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都にて


都に来てひと月が過ぎた。

皿洗いのために食堂の隅へと入った私は盥に手を付けたとき、

「いたっ」

思わず手を押さえた。

「大丈夫?」

「ええ」

声をかけてくれたのは同僚のミーシェ。

心配をかけたくなくて慌てて笑顔を返したけれど、彼女は心配そうに私の手を取る。

「切り傷じゃない!一体いつ切ったの?」

「朝の水汲みの時にちょっと」

「水汲み?アリシアの仕事じゃないでしょう」

「アンネさんに言われたの」

アンネさんは私たち下働きをまとめる人。

「あの人はまた」

憤ったように眉を寄せる優しい同僚。

私は思わず微笑んでいた。

「ミーシェは本当に優しいね」

私の言葉にミーシェが綺麗な瞳を大きく見開く。

そんなミーシェに私はふふっと笑った。

「アリシア?私のどこが優しいっていうのよ」

「さあ。どこでしょう?」

「あ!ちょっとからかったわね」

「ふふ」

笑って私は残りのお皿を洗ってしまおうと手を伸ばす。

でも、

「こら!そんな怪我を見せといてよくもまあ私の隣で水仕事なんてしようとしてるわね。いい度胸してるじゃない」

がしっと私の腕を掴む。

「ミーシェ?」

「私が洗う。貴女は拭く。オッケー?」

「でも」

水仕事は手が荒れる。

「私が手を怪我したときに代わってくれればいいから。今は持ちつ持たれつ。いい?」

「ありがとう。ミーシェ」

「どういたしまして」

にこっと満足げに笑うと、ミーシェはてきぱきと皿洗いを再開する。

その手際の良さに、私は慌てて布巾を手にして洗い終わった皿を受け取った。



そう。

都に来て一月。

村を出て約二か月。

城の下働きの仕事は忙しくて辛いことも多いけれど、私には同室の同僚ミーシェができた。

今までずっと一人ぼっちだったから、こうして話が出来る同年代の、まるで、友達のような存在ができてとても嬉しい。

ミーシェは何でも器用にこなすし、器量もとてもいい。

でも下働きの粗末な服とぼさぼさの頭が彼女のせっかくの美しさを隠してしまっている。

(勿体ないわ)

これほどの美貌だ。

きちんとすればきっと彼女を望む人であふれかえるだろう。

それに。

(私には勿体ない人)

他の同僚たちは私の容貌を気味悪がって近寄らない。

私と仲良くしているミーシェも、巻き添えを食っている。

彼女ならきっと同僚たちとも仲良く出来るのに。

(私なんかと一緒にいるから)

ごめんなさい。

心の中で何度も謝るけれど、彼女に面と向かって自分を捨ててほしいともいえない。

そんな自分が嫌になる。

(ミーシェ。どうしてこんなに汚い私と仲良くしてくれるの)

聞きたい。

でも、絶対に聞けない。

この関係を失いたくない。

「ごめんね」

「?アリシア?」

もう一度謝った私にミーシェは案じるような目を向ける。

でも、私はこんな汚い心を見てほしくなくて、笑顔でそれを遮った。

「ううん。なんでもない。それよりほら。早く片付けてしまいましょう」

「そうね」

私の心を察してくれたのか、ミーシェも笑顔を浮かべると私たちは皿洗いを再開した。

ごしごし

かちゃん

ごしごし

かちゃん


しばらく、皿を洗う音と直す音が静かに響いていたけれど、

「そうだわ。アリシア。知っている?」

「何を?」

「今日は新しいお妃様がいらっしゃるのよ」

「新しいお妃様?」

「うーん。性格にはお妃様候補の方なんだけど。なんでも絶世の美女で陛下が異国で見初められたそうよ」

「まあ。きっととてもお綺麗な方なのね」

「ふふ。アリシアも女の子ね。うっとしている」

私は真っ赤になってしまった。

恥ずかしい。

私みたいな容姿の人間がお妃様の美しさをうらやましがるなんて、恥知らずにもほどがあるわ。

「ごめんなさい」

「ちょっと。どうして謝るのよ」

「私、恥ずかしいわ」

なんだか涙まで浮かんできた。

そんな私にミーシェが慌てたようにおろおろと石鹸だらけの手を振る。

「どうしたのよ、アリシア」

「私、一瞬でも綺麗に生まれたかったなってお妃様のことを羨ましく思ってしまったの」

「貴女もお妃様になりたかったの?」

その言葉に私はぶんぶんと首を横に振った。

「そんな恐れ多いこと考えてないわ!」

「ちょっとアリシア。そんなに勢いよく首を振らないの。取れてしまいそうよ」

「だって、そんな恐れ多いこと」

「うーん。つまりは綺麗に生まれたかったって?そんなの女なら誰でも思うことよ。恥ずかしくなんてないわよ」

「そう、なの?あの、ミーシェでも思ったりするの?」

「当たり前よ」

「でも、私なんかが」

「ちょっとアリシア。貴女気づいてないの。貴女とても綺麗よ」

「ふふ。ミーシェったら」

「ちょっとなに笑ってんのよ。私は本気で言ってるんだからね」

「ふふ。ありがとう」

「・・・ったく、そういうとこ、ほんとに強情よね。っていうか、お妃様になりたいって思ってるならすごくいいことだと思ったんだけど」

「?ミーシェ、何か言った?」

「いーえ。なんでも」

「ふふ。さあ、続きをやってしまいましょう」

「はいはい」

「ちょっとおまえ!」

急に聞こえた甲高い声。

私は思わずぴっと背筋を伸ばし、慌てて振り返る。

そこには仁王立ちしたアンナさんがいた。

「何暢気にしゃべってるんだよ!皿洗いが終わったらすぐに花を摘んで来いって言っておいただろう。花はまだなのかい?!」

「す、すみません」

「ああ、もう。本当にとろい子だよ。そこはもうミーシェに任せてバラを摘んでおいで」

「もう終わるから終わったら私が」

バラは棘が鋭いから、摘むときに怪我をしやすいし、

それに、摘んだらすぐに高貴な方々が傷つかないように刺抜きをしないといけない。

ミーシェはそれを気にしてくれたのだろう。

けれど、ミーシェの提案にアンナさんは思いっきり眉をしかめた。

「裏方はその子みたいに表では使えない子がすればいいんだ。余計な気を使ってないであんたはそれをとっとと終わらせてメイドの仕事を手伝うんだ」

「そんな」

「ミーシェ。いいから」

「何をこそこそ言ってるんだい!お妃様がいらっしゃるまでに王宮中の花を取り換えるんだ。早くしな!」

「はい!ミーシェ。ごめんね。後はよろしくお願いします」

小さくミーシェに謝って慌てて近くに置いておいた花かごとハサミを手に持つ。

そして、裏口からバラ園へと急いだ。


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