54話 再会
<再会>
上品な文房具が並ぶお店の中を、少し気後れしながら。
けれど、目がキラキラと輝くのを止められないまま、一つ一つ眺める。
中でも、目を引いたのは、万年筆だ。
「ミーシェなら、可愛らしさだけでなく、書きやすさも重視しないと」
「ミーシェ様ですか?しかし、先ほどの道具屋で、誕生日祝いはすでにご購入されたのでは?」
グレンさんが、不思議そうに尋ねる。
「はい。でも、実験器具だけでは寂しいかなと。せっかくの、お誕生日。女性らしい文房具品も一緒に添えたいなと思って」
「なるほど。アリシア様らしい心づかいです」
「ふふ。私にとって、初めてできたお友達のお誕生日ですから。喜んでもらえそうなことは何でもしたいんです。ミーシェが好きだと褒めてくれたクッキーも焼く予定です」
グレンさんが、微笑ましそうに、眼を細める。
付き合わせてしまって申し訳ない。
けれど、グレンさんは嫌な顔を一つもせず、むしろ、先ほどの店でも、実験道具を選ぶのに、的確なアドバイスをくださった。
(グレンさんにも、後日、お礼をしないと)
そう心に決めながら、再び、品物へと視線を移す。
どれも、繊細で女性らしい品物ばかりで、目移りしてしまう。
「これは可愛いけれど、少し使いにくいかな。でも、実験に失敗してしまったときに、これを使っていたら、可愛らしくて励ましになるかもしれない」
じーっと見つめて考えていると、
カランカラン
来客を告げるドアベルが鳴った。
入って来たのは、エルラードの軍服を纏った方。
「オルトンか。どうした」
「急の訪問、失礼いたします。急ぎ、ご報告したい旨がありまして」
グレンさんが、店の中をさっと見渡す。
店主以外に人がいないのを確認すると、軽く頷いた。
小声で話せば、店主には聞こえないだろう。
「イスターシュの南町で、建物の倒壊事件が起きました。死者は出ていませんが、けが人が出ています。ただの倒壊事件なら、町の警吏だけで対応可能ですが、現場には、故意に爆発させた跡がありました」
「犯人は?」
「現場には、“エルラードは出て行け”との紙がばらまかれていました。我々に反感を持つ者たちの仕業でしょうが、捕獲に至っていません」
「最初こそ、一部貴族の息がかかったものたちによる、こういう事件は起こっていたが。今になってか」
「ようやく、人々の努力が実って来たところだというのに」
オルトンさんが、悔しげにつぶやく。
グレンさんは、小さく頷くと、
「連続で暴れる可能性もあるな」
「はい」
「わかった」
グレンさんは、私へと視線を移し、
「申し訳ありません。私は事件に対応しなければなりませんし、貴女の身の安全確保のためにも、城に戻って頂きたい」
「わかりました」
本当なら、すぐにでも、現場に駆け付けた方がよいのだろう。
けれど、グレンさんは、私を城に送り届けるつもりのようだ。
一瞬でも早く、行けるように、走って帰ろうと提案しようとすると、
カランカラン
また、扉が開かれた。
グレンさんとオルトンさんが身構える。
けれど、入ってきた長躯を目にして、私たちは大きく瞳を見開いた。
「将軍」
「久しぶりだな。グレン」
彼は、いつもと変わらない笑顔で、ゆったりとこちらに近づく。
「よっ、久しぶりだな。シア」
「レオンっ」
両腕を広げる彼に、私は飛び込むように抱き着く。
「おかえりなさい!レオン」
レオンと会うのは1か月ぶりだ。
「ただいま。元気にしてたか?」
「もちろん。レオンこそ、怪我をしたりしていない?」
「俺が怪我なんかするはずないだろ。っと、それより、グレン。おまえの部下たちが、表で騒いでいた。何か急用が出来たんだろう?」
「はい」
「王子が、グレンと二人きりにさせてたまるかと、俺を強制送還したんだが。まあ、来て良かったみたいだな」
「そのようですね。将軍。エルラードに反感を持つものたちによる爆破事件が起きたようです。詳細の確認と指揮のために、向かいます」
「わかった。シアのことは任せろ」
「ありがとうございます」
グレンさんは、レオンに頭を下げると、私の方へと向きなおした。
「最後までご一緒できず、残念です。このお詫びは、また今度させてください」
「いいえ。こちらこそ、ありがとうございました。どうか、気を付けて」
グレンさんは、こくりと頷くと、オルトンさんと共に足早に店を出て行く。
その背を見送ってから、
「で、良いのは見つかったか?」
「ええ、大丈夫。すぐに戻りましょう」
私が頷けば、レオンはくすりと笑った。
「俺に気兼ねしてどーすんだよ。まだ、買いたいものがあったから、ここにいるんだろ。文房具品の一つや二つ選ぶくらい、待ってやるよ」
「でも」
「どうせ、事件なんて、起こる時は起こるんだよ。怯えていたって仕方ないだろ」
「本当に・・・いいの?」
「俺がシアに嘘つくはずないだろ」
「うん。ありがとう。すぐに、選んでしまうから」
「おう」
私は、急ぎながらも、真剣に。
プレゼント選びを再開した。