48話 予感と変わりいくもの
48話<予感と変わりいくもの>
報告書に目を通しながら、何かが引っかかる。
何かが喉の奥に引っかかっている。
頭のどこかが警告を発している。
それなのに、その正体がわからない。
「あなたが考え込むなんて、珍しいですね」
隣で仕事をしていたアルティウスの声に、僕は書類から顔を上げた。
「これを見て」
渡した書類を素直に受け取ると、ざっと目を通す。
「ダイヤモンド採掘量が、この二ヶ月でかなり伸びているみたいですね。それが、何か」
「わからない」
「なるほど」
アルティウスは先ほどよりも真剣な顔つきになる。
「あなたが考えてもわからないほどの、微量すぎるヒント。けれど、何か重大な事につながるヒントでもある、ということですね。なんとも、もどかしいものです」
「そうだね」
「まあ、普通は気づくはずのないことに、気づいてはいるのです。あとは、人を使って、地道に、原因に当たるまでやっていくしかないでしょう」
「・・・」
「不服そうにしないでください。いくらあなたとはいえ、万能ではないのですから。王子もそれがわかっているから、アリシア様のために、我々や周囲の人間を味方につけたのでしょう?」
「こういう時、僕は本気で、面倒ごとは捨てて、二人だけ幸せで生きていきたいと思うよ」
「はいはい。そういう気持ちになるのは理解できますが、言っていても仕方のないこと。それよりも、まずは、この件を改めて考えてみましょう。この国にはダイヤモンドの採掘場所が10箇所あります。うち、現在も現役で一定量を採掘しているのは、7箇所。7箇所の中で、どこか際だって採掘量を増やしている場所がないか。採掘監督者やそれを管理する領主に変更があったのか。採掘物が城まで届けられるまでの道で、変化がないか。地、人、交通。他にも、それらから枝葉して必要そうなことがあれば、調べましょう」
「・・・」
「王子」
「アルティウス。僕は近く、エルラードに一度帰る。けれど、イスターシュでの報告書は全て届けてくれ」
書類であれば、エルラードとイスターシュを繋ぐ無機物運搬用の魔方陣を使えば、定期的に運搬が可能だ。
「わかりました。なるべく、必要そうなものは早めに送れるよう努力はしましょう」
「頼むよ」
窓の外を見つめる。
すでに、月が天高く昇っている。
アリシアはもう休んだだろうか。
(アリシア)
面倒なイスターシュやエルラードの政務。
そのせいで、彼女と顔を合わせられるのは、朝食と夕食、たまの休暇だけだ。
勿論、彼女の予定は全て把握しているから、移動やちょっとした休憩、町への散策時などには、ほとんどの確率で同行しているけれど。
けれど、それだって、まだまだ全然足りない。
それでも、我慢できるのは。
カサリと、他とは分けた書類を手に取る。
星の数ほどの報告書の中。
時折、彼女の気配を感じる。
彼女の努力が、形をかえて、報告書の中に散り張っている。
そのかけら1つ1つが愛おしい。
(だから、我慢できる)
彼女の喜びは、僕の喜びだ。
彼女が嬉しいのならば、僕はその三倍は嬉しい。
だから。
(守ってみせる)
彼女をもっともっと幸せにするために。
見えない恐怖に退くのではなく、立ち向かおうと決めた。
(アリシアのために、僕はもっともっと強くなってみせるから)
ただの恋する青くさい子供のようだ。
けれど、そんな自分にしたのが彼女だと思うと、それさえも愛おしいから。
「アルティウス。君の力も借りたい。君も、このヒントを紐解くよう努めてくれ」
「あなたは、本当に変わりましたね。この半年で、さらに。これだから、若いって嫌なんです」
「おまえの枯れた心には眩しいだろうけど、老骨を扮して働け」
「前言撤回です」
にっこり微笑むと、アルティウスは再び、書類の山へと帰っていった。