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紫のマニキュア

作者: 葵 凜香

この小説はテーマ小説『色』に参加させて頂いてます。『色小説』で検索されると、他の先生方の小説も楽しめます。

 手元のグラスのカクテルを一気に飲み干してため息をつくと、同じテーブルを囲む美沙と晃介に呆れた顔で視線を送られた。


「なに?」

「なに? じゃないわよ。涼子さっきからため息ばっかり。今日は聡志のお祝いなのに」


 膨れる美沙にごめんと謝り、遠くで挨拶回りをしている聡志に目をやった。彼の隣には高校を卒業したばかりのかわいい奥さんがニコニコと幸せを振り撒いている。


 私と美沙、聡志、晃介は一緒に大学生活を送っていた。途中、私と聡志が付き合って別れて、それでも関係は変わらず卒業後も四人でよく遊んでいた。 変わったことと言えば美沙が二十四歳の時に結婚した事。今は二歳の息子の子育てに追われている。

 そして今日、聡志も結婚した。私たちは今、その二次会で祝杯をあげているのだ。


「涼子と聡志っていつ付き合ってたっけ?」


 晃介の問いに私は指を折りながら記憶を辿る。


「えっと、ハタチの時だから、七年前っ?! うわぁ」


 思っていたより年月が過ぎていたことに私はため息をついた。


「ほーらまたため息。涼子どうしたのよ?らしくないよ」

「そりゃも二十八になろうってのに、三年も男がいないんじゃため息もつきたくなるだろ」


 晃介はそう口を挟むとZIMAのボトルを口に運んだ。


「別にそんなんじゃないよ」


 二人から視線を逸らし私がそう言い終えると、晃介は私の手を掴み、テーブルの真ん中辺りに引っ張り出した。


「爪が紫色。紫って欲求不満の色だろ」


 私は爪に深く濃い紫色のマニキュアを施していた。

 紫は欲求不満の色。それはたしかによく言われる事だけど。


「たかがマニキュアくらいで欲求不満だとか言わないでよ。ワンピースの色に合わせただけよ」

「黒のワンピースなら別に紫じゃなくてもいいと思うけど?小物もアクセサリーも全部青だしな」

「そういえば涼子ってよく紫のマニキュアしてるよね」

「合ってるんだからいいじゃない」


 二人の言葉に呆れながら私が手を引っ込めると、晃介は話を続けた。


「爪は健康状態を表すバロメーターって言うだろ。偏食気味で内蔵が弱っている時は白っぽくなったり、精神に極度のストレスがかかると横方向に溝が出来たり。マニキュアだって爪なんだから立派に心身の状態を表せる。よって涼子は欲求不満」


 晃介は断言した。なるほどね、と納得する美沙と満足気な笑みを浮かべる晃介を見るとまたため息が零れる。


「二人で勝手に決め付けないでよ。私は足りないんじゃなくて溜まってるの、仕事の疲れとかストレスだとか」

「満たされない欲求、とか」

「わかったようなこと言わないで」

「だって図星だろ」

「いい加減にしてよ!」


 睨みをきかせて言い放つと晃介の言葉はやっと止んだ。私はため息をまたひとつついて立ち上がった。


「涼子どこ行くの?」

「もう一杯飲みたいから作ってもらって来るわ」


 私は空のグラスを美沙に向けてカラカラ鳴らし、フロアの端にあるカウンターに向かった。


「カシスソーダもらえますか?」


 カウンターの席に座りながらオーダーするとバーテンダーはニコリと微笑み調酒を始めた。

 胃が痛い。ハイペースで飲むと必ずこの痛みに襲われる。苦しくてたまらない。でもこの手の対処には慣れている。大人しくしてれば十分程で治まる。

 カウンター肘をつき頭をもたげ、私は大丈夫、大丈夫と呟きながら潰れそうな胃の痛みに堪えた。


 欲求不満か。確かに満たされてないなぁ。仕事は楽しいし、やり甲斐もある。でもプライベートは酷い。誰かと付き合っても長続きしない。どうして相手を好きになれないんだろう。

 私は頭の重みを左手に預け、右手の紫色のをぼんやり眺めた。

 私が欲しいものは一体ナニ?


