47話 時間が何かを変えていく
47話 <時間が何かを変えていく>
エルラードによるイスターシュ改革が始まって、約半年が過ぎた。
城内を歩いていると、忙しいながらも、皆の顔に活力がみなぎっているのを感じる。
パーティーばかりの日々から、議会や会議、打ち合わせの日々へ。
華やかな日々は影をひそめ、それを寂しく思う方もいるとは思う。
もちろん、華やかな席というのは、素敵だし、それ自体が政治の場であり、必要だと思う。
けれど、あそこまで困窮しきった民衆に目もくれず、華やかな席に明け暮れていたあの頃は、やはり間違っているのだと思う。
(そんな日々を変えてくれた人)
私はそっと隣を歩くミカを見上げた。
金色の髪はいつだって柔らかく光り、青い瞳は優しい。
(綺麗)
私は、ほうっと思わず、見つめてしまう。
以前は、ただただ恐れ多かったのに。
ミカと呼ぶことを許して頂けて。
眠れない夜に、お茶会を共にしていただいて。
ミカが王族であることを決して忘れたわけでも、軽んじているわけでもないけれど。
ミカという人が、個人に見えるときがある。
そうすると、彼の綺麗な容姿も、穏やかな声も、優しい笑顔も。
全てがキラキラと輝いて。
心が落ち着かなくなる。
(こんなにも素敵な方なのだから、ドキドキするのは、当たり前なのだけれど)
けれど、そこに、自分の気持ちが加わって、それを過剰にしているのだとしたら。
それは、とても不敬な気がして、改めなければと、自分を叱咤する。
私は、視線を床へと向けた。
ミカには、こんな浅ましい思いを知られたくない。
決して、このよくわからない不敬なドキドキを漏らしてはいけない。
きちんと、立場をわきまえて、礼を重んじ、敬意と信愛をもって、お話ししなくてはいけない。
彼は、いくら気さくな方だとはいえ、王族なのだから。
「アリシア?」
「!」
突然、足をとめて、ミカが私を見つめられる。
「どうしたの?」
「え?」
「悲しそうな顔をしているから」
ミカの手が、私の頬をなでる。
かあっと頬が朱に染まる。
けれど、
(見られたくない)
思わず、ミカの手から逃れるように、顔を下に向ける。
「アリシア?」
ミカの少し焦ったような、傷ついたような声に、ぎゅっと心臓を掴まれたようになる。
「・・・すみません。少しぼうっとしていて、驚いてしまいました」
私は必死で平静を装いながら、顔を上げた。
けれど、私の顔を見たミカは、きゅっと眉を寄せられる。
「悩み事があるみたいだね。僕には話せない?」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。悩み事というほどのことではないのです。色々とお仕事を頂いているので、考えることが多くて。ぼうっとしていたのかもしれません」
「・・・」
ミカの青い瞳は、私の全てを見透かしてしまいそうなくらいまっすぐに。
私を見つめる。
今度は、逸らすことさえできなくて、息をとめて、その瞳を見つめる。
一瞬のような、永遠のような時間が過ぎ。
ミカが、小さく息をついた。
「今は話したくないみたいだから、これ以上は聞かない。でも、約束してほしい」
片手をそっと握られる。
「一人で悩んでいても、答えがでないことはあるよ。だから、たくさん悩んで、それでも、答えが出ないときは、必ず、僕に教えて」
「ミカ」
とても予想外の言葉で、私は瞳を大きくした。
優しい。
待つという優しさ。
こんな優しさがあるのだ。
「ミカは、いつも、私に知らないことをたくさん教えてくださる」
「それは、アリシアだって同じだよ。僕に知らないことをたくさん教えてくれる」
「私が、ですか」
「そうだよ。自分のことって案外、気づかないものだよね」
くすっとミカがおかしそうに笑うから、私も、思わず、頬を緩めた。
(ミカがそうおっしゃってくださるのなら。こうして、時間を共にさせて頂くことも、決して、ミカのマイナスばかりではないのでしょう)
「ありがとうございます。ミカ。・・・お約束します。たくさん悩んで、それでも、わからなかったら。教えを乞います」
「ふふ。悩むアリシアも可愛いけど、教えてって言ってくれるアリシアも、きっと可愛いね。できるなら、早くあきらめて、僕に相談してほしいけど」
「もう、ミカ」
いつだって、甘やかそうとするから。
私は、自分を律せねばと背筋を伸ばす。
「初めてのことを、悩むのは当然ですよね。この時間を、大切にします。」
だって、あなたに関わる悩みだから。
「アリシアは真面目だね」
無理しすぎないで。
ミカはにこりと微笑んで、私の髪の先に口づけた。
また、心臓がドキドキと踊って、悩みはもっと色濃くなってしまったのに。
先ほどよりも、胸の苦しさが甘く感じられたのは、どうしてだろう?
大変ご無沙汰しております。
再開と同時に休載してしまいました。
今度こそと心をいれかえて、13日まで毎日更新を予定しております。
お付き合い頂けましたら、幸いです。