表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説

幸せ中毒

~プロローグ~


「なにやってんだ!! 逃げろ!!」


 気がつくと、彼は私の隣にはいなかった。


「死にたいのか!? バカ野郎!!」


 彼の隣には、ゴリラがいた。


「死にたい……? ふふ、愚問だな。もちろん、死ぬつもりだ」


 彼は不適に笑うと、ゴリラに向かって殴りかかった。



<第一話>


「やあ、よく来てくれたね。ははは、また死ねなかったよ。真に残念だ」


 骨折三箇所、全身打撲、全治一ヶ月。ゴリラと喧嘩した代償がこれだ。当然、勝敗はゴリラの圧勝だった。


「そんなに死にたいのなら、そこから飛び降りればいいじゃん」


 四階の病室の窓から落ちれば、直ぐに死ねるだろう。


「はぁー……。君は全然わかっていないんだね。飛び降り自殺なんて、つまらんだろう? 俺はもっと面白い死に方をしたいんだよ。それに、病院で飛び降り自殺をしても、直ぐに治療されてしまって死ねないじゃないか!」


 何故か理不尽に怒り出す彼。名前はまだ聞いていない。というか、教えてくれない。何度聞いても「今すばらしい戒名を考えている最中だ。暫し待たれよ」と、梅干を食べたときの様な顔ではぐらかされる。


「私、怒られるのキライなんだよね。ほら、私ゆとり世代だから、褒められて伸びるタイプなんだよ。だから、お前の理不尽な怒りに付き合うつもりはない。帰る」


 私は見舞いに持ってきたヒヨコ饅頭を彼に放り投げた。


「痛い! 右腕折れてるんだぞ!! ちょっとはいたわってくれても……ヒヨコ饅頭を喉に詰まらせて自殺……面白いじゃないかぁ!」


 彼はそう言うと、ヒヨコ饅頭を次々と喉に放り入れた。私は彼のそんな行動を一切無視して、荷物をまとめた。今日は見たいドラマがあるのだ。こんな自殺志願者に付き合っている暇はない。


「それじゃ。死ねるといいね」


 私は荷物を持って病室を出ようとした。そのとき、ヒヨコ饅頭に溺れて窒息しそうになっている彼が、言葉を漏らした。


「ゴホォウ! ゲホォウ! ……ま、まて、最後に俺の戒名を聞いてくれ……」


 彼はそう言うと、ヒヨコの破片を白いシーツの上にばら撒きながら、自らの戒名を発表した。


「モロコシ……で、よろ……しく…………」


 彼はヒヨコの力を甘く見ていたようだ。ヒヨコ饅頭はパサパサで、水分を奪うということを見逃していたのだ。


 彼の咽頭にたまったヒヨコ達は、咽頭のわずかな水分を根こそぎ吸い取り、見事に彼の意識を奪うことに成功した。


「はぁー……」


 私は静かにため息をつき、ナースコールを押してから帰路に着いた。




<第二章>


 モロコシと出会ったのは、一年前のことだ。


 一年前、カメラマンとして駆け出しだった私は、自分の理想とかけ離れた現実に失望していた。私が悶々と悩みながら街中を歩いていると、全裸のモロコシに話しかけられた。


「やあ、君良いカメラを持っているね。もしよかったら、写真を撮ってもらえないかね?」


 ……可憐な乙女であれば、ここで悲鳴の一つや二つ上げるのが普通なのであろう。でも、私は物怖じしない女なの。


「いいよ。これでも私、プロだから。お金とるからね。一枚一万円。OK?」


 全裸のモロコシは、ニヤリと笑いながらグッドサインをした。


「今はないけど、あとでお金下ろしてくるから。頼むよ」


 金を払われたら、プロとして断るわけにはいかない。私はカメラを手に取り、写真を撮り始めた。


「パシャ! パシャパシャ!」


 私は夢中で写真を撮った。男の裸体に興味はない。それどころか、普通の人と同じように、嫌悪感を持っている。いまにもゲロ吐きそうだった。それでも、私は真剣に被写体の裸男と向き合った。自分の撮りたいものだけ撮っていてもダメなんだ。これはずっと考えていたこと。その考えが今、ハッキリとした。希望に満ちていた過去の自分とおさらばする決心が付いた。


「パシャ! パシャ! いいぞ、いいぞ! そのきたねぇモノをもっと見せてみろ!」


 遠くで「キャー!」という悲鳴が聞こえた気がしたが、集中していた私は無視して写真を撮り続けた。



「こら! なにやってんだお前!」


 気がつくと、警察がやってきた。そして、全裸のモロコシを取り押さえた。当然、その瞬間もカメラにおさえた。瞬間瞬間を見逃さずに、カメラにおさめる。それがプロ。


「お前もだ! こっちに来い!!」


 かくして、私と全裸のモロコシは警察に捕まり、猥褻行為の罰を受けた。その日以来、何故かモロコシとは縁があり、一緒に行動することが多かった。


 ちなみに、当時何故全裸で町を歩いていたのかモロコシに聞いたことがある。


「恥ずかしさで、自殺したかった」


 ……だそうだ。




<第三章>


 今日もまた、モロコシに呼び出された。


「今日はどうやって自殺するの? 私も暇じゃないから、死ぬなら速くしてちょうだい」


 私はいつもの様に、冷ややかな態度でモロコシに話しかけた。


「今日は、自殺が目的じゃないんだ。自殺するに当たって、遺書を書いた。それを、君に預かっていて欲しいんだ」


 今日のモロコシは、少しいつもと雰囲気が違った。いつもは基本的に真剣なのだが、どこか不真面目さが滲み出ている人だった。でも、今日は口調も重く、顔つきも精悍で、少しドキっとした。