「涼子どうした?大丈夫か?」

「聡志」


 頭をゆっくり上げて隣に座ってきた聡志と目を合わせ、私は微笑んだ。


「大丈夫、ちょっと飲み過ぎただけよ」


 胃はまだ潰れそうに痛いけど私は平静を装った。


「奥さんと一緒じゃなくていいの?」

「あいつ友達んとこに行ってるから」


 聡志の目線を追うとまだ若い女の子たちが写真を撮っていた。私があの歳の頃はまだ聡志と付き合っていなかった。今と同じ、ただの友達だった。


「私ね、披露宴も二次会も呼んでもらえないと思ってた」


 バーテンダーからカシスソーダを受け取り一口飲んでからそう言った。


「なんで?」

「だって一応元カノでしょ。奥さんあんまりいい気はしないんじゃない。」


 そう言うと聡志はフッと笑った。


「何年前の話だよ。それに俺たち友達だろう」


 胃が痛い。


「ねぇ、私たちって何で別れたんだっけ?」


 私は聡志の目を見た。


「えーっと、あれっ、何だったっけ?もう忘れたな」


 笑顔で答える聡志に私は苦笑いを返した。

 胃が、痛い。


「聡志ー! こっち来て!写真撮ろう!」


 声の方を見ると奥さんが小さく跳びはねながら手招きしている。


「じゃあ行くよ。お前これ以上飲み過ぎるなよ」


 わかってる、と微笑むと聡志は私に背を向け歩いて行ってしまった。

 胃が、胸が痛い。

 助けて。


「悪酔いする前に帰るぞ」


 掴まれた二の腕を見ると晃介が立っていた。


「もう遅いよ。すごく苦しいの」


 あまりに苦しくて、私の目には涙が浮かんだ。


「ゆっくり呼吸しろ。ゆっくり、ゆっくり」


 晃介は隣に座って私の背中を摩りながら、バーテンダーにコーラを頼んでくれた。私はそれを受け取ると半分くらいを一気に体内に流し込んだ。

 こんなシーンは前にもあったような気がする。何時だったかな?そうだ、聡志と別れた後だわ。



「涼子の気持ちは重過ぎる」


 別れる時、聡志にそう言われた。好きで好きで、気持ちを軽くなんて出来なかった私は、嫌われたくないから聞き分けがいいフリをして別れた。でも気持ちが割り切れ無くて、よく一人飲んでいた。一度だけそこに晃介が来てくれて苦しむ私にすっきりするから飲め、ってコーラを頼んでくれた。


「晃介、やっぱり私は欲求不満みたい」


 晃介は何も言わずに背中を摩り続けた。


「紫のマニキュアってね、前に聡志が似合うって言ってくれたのよ。未練がましいよね。まさに欲求不満の表れだわ。もういい加減潮時だね」

 私は聡志が欲しかった。

 今でも欲しい。

 でももうダメなんだ。


「お前今日来てよかったな。これで楽になれるだろう?」


 晃介に頭をクシャクシャされて私は静かに頷いた。


「全部吐き出してしまえよ。そしたらもっと楽になるぞ」

 私は残りのコーラを飲み干して静かに泣いた。

 七年間の片思いと胸に溜まった毒は水滴になって流れ出し、胸の痛みは次第に和らいで行った。


 とても三次会に出る気にはなれず、私たちは家路についた。別方向の美沙と別れて晃介と駅に向かって歩いた。


「なんで晃介は私がまだ聡志を好きだって気付いてたの?私そんな素振りしてないはずだったのに」

「気付いて無かった? 涼子は聡志と会う時は絶対紫のマニキュアってこと。俺はわざとだと思ってたけど」


 頑なに感情を抑えていたのに深層心理はやけに素直で、笑い混じりのため息が出た。本当は聡志に気付いて欲しかったのかも知れない。私の気持ちを、満たされない心を。


「さて、もう一軒飲みに行くか」

「晃介がどうしてもって言うなら付き合ってあげてもいいけど?」

「じゃあぜひぜひお願いします」


 笑い合いながらふと右手の指先に目をやると、どこでぶつけたのか薬指のマニキュアは剥がれていた。

 これでいい。家に着いたら、まずこのマニキュアを落とそう。大量に買い込んだ紫のマニキュアも引き出しにしまおう。代わりに今まであまりつけなかったピンクのマニキュアを塗ってみよう。きっと少しは違う気持ちで世界を見れるようになる。


 だからしばらくはバイバイ、紫のマニキュア。


最後まで読んで頂いてありがとうございました。感想等、頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
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