表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/58

ミカエル視点:歩き出す君へ(1)



「皆さんから受けた恩を、お返ししたいです」


「皆さん、ありがとうございました」


そう言って静かに頭を下げる彼女。



(綺麗だ)



彼女の強い光を宿した黒い瞳に囚われる。


魂が奪われる。


出会ったあの日。

透き通るような美しい瞳に囚われて。


あの日からずいぶんたったというのに。

また、あの日とは違った魅力に囚われている。


(どれだけ捕えれば気がすむの?)


どれだけ囚われれば気がすむの?


「ミカ」


惑う僕に、愛らしいのに、強い意思を宿した瞳でアリシアは僕の名を呼んだ。

何か願いを口にしようとしているのがわかる。


(いいよ)


なんでもしてあげる。

なんでもきいてあげる。


可愛い。

可愛い。

可愛い。


こんなにも可愛い生き物見たことない。

こんなにも愛しい女性と出会ったことない。


心の中が、恋に惑い、冷静な意識が完璧に消失する。


けれど、そんな僕を呼び戻すのもまた、彼女だけ。


「ミカ」


「ん?どうしたの、アリシア」


柔らかそうな唇を邪な気持ちでうっとりと見つめながら、返事を返す。

すると、


「私、まずはレオン様のお手伝いをさせて頂きたいです!」


・・・。


・・・ふふ。


(他の男の名を出すなんて、アリシアは何て無邪気なんだろう)


にっこり。

僕は微笑んだ。


今、僕の頭の中でレオンは五回死んだよ。


「アリシア、貴女ってすごいわね」


僕の従姉妹は、ちらりと僕を見て、

アリシアに感心したように深く頷きながらそう言った。


「?」


僕のアリシアはきょとんとしている。


「ううん。なんでもないわ。それより、レオンね」


「アリシア様は確か薬師でしたね」


「大した薬は作れませんが」


「包帯を巻くのは得意だったのか?」


「・・・練習はしました」


アリシアの一瞬の沈黙に皆は彼女の過去を思い出し、そっと察する。


愚かな村人たちは、

彼女の善意の手を、拒んだのだろう。


(もったいない)


もしアリシアが手ずから包帯を巻いてくれるというなら、僕なら毎日腹を切る。


そして、這いながらでも、毎日通う。


「十分だ。一応騒ぎもあったから怪我人もいる。慰労訪問してやれば皆も」


「却下」


にっこり僕は微笑んだ。


アリシアが他の男に触る?


