55話 答え合わせは
<答え合わせは>
無事に万年筆と可愛らしいテーブルナプキン、キャンドルを購入し。
私とレオンは、城へと帰ってきた。
久しぶりに話したいことがたくさんある。
私はレオンを部屋に誘った。
「今日は付き合ってくれて、ありがとう」
アフタヌーンティーセットから、サンドイッチをとりわけながら、レオンの前に置く。
「礼を言われるようなことじゃねえよ。俺も、シアと久しぶりに一緒にいられて、楽しかったし」
「私も、とても楽しかったわ。でも、グレンさんは、大丈夫かな」
「城に残ってる兵に、何か進展があれば、俺にも報告するよう言ってある。とりあえずは、待つしかないな」
「そう。でも、どうして、エルラードに対する反抗を、今さら」
「それだけ、町の状態が良くなってきて、文句を言う気力も出て来たってことだろ」
「でも、それならいっそう、エルラードの皆さんに感謝しなければいけないのに」
「そう憤るなって。人って言うのは、そういうもんだよ。のど元過ぎればってやつだ。それが、いいこともあるし、悪いこともある。今回の犯人たちは、後者だけどな」
「・・・」
「シア?」
「私も、同じなのかもしれない」
私の答えに、レオンは首を傾げる。
「どこが?」
「感謝の気持ちを忘れて、礼を失するようになることが」
「おまえがか???」
レオンが全くわからん、と目を丸くする。
けれど、私は首を横に振った。
「私も、ミカに対してそういうところがあるの」
「あいつなんて、最低だから、ごみクズ扱いくらいで調度いいと思うけど。まあ、シアは本物のごみに対しても丁寧だけどな」
「・・・」
レオンが励ますためにそう言ってくれるけれど、のど元過ぎて、礼を失している私の方こそが、最低の扱いをされるべきなのかもしれない。
「どういうことか、話してみろよ。な?」
ぽんぽんと頭を撫でられる。
その、昔から変わらない優しさに、私は、昔に戻ったような感覚になる。
「シア」
レオンに名前を呼ばれると、何でも許される気持ちになってしまう。
「・・・私、ミカを見ると、ドキドキするの」
「それが悪いことか?あいつは万人を色んな意味でドキドキさせる男だぞ?当然だと思うが。シアだって、あれだけセクハ・・・いや、スキンシップの嵐にあっていたら、ドキドキして当たり前だろう」
「勿論、ミカは素敵で、気さくな方だから、以前からドキドキすることはあったの。でも、私・・・きっと、ミカが気さくだからって、近しい方だと思い違いをしているのだと思う」
ぎゅっと拳を握りしめる。
「ミカが前よりもずっとキラキラして見えて、見惚れてしまうの」
「それって」
レオンが、先ほどよりもずっと驚愕の眼差しを浮かべる。
「やっぱり、最低よね」
「いや。マジでびっくりしているだけだ」
レオンが口元を押さえる。
レオンは目を何度もウロウロさせながら、最後にはぐっと拳を握りしめ、決意したように口を開く。
「他に、どんな症状があるんだ?」
症状。
まさに、その呼び名がふさわしい気がする。
正気の沙汰とは思えない状態だから。
「ミカとお会いできると嬉しくて、もっと一緒にいられたらと思ったり。去って行かれる姿を見ていると寂しくなったり。ミカが、私の作った物を食べたいとおっしゃってくださったら、真に受けて、作ろうとしたり。・・・強欲で、自惚れで、恥ずかしい」
瞳に涙がたまってくる。
「どうしよう。どうしたらいいの?レオン。私、このままでは、ミカのおそばにいることが出来ない。きっと、今でも、どこか変なことが多いと思うの。なんだか、胸がいっぱいになって、ぼんやりすることもあって。このままでは、もっと失礼なことをしたり、失敗をしてしまう」
「落ち着け、シア。大丈夫だから」
レオンが私を抱きしめる。
ぽんぽんとあやすように、背を軽く叩く。
レオンの穏やかな呼吸に、温かさに。
私の呼吸も落ち着いてくる。
「・・・ごめんなさい。レオン」
「いっぱいいっぱいだったんだろ。おまえはいつも我慢しすぎだ。シア」
「・・・」
少しだけ体を離して、見つめあう。
レオンにも、嫌われるかもしれないと思っていたのに。
私を見る目は、穏やかなまま。
強張っていた体から力が抜ける。
「今の話だけどさ」
「うん」
「単純に、シアが王子を一人の人間として認識しているってことだろ。それのどこが悪いことなんだ?」
「だって、ミカは王族で、たくさんの方に慕われる尊い方なのよ」
「その見方こそ、王子にとっては悲しいと思うぜ」
「?」
「シアだって、黒髪と黒い瞳っていう枠だけで判断されて、辛い思いをしてきただろ。王子だって同じだ。王子っていう枠で見られていたら、悲しいに決まっている」
「!!」
驚愕する私に、レオンが微笑む。
「出会ってから半年。王子とシアはたくさんの時間を共有してきた。その中で、王子の人となりを知って、王子を個人として見るようになった。それの、どこが悪いんだよ。そうだろ?シア」
レオンの言う通りだ。
ぽろぽろと涙がこぼれる。
「私がミカを、王族ではない、個人としてみることは、失礼ではない?」
「むしろ、大喜びだ。シアだって、シア個人としてみられたら嬉しいだろう?」
「うん」
安堵でいっぱいになる。
けれど。
「でも」
「ん?」
「私、どんどん貪欲になるの」
「たとえば?」
「さっき言ったみたいに、もっとお会いしたいとか、お話したいとか」
「ふむ。めちゃくちゃ悔しいけど、その問題の相談は、俺にじゃないな」
「?」
「その悩みの先にある答え。それは、シアが一人で到達して。そして、相談というか、答えあわせは、王子としなければいけない」
「!」
ミカとの約束を思い出す。
たくさん悩んで、それでも、ダメなときには、ミカに相談すると約束した。
けれど、あれからたくさん悩んでも、とても、ミカに相談する気持ちにはなれなかった。
けれど。
なぜか、レオンの言う通り、今なら、あともう一歩頑張れば、ご相談することが出来ると思う。
答えは、もう身近にあって。
それを解いたなら。
最後の答えあわせこそ、ミカとするべきだと。
「レオンには、答えはもうわかっているの?」
「ああ」
「自分のことなのに、わからないなんて。情けないわ」
「それは違うぜ。自分のことだからこそ、わからないんだ」
「?」
「シア。おまえは、本当は何かを感じているのに、それから、わざと目をそむけているんだ。でも、王子を一人の人間として、素直に見つめてやれ。今までの王子の言動を、素直な思いで受け止めてみろ。そうして、自分の心の中の恐怖と戦うんだ。そうすれば、きっと、答えは出る。」
「レオン」
私を信用してくれる目が、勇気をくれる。
大好きなレオンが、信頼してくれるのだ。
きっと、できるはず。
「私、頑張るわ」
レオンはにこりと微笑むと、
「今夜は、ヤケ酒だな」
小さく、何かを呟いたけれど、決意に満ちた私には、よく聞こえなかった。