある。
薫は俺の知らない何かを知っているんだ。
だけど俺はもうじき死ぬ。だからこれだけは伝えたい。
口から血が吹き出てくるが気にせず俺は声を必死に出した。
「……かお、る、愛して、る。」
俺は情けないな。最期の言葉で、力尽きてしまうなんて。でも死ぬ寸前に薫の声が微かに聞こえた。
「私も愛してる!!颯人くんを愛してるっ!!」
薫は刀を振りかぶり、勢いよく頭上めがけて振り下ろす。何度も何度も「愛してる」と涙を流しながら薫は俺にとどめをさした。
……薫、さようなら。
神崎颯人は生まれてから17年間生きてきて、今日やっと死の迎えが来てくれた。
◇◇◇
――少年。君はこれですべてを終わらせていいのか?運命という名の死から抗いたくはないか?
死んだのに誰かが俺に訴えてくる。俺はその質問に応じるように答えた。
――運命がどうした。そんな理不尽な死を、俺はぶっ壊したいんだ!そして薫が知っている真実を俺は知りたい!
――少年に問う。そのすべてを叶えたいのなら、少年は《神》を殺せるのか?
――俺はなんだって殺してやるよ!!あんたの望むものをすべて殺してみせるさ!
たとえそれが大いなる罪になるんだとしても。
この先なにが起ころうが俺は真実を知りたい。そのためなら神だとしても殺してやる。
――少年の覚悟は受け取った。なら、その覚悟が本物なのかどうかこれから試させてもらうぞ。
瞬時、颯人の体はなにかに包まれるような感覚がおそう。
そして颯人はどこか別の場所へと移動した。
◇◇◇
「……ここは、どこなんだ?……空の上なのか?」
俺は空中に浮いている。しかも体が自由に動かせるようになっていた。腕は完治され刺傷なども全部なくなっている。血で赤く染まってしまった制服は、どこの高校かわからないが綺麗な制服も着ていた。
困惑気味の俺に誰かが後ろから話しかけてくる。
「ねぇ、お兄ちゃんはどこからきたの?この場所はワタシしか……あとお姉ちゃんもか、知らないのに不思議だね」
声のする方に振り向くと、一人の少女がポツンと立っていた。その少女の外見はまだ幼く、見た感じ小学校の後半らへんだと思う。少女の髪は白銀で一本一本が太陽に照らされ輝きを放っている。銀とは対照的に少女は黒のドレスを身にまとっており可愛らしく、つい見とれてしまう。
「そこのお兄ちゃん。ワタシの話しきいてるの?きいてるなら無視しないでよ」
そこで颯人は少女の声で我へと返る。
「無視してすまなかった」
少女は無邪気な笑顔を俺に向けてくる。
俺は先程聞かれたことに答えた。
「俺は神崎颯人。さっき死んだのに、なぜか生きている高校二年生だ」
「お兄ちゃん、死んだ人間なの?…………ここはお姉さまとワタシしか知らないのに、一体どうして?」
最後の言葉は呟いていてよく聞こえなかった。
「そうさ。死んだのにこの場――ッ!!」
俺は足に激痛が走り、顔をしかめた。足には何故か剣が刺さり、せっかく完治されたのにまた血が溢れでてきた。
少女は俺が痛みに堪えているのがわかり、わざと剣を抜いて見せた。
そしてこちらを見るや小悪魔のような残虐の笑みを浮かべてくる。
「お兄ちゃん、いまの痛かった?でもねキラはもっと痛くしたいの。いまのよりもーっともーっと痛くして痛くしてお兄ちゃんを痛くしたいの!」
血が滴り落ちる剣を握り直し、少女は首に狙いを定め剣を振るう。
が、いくら待っても俺の死は訪れなかった。
「ねえ、お兄ちゃんは死んだのにどうして生き返ろうとするの?生き返らずにそのまま死ねば楽になれるのに……」
少女の瞳には涙が溜まり、いまにでも泣き出してしまいそうだ。
俺は首筋で動きを止めていた剣をどけ、少女の頭に右手を優しくのせ、撫で始める。
「俺は知らなくちゃいけない。一人の女性の真実を……。そして俺は壊さなくちゃいけない。この世に存在する運命を壊すんだ」
「……そうなんだ。じゃあお兄ちゃんは、この世の運命を壊しに行くんだね……」
少女は目元を拭い、俺の手をどけ立ち上がった。
「ワタシはキラ。よろしくねお兄ちゃん。そうだ!お兄ちゃんに連れて行きたいところがあるんだ。きっとお兄ちゃんの助けになると思うよ」
そう言ってキラは空の上を歩み始めた。きっとキラの連れて行きたいところに行くのだろう。俺はキラのあとを追いながら、死ぬ前とあとに起きた今日の出来事を振り返っていた。
夜白薫は俺を何のために殺したんだ?殺す動機といえば…昨日の昼食の時、勝手に薫のプリンを食べてしまったことぐらいだ。あの時は何度も土下座して謝罪して、帰りにパフェをおごると約束して許してもらえたはずだ。なのに何故?
考えていたら、キラはその場で足を止め俺に振り返り見据えて口を開く。
「お兄ちゃんが考えてるより、その彼女は違う理由で殺したんだと思うよ。もっと大変な事情のはず。その理由もこれから行く場所で明らかになるかも知れないから、早く行こっ」
「ちょっと待ってくれ。その口ぶりだと、まるで俺の考えがわかるみたいじゃないか?」
目的の場所へ歩き出そうとしたキラの肩をつかみ引き留める。
「言っている通り、そうだよ。いまのお兄ちゃんの考えていることはワタシには筒抜け。だから考えるより話した方がいいよ。相談なら受け付けているからね」
「キラは一体……君は何者なんだ?」
「それはヒ・ミ・ツだよ」
クルリと回転しキラは再び歩き出す。そういう行動を見ると本当にキラは幼い子供のように思えてしまう。
「お兄ちゃんには絶対に年齢は教えないよー」
「いまのもわかったんだ。まあキラは可愛い少女とでも思っておくよ」
俺は真実を求めるために歩かなくちゃならない。たとえこの先何が起ころうともだ。
◇◇◇
ある世界の高校の生徒会室。そこで二人の男女生徒が会話をしていた。
「なあエスパーダ。オレはこのあとどうするんだろうな?」
「それは王自身が決める問題ですよ。それとも勉強でも一緒にしますか?」
聞いた途端、みるみる顔が青ざめていく。そして首を左右に振りまくった。
「勉強は勘弁してくれ。そんなことしたらオレの頭が爆発しちまうよ」
「フフフ、冗談ですよ。そんな王はいつみても可愛いです」
エスパーダという女子生徒は王と呼ばれる男子生徒の反応を見て微笑む。
エスパーダは窓の近くに移動し、空を見上げ話し始める。
「私はこんな話を聞いたことがあります。人の運命についての話を」
「是非聞かせてくれ。その運命の話について」
俺は手に持っていた書類を机の上に乗せ、エスパーダの話に集中する。
「少し長くはなりますが、話しましょう。それでは運命についての話を始めます」