片っ端から怪我ですまない傷を負わせてあげるよ。


「はあ~、そうだった。怪我ですまなくなるわよ」


「さすがミーシェ。よくわかっているね」


嬉しくなーいと鬱陶しそうにぱたぱたと手を振りながら、

ミーシェは他には何かないか考えている。


「たくさんあるじゃないか」


『却下』


僕が提案を口にする前に

ミーシェとアルティウス、グレン。三人の声に同時に却下される。


「すみません。私が役に立たないばかりに」


「ちょっと、何勘違いしているの。

アリシアのせいじゃなくてどうしようもない変態のせいでしょう」


「・・・」


アリシアは困ったように僕を見つめる。


ああ。


その唇。


誘っているのかな。


そうだよね。


僕たちは3年と4ヶ月と17日と16時間28分26秒もの間離れていたんだから。


「温めあう?」


首筋を撫でようと伸ばした手を、

横から伸びたミーシェの手が、まるで、蝿でも払い落とすように撃ち落とす。


「・・・」


無言でにらみ合う僕らに気づかず、


「え?」


きょとんと首を傾げるアリシア。


すると、


「食事だ」


グレンが口をはさんだ。


「王子スルーはいい感じだけど、急にどうしたの?グレン。

今食べたばかりじゃない」


「ミーシェ。違いますよ。グレンが言っているのは配給係の手伝いです」


アルティウスが彼女の間違いを訂正し、補足する。


グレンは小さく頷き、


「町は長年の腐敗政治で物が足りていない状況だ。

そこで早速炊き出しをして市民に食事を配給している。

それに加えて、復興支援中の我が軍や、

事前に協力を得ていたイスターシュ貴族個人の兵たちの食事も、炊き出ししなければならない」


「なるほど。兵の炊き出しは現在王宮にて行っています。

あそこはアリシア様の前の職場。きっと強力な助っ人になって頂けますね」


アルティウスの言葉にアリシアは力強く頷く。


「はい。私、水汲みとか皮むきなら得意だと思います」


アリシアの言葉にミーシェが首を横に振る。


「アリシア。違うわよ」


「ミーシェ?」


「アルティウスが言っているのは配給。配る方のことよ」


「それは」


途端に暗い表情になってしまったアリシアに、

僕の、今までは存在していないと思っていた、“僕の心”がツキンと痛む。


「大丈夫だよ。アリシア」


そっと彼女の腰を抱く。


「ミカ?」


「君の配給を拒むわけないよ。むしろ、僕が君の配給を全てもらう」


「って、それじゃあ配給になんないでしょう!」


「ええっと」


アリシアが困ったように視線を僕に向けるから、僕はその魅力に負けてしまう。


「配給。嫌だったらしなくてもいいんだよ?」


「嫌だなんてとんでもないです!

ただ私から受け取る方のぼうが嫌な思いをなさるんじゃないかって」


「アリシア」


僕は彼女の頬を優しく包む。


(本当はこんなこと言いたくない)


君を甘い鳥かごに入れて、

誰にも見せず、誰にも傷つけさせず、僕だけを見つめてくれるようにしたい。


(でも)


それは君の本当の幸せじゃない。

だから。


「君は黒の御使いになるんだろう?」


「!!」


その言葉にアリシアの瞳が大きく見開かれる。

そして、


「はい・・・!」


力強い瞳で首肯する。


僕は複雑に微笑んだ。


(君が飛び立ってしまう)


僕の暴力的なまでの魔力がうずく。


彼女を引き留めたい。


引き留めろと騒ぎ出す。


けれど、


「ミカ、ありがとうございます」


ああ


可愛い。


なんて可愛いんだろう。


「強いアリシアも可愛いね」


「?!」


ぽんっと赤くなるアリシアも。


「きっと、もっとたくさん、素敵な顔をみせてくれるよね?」


「ミカ?」


僕は微笑んだ。


「だから、君を応援するよ」


「うわあ、マジで恐ろしいくらいに空気を読んでる・・・!」


ミーシェの呟きを無視して、


「行っておいで。アリシア。君の最初の一歩の始まりだよ」


僕は彼女の背を押した。


「ミカ。ありがとうございます!私、頑張ります」


キラキラ光る強い意思を持った瞳に見惚れながら、僕は片手をあげ、扉を指差した。


荒れ狂う魔力を扉へと集中させる。


「・・・」


一呼吸置き、


「アリシア。扉をつなげたよ。あれをくぐればエルラードだ」


「超上級魔法を・・・さすがですね」


アルティウスの乾いた笑みも無視して、


「僕の気が変わらないうちに」


「よし、今すぐ行こう」


グレンが軍人らしく素早い動きでアリシアを誘導する。


触れないあたりが流石グレンだ。


(今、僕の目の前でアリシアに触れる者がいたら、

僕はあの扉の先をベッドに変えてしまってただろうな)


「ミカ。私、ミカがくださったチャンスをきっと活かしてみせますから」


「そんなに力まなくていいんだよ」


「ありがとうございます」


(頑張る気満々だね)


でも、疲れて帰ってきたら僕が思い切り甘やかしてあげればいい。


(もしそれで僕の腕の中を心地いいと思ってくれたら。

そして、もう外に行きたくないと思ってくれたら万々歳だし)


「いってらっしゃい」


僕の言葉にアリシアは扉の前で振り返り、


「行ってきます」


微笑みを残して、扉をくぐる。


彼女が違う場所へ行く。


離れる。


たったそれだけのことで胸を刺す痛み。


刃物で突き刺されたみたいだ。



「我慢ですよ、王子」


「アリシアを頼むよ」


僕の言葉にアルティウスは頷くとそのまま扉をくぐる。


(僕は一緒に行けない)


彼女の戦いの邪魔をしてしまうのは目に見えているから。


「お任せください」


「誰に言ってんのよ」


グレン、ミーシェがそう言い残し、扉をくぐった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