「これだ。もし、うまく自殺できたら、君に読んで欲しい」


 モロコシはそう言うと、私に茶封筒を差し出した。そのときの、モロコシの顔、怖かった。モロコシは、今度こそ本気で死ぬ気だ。そう思えてならなかった。


「今回は、本気なの?」


 いつもモロコシが自殺に挑戦する前に聞く言葉。モロコシは決まって「もちろん! 私はいつだって本気さ」と言っていた。でも、今回だけは違った。無言で、頷くだけだった。


「そっか……。じゃあさ、今度こそ教えてよ。あなたが自殺したい理由」


 今まで、何十回とモロコシの自殺に付き合ってきた。でも、一度たりとも、何故死にたいのかという理由を聞いたことがなかった。死人に口なし。聞くなら、まだ生きている今がいいだろう。


「……そうだな。君には本当に世話になった。君だけには、話しておこう」


 そう言うと、モロコシは静かに語り始めた。



<第四章>


「私の両親は、強盗に殺されたんだ」


 初めて聞かされた事実。


「ちょうど小学6年生の頃だった。当時、私は強盗犯のことを酷くうらんだ。なんで私の父を殺したんだ! なんで私の母を殺したんだ! 他にも人はいっぱい溢れているのに、何で『私の』なんだ!! ってね」


 モロコシの声は、微かに震えていた。


「私は強盗犯によって、勝手に人生を終わらされた両親を不憫に思った。そして、他人に死刑宣告された強盗犯にも、同じように同情した。死に方くらい、自分で決めさせろや!! そう、思ったのだよ……」

 

 モロコシは遠くを見て、うなだれていた。


「それからというもの、いろんな自殺方法を考えたよ。オーソドックスに首をつろうとか、腹いっぱい食べて胃を破裂させて死のうとか、乳母車にはねられて死のうとか……。そんな風にいろいろと考えるのが、いつの間にか楽しくなってね。今では自殺が私のライフワークになっているのだよ。ははは……」


 自殺がライフワークって……。なんじゃそりゃ。ちくしょう、少し面白いじゃないか。


「パシャ!」


 私は、無邪気に笑うモロコシの顔を撮った。


「葬式の写真は、それにしてもらおうかな」


 これが、モロコシの最後の言葉だった。



<第五章>


 3日後、私のもとに悲報が届いた。私は直ぐに病院に向かった。



「今朝、海辺で発見されたそうです。発見されたときには、すでに意識がなかったそうです」


 看護師が淡々と事実を語ってくれた。私はそれを、淡々と受け止めた。看護師の話を聞いても、私の感情は起伏しなかった。この状況は前々から想像していたことだし、覚悟もしていたから。


「それじゃ、失礼します」


 看護師が退室した病室には、私と、冷たいモロコシだけ。やけに静かで、やけにひんやりとした触感。ふと、モロコシの手が目に付いた。何故か、その手を握りたいと思った。握った。冷たかった。急に、心に穴が開いた。深く、大きな穴だ。私の心にあった、モロコシの存在が占めていた空間が、全て抜け落ちたのだ。その瞬間、涙が出てきた。ぼったんぼったんと雫が垂れた。このとき、私は気付いてしまったのだ。モロコシが、私にとって、とても、とても大切な人であったことに。そして、もう、取り返しが付かないことに……。


 私は、いつの日にか撮ったモロコシの写真を見た。そこに写るモロコシは、どれも不細工だった。でも、私の心のファインダー越しに見るモロコシは、いつも魅力的で、私の心を掴んで離さなかった。冷たいモロコシの顔と、写真のモロコシの顔を見比べてみる。どちらも、不細工だ。そして、どちらも、魅力的だ。でも、私は、自殺を遂げて安堵したモロコシの顔よりも、自殺を楽しんでいたモロコシの顔の方が……好きだ、こんちくしょう…………。



<最終章>


 病室を後にした私は、遺書のことを思い出した。病室前で立ち止まり、遺書を開いた。そこには、こう書いてあった。


『いろいろと考えたのだが、やっぱり『モロコシ』という戒名は変だと思う。だから、新しい戒名を考えた。ズバリ『ロコモコ』だ! どうだろうか? おいしそうな、活かした戒名であろう。これから私のことを『ロコモコ』と呼ぶがよい。


ps.今度はおっぱいに口と鼻を塞がれた状態で、窒息死をしようと思うのだが、どうだろう? 君はAカップだから、手伝えないだろうけどね。ははは……』


 私は、自分の目を疑った。これが、遺書? ってかAカップを馬鹿にしたな!! こんちくしょう!!


 私は怒りをあらわにし、モロコシ改めロコモコがいる病室の扉を掴んだ。最後に一発ぶん殴ってやる!! そう思いながら、私は強く病室の扉を開けた。


「やあ、よく来てくれたね。ははは、また死ねなかったよ。真に残念だ」


 いつものように、「ははは」と笑うロコモコ。私は思いっきり、ロコモコの顔をぶん殴った。「はうぅ!」と気味の悪い声と共に、ロコモコはベッドから転げ落ちて、気を失った。私はナースコールを押して、直ぐに病室から飛び出した。


「よかった。泣き顔、見られなくて」


 この日、私は人生初のうれし泣きを体験した。


                        ~了~



~エピローグ~


「君の涙で溺れ死にたいのだが」


 これが、ロコモコ流のプロポーズだと知ったのは、このセリフを聞いてから1ヵ月後のことだった。その事実を知った私は、こう返事をした。


「あんたの死因は『幸せ中毒』になるけど、それでもいい?」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最後まで読ませてもらいました。軽快なやりとりがよかったとおもいます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