レオンの災難
「レオン様!」
がくっ
愛しい彼女の姿を見つけて駆けだしていた俺は、
そのままズベベッと地面にスライディングした。
駆けてきた、俺の愛しい愛しい宝物。
3年もの間、一緒にいたのに。
「どうして急にそんな他人行儀なんだ!!」
地面から這い上がり、叫ぶ。
正直、泣きそうだ。
将軍職について5年。
反乱軍やエルラードとのいざこざで、戦場での経験も豊富な俺だが、
それほどに衝撃的だった。
「シア!一体どうしたんだ。
あれか。俺がおまえから目を離した隙にひどい目にあったから、怒っているのか?!」
自分の言葉に気づく。
そうだ。
彼女をひどい目に合わせてしまったくせに、こうしてのうのうと顔を合わせるなんて。
俺は何てバカなんだ。
「せめて土下座で」
いや。足りない。
切腹するか?
アリシアが許してくれるなら、これほど幸せな冥土の土産はない。
「レオン様?急にこけて大丈夫ですか?具合が悪いのですか?」
両膝をついた俺にアリシアが優しく触れてくれる。
その心配そうな瞳には怒りも恨みもない。
「シア。そうか。そうだな。
シアはいつだって優しいから俺みたいな間抜けにも優しい」
「レオン様?なんだか少しお会いしないうちに雰囲気が変わられましたね」
「ああ。村にいた頃は結構気を張っていたから」
「私のために無理をしてくださっていたのですね。
ありがとうございました」
「無理なんかしてない」
「みなさんからお聞きしたんです。
将軍職にあるレオン様が私なんかのために村に留まってくださっていたと」
将軍職。
なるほど、シアは全てを聞いたのか。
「それで敬語に敬称か」
いけすかない王子の顔を思い出す。
あの男。
俺とシアとの心の距離を遠ざけるために、また小賢しい真似をしやがったな。
「シア。俺たちは何も変わらない。
俺はただのレオンだし、シアはシアだろう?
それとも、シアはもう俺を友達だと思ってくれないのか?」
俺の言葉にシアが大きく目を見開く。
くりっとした大きな瞳はとてもかわいい。
「レオン。私のこと友達だと思ってくれていたの?」
「当たり前だろ。任務を除いてもシアとは友達だ」
「レオン」
アリシアが両手を伸ばし、俺に抱き着こうとしてくれる。
俺は訪れる幸せの瞬間を目を閉じて受け止めようとし、
「アリシア。人を間違っているよ」
すっと伸びてきた手が俺の宝物を横から掻っ攫った。
「おまえっ!!出たな!!この極悪変態王子!!」
「はは。来てよかった。
感傷ぶって我慢というものをしてみようかと思ったけど、
やっぱり我慢なんてするもんじゃないよね。
ところで、君こそ止めてよね。アリシアを愛称で呼ぶなんて。
君の出身地はどこだったかな?」
王子の隣で、爆弾娘が瞼を掌で押さえ、「あー、五秒しかもたなかった」と天を仰いでいる。
「おまえ本気で極悪最低だな。今の本気の脅しだろ」
「さあ?」
「シア!逃げろ。そいつは本当に性質が悪いぞ」
「はいはい。将軍。興奮すると体に悪いですよ」
「アルティウス。
おまえ、俺よりウン百年年上のくせに年寄扱いするな!俺はまだ28だぞ」
「ああ、滅ぼしたい」
「王子、黄昏てる振りしてこっそり魔力放出してんじゃねぇ!」
「・・・レオンってあんなに激しい性格だったのね」
「アリシアの前では猫かぶってたんでしょ。
まあ、普段の彼はそこそこまともなのよ?
ただ、こいつらと絡むと突っ込まざるを得ないのよ。主に変態王子とか」
「ふふ。でも、こっちのレオンの方が好き。楽しい」
「そ、そうか!」
「うん」
いつの間にかアリシアの表情は昔に戻っていた。
二人の間にあった妙な緊張も消えている。
「シア」
「レオン。改めて、長い間ありがとう。
それから、あの、これからもお友達でいてくれる?」
上目づかいで聞くなんてシアは俺を殺す気か!
「当たり前だろ!」
「よかった」
「俺もほっとした」
やっぱり俺たちの三年は、変態バカ王子の邪すぎる策略でも消えないってことだよ!!
俺は心の中で勝利の爆笑をする。
「はいはい。よかったですね。将軍殿。
ということで、わだかまりも王子の地味な策略も消えたところで。
アリシア様を案内して頂けますか」
「案内って」
言いかけて皆の思惑に気づく。
「なるほどな。うーん。あれはこいつが了承するわけないから。
とすると、料理場か?」
「さすがですね」
「だったらシアの方が詳しいかもな」
「もしかして、私たちが働いていたところで炊き出しの準備をしているの?」
「ああ。大きな鍋もそろってるし動きもいいからな」
「・・・」
「不安に思うことはないさ」
ぽんっと頭を撫でる。
大きな瞳が俺を見上げた。
「シアの良さは余計な偏見の陰に無理やり隠されていただけだ。
本当のお前をみれば、皆自分の考えが違ったって気づけるさ」
「私の良さ?」
「ああ。シアが優しくて根性あるいい女だってことだよ」
「友達の欲目、だと思うのだけれど」
「自信持っていけ」
「ふふ。はい」
しっかりと受け止めるように力強く頷いたシアに、俺はシアがまた強くなったことを知った。
(シアは自分の足で立とうとしている)
今まで恵まれなかった、温かな気持ちに囲まれて。
(シア)
どこまでも大きくなればいい。
ここにいる連中はそんなシアにどこまでもついていくから。
安心して。
どこまでも。
「シア、頑張れ」
小さな俺の呟きに、シアはふわりと微笑んだ。
俺の胸に、また。
消えない炎がともる。