50話神は見捨てず
50話<神は見捨てず>
「アリシア!」
明るい声に呼びかけられて、私は後ろを振り返った。
「ミーシェ。どこか行くの?」
今日のミーシェは、動きやすそうな膝上ドレスではなく、シンプルだけれど上品なブルーのロングドレスを身に纏っていた。
「そうなの。もうすぐ、エルラードでパーティーがあるんだけど、その準備」
「準備?」
パーティーに出席したことがないどころか、見たこともない私には、どのような準備が必要なのか、想像もつかない。
「そうよ。ドレスの採寸やアクセサリーの新調。あとは、招待客リストに目を通したり、招待客によっては、来てもらったお礼を準備したり」
憂鬱そうなミーシェに、私は苦笑する。
「面倒なことも多いと思うけれど、楽しいこともあると思うわ。せっかくの席だもの。楽しんで」
「んー、楽しいことかあ。特に思いつかないわ」
「ドレスやアクセサリーを選ぶのは楽しそうだけれど」
「私はそういうの苦手だからなあ。それをするなら、新作の爆弾を作りたい」
「ミーシェらしいわ」
思わず笑ってしまう。
「でも、私は、綺麗なミーシェを見られたら、とても嬉しくて楽しいわ。もし、機会があれば、今度私にも見せてくれる?」
「!!」
ミーシェが驚いた顔で私を凝視する。
「そんなの、面倒なだけじゃない??」
私は首を横に振った。
「友人の素敵な姿を見れるのは、きっと、とても楽しいわ。今日だって、いつもと違う装いのミーシェを見られて、可愛いなあと嬉しくなっているし」
「!!!」
ミーシェの頬がぼっと朱に染まる。
「アリシア!!あなたって、最っっ高に可愛いわ!!!!」
がばっと抱き着かれ、ぎゅうううっと抱きしめられる。
少し驚いたけれど、私もミーシェが大好きだから、きゅっと抱きしめ返してみた。
「私も、ミーシェが大好き」
二人でぎゅーっと抱きしめあって。
「あたしたちって両想いってやつね!!」
「うん」
ちょっとだけ離れて笑い合う。
「アリシア、ありがと。あなたのおかげで、やる気が出て来たわ。面倒だと思っていたけど、パーティーの準備、頑張るわ」
「うん」
「本当はアリシアにも来てほしいんだけど」
「ごめんなさい」
いつも気さくなミーシェだから、つい、忘れてしまいそうになるが。
彼女は王族なのだ。
そんな彼女が出席するパーティーとなると、格式あるものなのだろう。そんな場に、私では、とてもではないが、同行できない。
「そうだよね。あの悪魔が、アリシアを人目にさらすようなこと許すはずないし・・・あーあ。せっかくの誕生日だっていうのに、アリシアと離れ離れなんて」
ぶーぶーというミーシェに、けれど、私は聞き捨てならない一言に目を丸くする。
「お誕生日・・・?ミーシェ・・・あの、そのパーティーというのは、もしかして、ミーシェのお誕生日をお祝いするものなのですか?」
「うん、そうよ。そうじゃなかったら、いつも通り不参加にするわよー。でも、さすがに、自分が主役のパーティーをさぼるわけにはいかなくて」
「ミーシェ、お誕生日はいつなのですか?」
「え?一週間後よ」
「一週間後」
「そうなの。おまけに今まで逃げ回ってきたから、いよいよ、準備が間に合うかの瀬戸際になっちゃって。間に合わなかったら、全ての火薬に水をつけると、お母様から怒り狂った伝言が届いたのよ。だから、今日からエルラードで連日準備してくる」
「一週間後」
「アリシア?」
「な、なんでもありません。それより、ミーシェの誕生日をお祝いする会なら、ミーシェがいなくては皆さん困ってしまうわ。頑張ってきて」
「はーい。じゃあ、アリシアに今度見てもらうために、採寸とか頑張ってくるわ」
「ふふ。楽しみにしているね」
「うん」
先ほどよりも、表情が少し晴れやかになったミーシェを送り出す。
笑顔で去っていった背を見送り。
「一週間後」
私は、決して忘れないように、もう一度同じ言葉を口にした。