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優しい日々とお人形

「アリシア。これが好きだったでしょう?」

そう言ってミカ様は桃色のお菓子を私の唇に運ぼうとなさる。

私は慌てて体を引いた。

「これはミカ様のために作られたお菓子です。私が頂くわけには参りません」

ミカ様はきょとんと小首を傾げられる。

「何を言っているの?私のものは貴女のものでしょう?」

「な、何をおっしゃっているのですか。そんな恐れ多いこと!」

あまりにも当たり前のようにおっしゃるから危うく納得しかけたけれど、

(これで頷いたら不敬罪もいいところだわ。首をはねられても文句は言えない)

「何を考えているの?」

いつの間にか人一人分あった距離をするりと詰め、ミカ様は私をソファに押し倒すように体を寄せられる。

ちなみに、私が恐れ多くもミカ様と同じソファに座らせて頂いているのは、そうしなければミカ様が床に直接座られるから。

ミカ様と初めてお会いしてからすでに一週間。

お妃様とお呼びしたら、ミカと呼んでと言われ、恐れ多いと辞退すれば、丸一日ご飯を抜かれ、ミカと呼ばなければこれからも食事をとらないと脅された。

それ以来、私は恐れ多くもエミカ様をミカ様とお呼びしている。

それに。

恐れ多いのはそれだけではない。

ミカ様は私が働くのを良しとせず、部屋の掃除などはすべて他のメイドにやらせている。

私の仕事といえばせいぜい、運ばれてきた食事をテーブルに並べたり(ミカ様は私のぶんの食事も一緒用意させており、私は恐れ多くもミカ様と同じ内容の食事をさせて頂いている)、ミカ様にお茶をお入れしたりすることだ。でも、それさえも、ミカ様ご自身が手伝ってくださる。いいえ。むしろ、私を座らせてミカ様が私に食事の用意をしてくださることの方が多いかもしれない。

部屋は下働きの部屋からミカ様のお部屋に隣接された侍女用の部屋となった。

日中はミカ様が本を読んでくださったり、勉強を見てくださる。

他にも荒れた手に効く薬を手ずから塗ってくださったり。

(振り返ってみると本当に恐れ多いことだらけだわ)

私は体中の血がさあっと引いていくのを感じた。

いくらミカ様が望まれたこととはいえ、どれほど厚顔無恥で無礼な振る舞いをしているのだろう。

(でもミカ様にとってはお人形遊びのようなものだから)

こんな日がいつまでも続くわけがない。

(きっと飽きられる日がくるわ)

ミカ様は近衛のお二人、アルティウスさんやグレンさんにはとても冷めていらっしゃる。

あんなにも素晴らしいお二人であの態度なのだから、私のような異形の醜い女など、飽きればすぐに捨てられてあっという間に忘れられてしまうだろう。

ツキン。

胸の奥が痛い。

けれど、その痛みから目を背ける。

悲しいなんて思ってはいけない。

痛みになんて感じてはいけない。

この夢のような一時に幸せを感じてはいけない。

これは私に与えられたちょっと変わった仕事なだけ。

優しくされていると勘違いしてはダメなのだ。

(この優しさは私のものじゃないもの)

人形へ向けられる他愛無い遊びの一環なのだ。

だから。

(感謝だけを胸に)

訪れる終わりの日を静かに待てばいい。

「アリシア?」

そっと頬を撫でられる。

白い手袋で覆われた手は冷たい。

「どうしてそんなに悲しい顔をしているの」

ミカ様の方が辛そうに眉を寄せられる。

「悲しい顔などしておりません」

「無理して笑わないで」

「・・・」

「アリシアはいつもそうだね。甘いお菓子に喜んでくれたと思ったら、次の瞬間にはこの世の終わりみたいに思いつめた目をしてる」

そんなにも顔に出していたのだろうか。

だとしたら、心を砕いてくださっているミカ様になんて失礼な態度をとっていたのだろう。

「申し訳」

「謝らないで」

そっと唇を押さえられる。

「君の笑った顔が見たい」

「ミカ様」

「甘いお菓子に年相応に喜んでくれたらとても嬉しい。勉強のときに見せてくれる真剣な顔も可愛い。夜眠そうにしている顔なんて食」

「はーい!ミカ様。アリシア様がつぶれてしまうでしょう?」

ぐいっとミカ様の体が引き戻される。

いつか見たアルティウスさんのようにミカ様はグレンさんに捕まえられていた。

「最近タガが外れているな」

「まあ、この方にしては我慢した方ですよね」

「?」

「ああ、アリシア様は気にしなくていいんだよ」

にっこりと笑うアルティウスさんの顔は笑顔なのに迫力がある。

三人はよく私にはよくわからない話をなさる。

そして、私には気にするなといつもおっしゃる。

(きっと私が無知だからね)

仲良くなるなんて恐れ多いことだけれど、せめて親しくさせて頂いている間くらいは、少しは認めて頂ける人間になりたい。

そう思って一生懸命本を読んで勉強しているのだけれど、お三人に敵うわけもない。

「アリシア。口を開けろ」

グレンさんの低くて威厳のある声に言われて私は思わずぱかっと口を開けた。

もぐ

「旨いか?」

口の中に広がる甘さとイチゴの香り。

(飴だわ)

こくっと頷く。

「そうか」

グレンさんは満足そうに微笑んだ。

(あ、笑った)

グレンさんはいつも静かな表情をしていて、あまり表情豊かではない。

でも、たまに見せてくださる微笑みはとても優しい。

なんだか、私の心までふわりと温かくなるのだ。

「グレン」

不機嫌そうなミカ様がグレンさんを睨んでいる。

(私がお仕事中に主の許しもなくお菓子を頂いたから)

慌てて飴を飲み込もうとしたけれど、

「アリシア。違う」

それよりも早くにはっと何かに気づいたようにこちらを向いたミカ様が私の手を押さえた。

「怒っていないから。ゆっくりと食べて。喉に詰まったら大変だ」

どうして私が飲み込もうとしたのがわかったのだろう。

けれど、ミカ様のお優しい言葉に私は頷いた。

「美味しい?」

グレン様と同じ問いをなさるミカ様に私は戸惑いながらこくりと頷いた。

「ならいいんだ」

ミカ様は私の頭を優しく撫でてくださる。

この、黒い髪を。

そのたびに私はミカ様がされている白い手袋を思う。

この白い手袋がミカ様を守ってくださっている。

だから、安心して触れられることが出来る。

そう、思うのに。

時々。

本当に時々だけれど。

ミカ様が私の前では決して手袋を外されないことが、胸の奥をざわつかせることがあった。




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