番外編:アルティウス
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皆様、いつも読んで頂きありがとうございます。
とても励みになります。
がんばりますので、これからも、よろしくお願いいたします。
君は僕の大切な人。
これは、穏やかなある日の、ちょっとした一時のお話。
<アルティウス編>
うららかな午後。
城の裏手にある、広い森。
その奥にある泉の傍は水のせせらぎと風が心地よく、
私は時折、そこを訪れては忙しい日常を休んでいた。
目を瞑り、ただ、自然の中に意識を溶け込ませる。
そんな静かな時間に、ふわりと、花の気配が近づくのを感じる。
「アルティウスさん?」
柔らかな声が眠る私の耳をくすぐる。
意地の悪い私は、優しい声と気配に気づいていながらも、
もう少し、この時間を楽しみたくて。
瞳を閉じたままにする。
かさり、かさり。
草を踏む音が近づく。
そして、私の真上から柔らかな声が落ちてきた。
「アルティウスさん?」
小さくて、伺うように零される声。
「気持ちよさそう」
くすり。
微笑んだのがわかる。
(もったいないことをしましたね)
意地の悪い自分に、天はささやかな罰を与えたようだ。
微笑んだアリシア様のお顔を見れなかったのを残念に思いながら、
私はまだ、眠った振りを続けた。
「いつも、とてもお忙しいですものね」
そう言って、アリシア様が傍らに座る気配がした。
そして。
ふわり。
柔らかな何かが私の体を覆う。
(これは、アリシア様の?)
大きさと肌触りからして、身にまとっていたケープだろう。
季節は未だ肌寒い。
(あなたの方が風邪をひいてしまう)
そう、思うのに。
心の中のどこかが、甘く痺れる。
こういうことを、さらりとしてしまうあなただから。
私は、瞳を開いた。
「おはようございます」
開けた瞳の先には、柔らかな黒髪。
「!おはようございます」
突然目を開けた私に、アリシア様は一瞬驚くけれど、
すぐに優しい微笑みが返してくれた。
「起こしてしまいましたか?」
「いいえ。実は、最初から眠ってはいなかったので」
「そうだったのですか?
ふふ。アルティウスさんは、意外と、いたずらっこさんなんですね」
楽しそうに笑うアリシア様から、目が離せない。
「ええ」
返事を返しながら、手を伸ばす。
「?」
何の警戒もせず、アリシア様はただ私の行動を見守っている。
可愛い人。
そして、可愛いくて、憎らしい人。
「そんなにも安心されては、手が出せないですね」
笑って。
私は、柔らかな手を取り、口づけた。
「!」
驚くアリシア様の手を離さず、上目づかいで彼女を見つめる。
「眠り姫はキスで起きるものですから」
「そ、そうなのですか??」
頬を朱に染めて、動揺しているアリシア様は、
一瞬不思議そうな顔をしたけれど、最終的には私の言葉に何故か納得したようだ。
「ええ」
「アルティウスさんは物知りなんですね」
「亀の甲より年の功ですよ」
「?」
「ところで。もしかして、アリシア様は絵物語をあまりご存じないのですか?」
「・・・はい」
悲しそうに、寂しそうに微笑むアリシア様に、私はとても良いことを思いつく。
「よかった。では、私にも出番がありそうですね」
「?」
「よろしければ、絵物語をお話ししますよ。
とても可愛らしい絵が付いた絵本と一緒に」
「!」
アリシア様の瞳がキラキラと輝く。
「絵本!私、一度だけ見たことがあるんです」
うっとりと、過去に見たという物を思い浮かべているアリシア様に、
キスしたい衝動を抑えがなら、それと同時に、彼女の悲しい過去を思う。
(王子ではなくても、憎くなりますね)
アリシア様を悲しませた、心無い人々の存在が。
けれど。
(過去の分まで、優しくしてさしあげますから)
「アリシア様。
では、さっそく今宵から、眠る前には絵本を持って、必ず伺いますね」
「!はい」
嬉しそうに微笑む貴女。
私も知らず、笑顔になる。
(なんて、愚かなのでしょう)
こんな小ずるい手に易々とかかって、狼の侵入を許してしまうなんて。
そして。
(なんて、なんてずるいのでしょう)
嬉しそうな微笑みは。
私などよりもずっとずっとずるい。
(手なんて、出せるはずがない)
向けられる信頼と愛情。
それを裏切って、もし失ってしまったら?
怖い。
怖くてたまらない。
だから、手が出せない。
(私を変える愛しい貴女)
愛しています。
その秘密の言葉を、いつか、必ず、貴女に囁きたいと思う。
「させると思う?」
この場にはあまりに不釣り合いな。
それでいて、この場に必ず来るだろうと思っていた、予想通りの声が背後から聞こえた。
背後の人物からは、ものすごい魔力が噴出している。
(はいはい。こうなることは、もちろん、わかっていましたとも)
私は笑顔で振り返った。
「アリシア様のお願いですよ?」
振り返った先にいたのは、ストーカーかつ変態の名を欲しいままにする、害虫王子。
(このクソガキ)
心の中で毒ついて、顔にはしっかり笑みを浮かべる。
どんなに強い魔力を持っていても、亀の甲より年の功。
経験というのは、魔力とはまた違った力なのです。
特に、恋ではね。
「ねぇ?アリシア様」
私は繋いだ手を再び唇に寄せ、にっこりと、アリシア様だけを見つめた。
「あ、アルティウスさんっ」
困った顔をしながら、真っ赤になる可愛い顔に、愛しさが吹き荒れる。
ぶちっと何かが切れる音がしたけれど。
私の恋路は邪魔できないのだと、知ってくださいね。
オウジサマ?