夜の蜜会(3)
「はあ。眠れない」
もう、二時間以上も時間が経ってしまった。
ミーシェに怒られて、今日は早くに眠ることにしたのだけれど。
目を閉じれば、今日の出来事がフラッシュバックしてきて、“あのときは、こうした方がよかったな”“そういえば、あの件について、こうしてみるのはどうかな”とか。
色々なことを考えてしまう。
(疲れた)
でも、余計に興奮していて、眠れない。
「このままじゃ、駄目よね」
ベッドから、するりと抜けだす。
足裏に触れた絨毯の肌触りはふわりとしていて、おもわず、とろけるような笑みを浮かべてしまう。
ミカの隣の、この部屋は、とても上品で可愛らしく、今まで見たこともないほど、質のよい家具に囲まれている。
中でも、下に敷かれている絨毯は、ふかふかで、気持ちいい。
しばらく、その感触を楽しんでから、なごりおしげに最後にひとなでして、靴に足を入れる。
いつでも、動けるようにと、私は夜着を着て眠らない。
少し生地が薄くて、楽な形の、けれど、日中着ている服とほとんど同じものを、夜着代わりにしている。
だから、着替える必要なく、私はそのまま、部屋をそっと抜け出した。
(厨房で少しお水を頂いて。明日の下ごしらえを軽くすれば、きっと、眠れるわ)
夜は音が響くものだけれど、ミカが居住している部屋の近くは、城の中でも最高級の作りをしているから、お隣に迷惑をかけなくてすむ。
それに、専用の厨房も近い。
そこを目指して、歩き出そうとしたとき。
「アリシア」
「!」
後ろから聞こえた声に、びくっと肩を震わせる。
ぱっと振り返ると、
「ミカ!どうされたのですか?こんな時間に」
「それは僕のセリフだよ。こんな夜に。それも、そんな恰好で厨房に行こうとするなんて。他に誰か来たらどうするの?」
「どうしてそれを?」
「夜中に出かける理由なんて、そのくらいだからね」
「なるほど。そうですね。でも、その。つまみ食いをしようとしたわけじゃないんです」
さすが、ミカ。
とても鋭くて、聡明でいらっしゃるわ。
でも、つまみ食いをしようとしていた、と思われているかもしれないと思うと、恥ずかしくて、私は思わず、言い訳を口にしていた。
そんな私に、ミカは可笑しそうに、くすりと笑う。
「つまみ食いをするアリシアも、可愛いね」
「!ち、違います」
「ふふ。赤いアリシアも可愛い」
「!!」
「もっと赤くなったアリシアも、可愛い」
優しくて、綺麗な顔で、何度も可愛いと言われて、私はのぼせたように頬が赤くなってしまう。
「もうっ。ミカ、からかわないでください。私、その・・・そういう褒め言葉を言って頂いたことがあまりないので、すごく、心臓に悪いんです」
ずっと、黒い髪と目のせいで、不吉だとか、気味が悪いとか言われてきたのだ。
そんな私に、ミカが淡く微笑む。
「ミカ?」
「そんな目に合わせた人々を憎い」
「!」
ミカの瞳の奥で一瞬光った強いまなざしに、思わず息を飲む。
「でも、困ったね」
剣呑な光を消したミカは、怯えた私を宥めるように優しく微笑む。
「アリシアを褒める言葉を言うのは。アリシアを満たす言葉を紡ぐのは僕だけでいいとも思ってしまう。アリシアが受ける言葉の全てが、僕のだけであればいいのに、と」
「ミカ、それは」
どういう意味ですか?
そう尋ねようとしたけれど、柔らかな唇が、額に落ちて。
「これ以上は、また今度。そうしないと、アリシアが眠れなくなってしまうから」
柔らかな微笑みのミカ。
(ミカ――――)
あなたでも、間違うことがあるのですね。
(もうどきどきしてしまっています。きっと今夜は眠れない)