小さな星の行く道は(2)
「違う。ミカ、でしょう?」
「!」
一度聴いたら忘れられない甘くて優しい声。
振り返れば、そこには優しく微笑むミカ様が。
「ミカ様。どうしてここに!」
「アリシア」
優しいけれど、咎めるような声に、私は慌てて口をふさぐ。
そんな私に近づき、ミカ様は口をふさぐ手を優しい力でほどかせた。
「思っていたんだけれど。アリシア。心の中では僕を様付で呼んでいるでしょう?」
「!」
「やっぱり」
「どうして」
「とっさに出る呼び方は、心の中で呼んでいる呼び方になるものだから」
「あ」
「僕を呼び捨てにしてというのは過ぎた願いなのかな」
悲しそうにそう言われて、私はぶんぶんと首を横に振った。
「そんな。ただ、恐れ多くて」
「・・・」
ミカ様が切なげな瞳で私を見つめる。
まるで、捨てられた子犬のような心もとなくて、さびしげな瞳。
「ミ・・カ」
「そうだよ」
さらりと頬を撫でられる。
「そんなふうに切ない瞳で僕を見て。
アリシア。僕にどんなおねだりをする気?」
「え?」
「僕にしてほしいことがあるんでしょう?
君に、したいことが出来たんでしょう?」
「!・・・はい」
一瞬言葉に詰まったけれど、私はミカ様をまっすぐに見つめて答えた。
「私はミカに大きな舞台を用意して頂きました。
でも、私に出来ることは、その舞台の上では何もない気がするのです」
「・・・」
「だから、私は自分の手が届くところで、
自分の出来ることをしたいと思ってしまったのです」
「やりたいことが見つかったということだね」
「はい」
「じゃあ、答えは簡単だよ」
「・・・」
まっすぐにミカ様を見つめる。
ミカ様は感情の読めない瞳で私をじっと見つめられた。
「心の中でも僕をミカと呼べばいい」
「えっ?」
くすり、とミカ様が微笑む。
「対価交換だよ」
「それは」
「それが、対価なんだ」
全く割に合わない気がするのは、きっと気のせいではない。
それなのに。
「僕の言うことが信じられない?」
「いいえ」
「なら、取引をしよう。アリシア。
僕が君に差し出すのは、『僕が用意した舞台はそのままで、君は君がしたいことをしていい』」
「それは」
私が困惑するとミカ様は諭すようにゆっくりと口を開く。
「アリシア。君がしたいことはきっともっと大きくなる。
現場を見れば、必ずね。
でも、大きなことをするには、権力は必ず必要になってくるんだ。
だから、舞台はそのままにしておいた方がいい。
勿論、君が嫌だというのなら、いつでも、いくらでも、終幕してあげるよ。
だから、安心して」
にこりと微笑まれる。
私はミカ様の言葉を口に出して反芻した。
「大きなことをするには権力がいる」
そうだ。
ミカ様でさえも、第一王位継承権を求められた。
私がしようとすることはそんなにも大きなことではないと思う。
でも、ミカ様はいずれ必要になるとおっしゃった。
現場を見れば、とも。
(世間知らずな私が、ミカ様の助言を無視するなんて、
それこそ、恐れ多い上に、無能な判断だわ)
「でも、ミカ。それでよろしいのですか」
「君のためだけの舞台だよ。僕の労力は全て君のためにある。
だから、受け取ることこそが、僕に報いることになるよ」
にこりと微笑まれる。
「ありがとうございます・・・!」
申し訳ない気持ちでいっぱいだけれど、
ミカ様は謝罪何て求めていらっしゃらないと、
少し、ミカ様のことがわかってきた。
だから、心からのお礼の言葉を返す。
「どういたしまして」
ミカ様は嬉しそうに微笑み返してくださった。
その綺麗で、かわいらしい笑顔に、私の心臓がトクリと一つ高鳴る。
(?)
鼓動の変な高鳴りに疑問を持ったけれど、病気ではないだろうと無視する。
「それじゃあ、対価をもらおうか。アリシア」
「心の中でもミカとお呼びする、ということですか」
「そうだよ」
「わかりました。お見せすることは出来ませんが、約束を守ると誓います」
「うん」
「ミカ。でも、私のお願いは」
「自由に行動することだね」
「はい」
「いいよ。思うとおりにやってみればいい。
ただし、もう一つ約束して。
黒の御使いの名は君のものだから、
ためらわず、好きな時に好きなように使うんだよ」
「それは、あまりにも私にとって虫のいい話です」
「それが僕の望みだって言っているでしょう?」
「・・・わかりました。ありがとうございます」
「アリシアの明日からの行動は全て自分の判断でやっていけばいいからね。
配給の仕事を続けるもよし、そのほかに努めるもよし」
「はい。ありがとうございます」
「うん」
「あの・・・ミカ」
私はとても躊躇った。
でも、感謝を示すのに、
これをするのは、世間では一般常識だし、皆していることだし・・・。
私は意を決して顔を上げた。
ミカをじっと見つめ、
「少し、じっとしていてくださいね」
お願いしてから、
ちゅ。
「・・・ありがとうございます、の気持ちです」
かああっと頬が赤くなっていくのがわかる。
ミカの顔を見ることなんてできなくて。
「あの、パンがなくなったので、新しいのがあるか見てきますね!」
私はその場から逃げだした。