夜の蜜会(1)
「黒髪の御使い様の話、聞かれましたか?」
ノックの後に入って来て、アルティウスは、開口一番、そう言った。
上がって来た報告書に目を通していた僕は、静かに顔を上げる。
「愚問だね」
「ふふ。そうですね。ストーカーに何を言っているのでしょうね。私は」
「それで、君の評価は?」
「素晴らしいですね」
そう言って、アルティウスは数枚にまとめられた報告書を渡してくる。
目を通してみると、
「①侍女たちからの信頼を獲得。
案を受理し、かつ、それを見事な手腕で、実行可能な企画にまで仕上げる
②侍女たちの件から、黒髪の御使いの実力が、噂として広がりつつある
③事実、アリシアの人心や情報の把握力。
説得の仕方などは、たいへん優れていると評価できる」
思わず、笑みが零れた。
だって。
「こんなの、アリシアのほんの少しの魅力しか書いていないよ。
見るまでもない」
ぺらり、とくだらない報告書を捨てる。
「アリシアをこの程度の評価しか出来ない、世の中の方が間違っているよ」
ああ、壊してしまいたい。
僕だけが世界になれば、アリシアを崇高、最上として崇め奉り、大切に大切にするのに。
「また、変態じみた。いえ、変態なことを考えているのでしょうけれど。
私がいるのですから、やめてくださいね」
笑顔の裏で、不機嫌そうなアルティウスに、僕はくすりと笑う。
「アリシアの努力する、ひたむきな心こそ、評価されるべきだよ」
「なるほど。アリシア様のお心を思わず、結果だけを評価する姿勢に、怒っていられるのですね。
まあ、そういう気持ちは、身近な者としては、同意できます。
けれど、認められる。結果がでるにこしたことがない、とも思いますよ。
それに、純粋に、彼女の頑張りが人に認められることを、私は喜ばしく思います。
あなたと違って、私は心が、大変広いですから」
「ふふ」
「ふふふ」
僕とアルティウスは笑い合う。
この場に他に人がいたら、二人から吹き出る魔力の渦で、倒れただろうね。
「僕はアリシアの全てを愛している。ただ、それだけだよ」
「私はアリシア様のひたむきさを応援している。ただ、それだけですよ」
「・・・」
「・・・」
ああ。
この男。
塔に閉じ込めたままにしておけばよかったかな。
(いや。そんな楽をさせてやる必要はないよね)
「はい。これ」
「なんです?」
辞書くらいの太さの報告書を放り投げる。
それを、軽く受け取ったアルティウスは、柳眉を歪めた。
「僕が君に渡すものだよ。ろくでもないもの、ってわかっているでしょう」
「・・・せめて、オブラートに包んだものの言い方をしてください。萎えます」
「僕が君に、気を遣うはずないよ」
「まあ、たしかに。そのときは、偽物と確信し、叩き斬ります」
そう言いながら、アルティウスがページをめくっていく。
ざっと目を通すと、
「もう、予算をくまれたのですか」
少し瞠目したアルティウスに、僕はくすりと笑う。
「勿論。アリシアのやりたいことを手伝うこと。それが、僕の生きている意味だからね」
予算案の全体を把握しているのは当然だし、いざというとき、どこを削るか、
どこを削れば、どのくらいの予算と、反発が生まれるかも、いつだって、予測できている。
全て、簡単なことだ。
「・・・。そして、それを実行するために、いくつか無理をきかせる役を、私にやれ、と」
「万人が納得する良案なんて、この世にないよ」
「まあ。この方たちには我慢してもらうことには、依存ありません。けれど、面倒ですね」
「だから、君がやるんだよ。亀の甲より、年の功。でしょう?」
「・・・」
一瞬、アルティウスの米神がぴくりと動いた。
ああ、彼を怒らせるのは、少しだけ、気分がいいかもしれない。
「それに。君も、良い人でいる時間が長いと、むずがゆくなるでしょう」
そう言うと、アルティウスは、はあっとため息をついた。
けれど、次の瞬間。
緑の瞳が、三日月を描く。
「ふふ。アリシア様以外とは、怖い人、をやるのも楽しいですね」
さっと、踵を返す。
その背を見送らず、僕は再び、手元の書類へと視線を向けた。
今夜もたくさん、アリシアと会いたい。
そのための障害だと思えば、書類の束も、少しは愛しく思えた。
(アリシア、大好きだよ)
早く君に会いたい。
きっと、君は。
たくさんの人と話したこと。
たくさんの人に協力してもらえたこと。
たくさん、僕に報告したいことがあるよね?
そして、たくさんの笑顔を、僕にくれるよね?
ご無沙汰しております。あずさです。
皆様、夏バテなどされていらっしゃいませんか?
私は初めて夏風邪をひき、びっくりしました。
夏風邪ってひくものなのですね。
そんなことはさておき。
あいかわらず、更新が遅いですがこれからも読んで頂ければ幸いです。
よろしくお願いします。