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夜の蜜会(4)




恐れ多くも、ミカは、私が眠くなるまで付き合う、とおっしゃってくださった。

ミカのお時間をとるくらいなら、直ちに部屋へ戻ろうとしたのだけれど。


「僕も眠れなかったから、アリシア。付き合ってくれる?」


優しいミカのお言葉に、私は甘えることにした。

そうして、ミカと私は、二人そろって厨房へとやってきた。



「厨房か。あんまり立ち入らない場所だけれど、アリシアと一緒だと、どこでも天上の国のように美しく見えるね」

「?」

「ふふ。今は色気より食い気かな。アリシア。何が食べたいの?」

「!わたしは食いしん坊では」

「可愛い」

「!!」


ミカの言葉は社交辞令とわかっているのに。

こんなふうに、優しい言葉や女性としての魅力を言われる言葉は慣れていないから。

大げさだとわかっていても、流せない。

動揺する私に、

「アリシア」

そっと背を押して、ミカは私を椅子に座らせた。


「?」


疑問のままに見上げれば、いつのまにか、近くにあったエプロンを身に付けたミカが、にこりと微笑む。


「ミルクたっぷりのティーとマカロンでいいかな?」

「ミカが用意なさるのですか?!」


そんなことをさせるわけにはいかないと、慌てて立ち上がろうと腰を上げる。

けれど。


「アリシアのためなら、僕は何でも出来るよ」


極上の笑顔でそれを制される。

信じて、といたずらっこのように微笑むと、手際よく準備を始める。

私は目の前の光景が信じられなくて呆然とミカの動きを見守る。


(一国の王子様なのに、こんなことまで出来るなんて)


ミカはどこまですごい人なのだろう。

私たちには計り知れない


お湯を沸かしながら、その横で、ミカはチョコレートを湯煎して溶かし始める。


(?)


どうして、チョコレートを溶かすのだろう?

私は思わず、じっとミカの動きを見つめる。


ミカは口元に微笑みを浮かべたまま、チョコレートで少しいびつな横長の球形を作っていく。


「アリシア」


突然、くるりと後ろを振り返られたミカ様は、軽くウインクされ、


「これ以上はヒミツ。少しだけ、俯せていて」


そう言われると余計に気になる。

けれど、ミカのいたずらっこのような顔が、ほらと私をせかす。

私は思わず笑みをこぼしてしまった。


「わかりました」


お言葉にあまえて、少し行儀が悪いけれど、机に両腕を置き、そこに顔を伏せた。

そっと、瞳を閉じる。


カタン

カチャリ


ミカが動く音が聞こえる。

それはとても優雅で、静かで、優しい音。

ミカは、お料理をしているときでも、音だけでも、こんなにも美しくて、優しい。


(・・・)


優しい音だけが私を包む。

それは、どこか懐かしい。


頭の中がいっぱいだったはずなのに、今は、優しさで頭が溶かされてしまう。

優しさが私をいっぱいにするのを感じながら、私はしばし、それに身をゆだねた。






「アリシア」




優しい声が私の名を呼ぶ。

隣に、ミカの気配を感じた。


「もう、顔をあげてもいいよ」


眠ってはいないけれど、とても優しい時間に身をゆだねていた私は、少し緩慢な動きで体を起こした。

少し腰をおって、私を覗き込んでいたミカと瞳が合う。


「少し、落ち着いた?」

「はい」


ミカの導くような声に、私は思わず正直に頷く。


「よかった」


にこりと微笑むと、ミカは私の前に、ティーカップを置いた。

白磁にピンク色のバラが描かれたそれは、とても愛らしくて繊細。


「入れるね」


ミカが少し高い位置から紅茶を注ぐ。

紅茶のとても豊かな香りが、ふわりと広がる。

次に、ミルクをたっぷりと、お砂糖は一つ。


「さあ、どうぞ」

「ありがとうございます」


ちょうどよい温かさの紅茶が体をほわりと温めてくれる。

まろやかな舌触りと広がる香りに、驚いてしまう。

紅茶ってこんなにおいしい飲み物だったんだ。


「とても。とてもおいしいです」

「よかった」


ミカはほっとしたように微笑むと、


「これも喜んでもらえたらいいんだけど」


そう言って、後ろから一枚のお皿を出す。

その上には、ピンク色のマカロンと、


「ひつじとうさぎ」


チョコレートのひつじとうさぎがマカロンを囲んでお話しているようだ。

そして、その周りにはチョコレートで描かれたお花畑。

なんて、

なんて、


「かわいい・・・っ」


目がキラキラと輝いてしまう。

あまりにも可愛いその二つは、ずっと飾っておきたいくらいだ。


「ミカ。ミカ、本当にかわいいです!」

「・・・」


騒ぐ私をミカがじっと見つめている。

私は、はっとして、口を両手で覆った。


「も、申し訳ありません。騒がしくしてしまいました」

「初めて見た」

「え?」


ミカがじっと私を見つめている。


「この動物たちがそんなに気に入った?」

「はい。もちろんです。こんなにも可愛らしいチョコレートのお菓子、見たことありません」


ミカが頷く。


「僕も、初めてみた」

「?」


ミカが片手で、口元を覆う。

頬が真っ赤に染まっているように見える。


「可愛い・・・」


ミカのぽそりと呟いた声に、私はやっぱり首を傾げた。


ご自身で作られたチョコレートなのに、どうして初めてみたのだろう?




大変ご無沙汰しております。

ずっと続きをと思っていたのですが、早3年経ってしまいました。

3年も経つと、さすがに覚えていてくださっている方もほとんどいらっしゃらないかとは思いますが・・・。でも、また、数多の小説が存在する世界の隅っこで、コツコツゆっくり物語を進めていけたらと思います。お付き合い頂けましたら幸いです。

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