美貌の側室
下働きようの宿舎を抜け、裏道を通り、王宮に入る。
王宮の中に足を踏み入れたのは初めてだった。
下働きの私たちは、高貴な方々の目には決して留まらぬように隠れるようにして作られた場所で仕事をしているから。
(なんて綺麗なところなのかしら)
思わずうっとりとため息をついてしまう。
こんなに美しいところで命を落とせるならそれもいいかもしれない。
(たくさんの人に不快な思いをさせることしか出来ない私にしては、幸せすぎる最期だわ)
まるで夢の国に迷い込んでしまったみたい。
ただ、兵士の歩みだけが現実。
けれど、それも終わりを告げる。
「ここで待て」
兵士は金で彩られた大きな扉の前でそう言って足を止めた。
そして、その両横に立っていた美しい二人の兵士(私をここに連れて来た人よりもずっと綺麗な甲冑を身に付け、お顔もとても綺麗なお二人だわ)に声をかける。
「連れてきました」
二人の兵士は私をじっと見つめると、静かに首肯する。
「確かに。おまえはもう下がれ」
「はっ」
かっと甲冑を鳴らして敬礼をすると、兵はそのまま去って行った。
彼が完全に見えなくなったとき、
「アリシア様ですね」
「!」
びくっと肩を震わせる。
そんな私の反応に綺麗な兵士の方は困ったように眦を下げた。
「すみません。驚かせるつもりはなかったのですが」
「も、申し訳ありません!」
必死で頭を下げる。
(どうして、いつもこうなんだろう)
こんなにも綺麗な人にまで不快な思いをさせてしまうなんて。
そんな私の肩に、そっと手が置かれる。
(き、斬られる?!)
思わず目を瞑りぎゅっと両手を胸の前で握りしめる。
「アリシア様。どうか怯えないでください」
優しい声がとても近くで聞こえた。
覚悟した衝撃がなくて、私はその声に導かれるように瞳を開く。
とても綺麗なお顔が近くにあった。
なんと、兵士のお一人が私の足元に足をつき、私を下から覗き込んでいらっしゃったのだ。
「!?」
「アリシア様。ここにいるものは誰も貴女を苦しめたりはしません。ですから、どうか落ち着いてください」
ふわりと微笑む兵士の方は淡い栗色の髪に瞳は新緑。
笑顔を浮かべるお顔は少女のように柔らかな顔立ちをされている。
「どうして私の名前を?」
恐る恐る尋ねると、兵士の方はにこりと微笑まれ、
「知っているんです」
返事になっていない答えを返された。
(でも、私のような異形は私だけだもの。名前を知っていてもおかしくないのだわ)
心の中で納得する。
「アルティウス。彼女はまだなの?」
部屋の中からぞくっとするような色気のある声が聞こえた。
けれど、その声はどこか苛立っている。
「ふふ。私たちの主は待ちきれないようですね」
膝をついていた兵士は可笑しそうにそう笑うと、そっと立ち上がった。
どうやら、彼がアルティウスさんらしい。
「ただ今、お連れします」
そう言うと、彼はもう一人の兵士さんに視線を送った。
もう一人の兵士さんは赤い髪に赤い瞳をした凛々しい顔つきをしている。
どこか女性らしさを持ったアルティウスさんに対して、こちらの方は肩幅が広く、精悍な顔つきをしていて男性らしい。
彼はアルティウスさんに答えるように小さく頷くと、扉の取っ手に手をかけかけ、そして、ちらりと私を見た。
私は慌てて姿勢を正す。
「グレンだ」
「え」
叱責がくるのだと身構えた私に彼はそう名乗った。
(名乗った?)
どうして私なんかに。
「グレンに先を越されてしまいましたね」
「!?」
アルティウスさんが私の手をそっと取っていた。
「アルティウスと申します。アルティと呼んでくださいね」
そう言って形のいい唇を私の手に寄せようとし、
「調子に乗るな。殺されるぞ」
ぐいっとグレンさんがいたずらをした子猫を捕まえるよに、アルティウスさんの首根っこを掴んでいる。
「ふふ。ちょっと悔しかったものですから」
「・・・」
「アルティウス、グレン」
苛立った声がまた中から聞こえた。
グレンさんが眉を寄せた。
「このままだと扉を蹴破ってくるな」
「仕方ありませんね。今、お連れしますよ」
肩をすくめると、アルティウスさんがにこりと私に微笑みかけてくださる。
「これから苦労するかもしれませんが、嫌になったらいつでも私を頼ってくださいね」
「こいつは止めておけ。・・・俺にすればいい」
グレンさんの言葉にアルティウスさんが驚いたように彼を見たけれど、すぐに表情を改めると彼は今度こそ扉を開けた。
「アリシア様をお連れいたしました」
扉を開けたすぐそこにいたのは。
「貴女は」
瞠目した私に、
「また会えたね」
そう言って、バラ園の女神様は微笑んだ。




