真実(7)
「話はどこまででしたっけ」
私が落ち着いた頃、途中になっていた話が再開された。
「王子が側室候補として潜入したところまでだ」
グレンさんの言葉に,
アルティウスさんは、ああそうでしたね、と頷く。
「女装までして助けに来てくださったんですね」
私はミカ様を見上げた。
優しい瞳が、私の瞳をまっすぐに見つめ返してくださる。
「アリシアと一緒にいたかったんだ。
もう限界だった。・・・別れ際の言葉を覚えてる?」
「僕と次に会うまでには勉強くらいしておけば、ですよね」
こくりとミカ様は頷かれる。
「後悔、していたんだ。
本当はもっと優しい言葉をかけたかった。
でも、一度優しい言葉をかけてしまったら、僕の方が君から離れられなくなる。
あのときはまだその時じゃなかった。
でも、だからと言って、あれはひどいよね」
「ふふ。いいえ。
ミカがああ言ってくださったから、
レオン様が勉強をみてくださっていたときも頑張れました。
あの言葉は、私の心の真ん中にいつもあったんです」
「アリシア」
「はい」
「はーい!ごめんね。
あとちょっとだからもう少し頑張ろうね」
いつの間に移動させたのか、
ミーシェが、私とミカ様の間に持参した椅子をどーんと置いた。
「ふふ。ミーシェったら持ってきたの?」
「もちろんよ。この王子が椅子を譲ってくれるわけないし」
「私が譲るわよ?」
「あはは。アリシア。
冗談でも私はこいつの隣になんか座りたいと思わないわよ。
私は貴女と一緒にいたいんだって」
「あ、ありがとう」
「やだー、照れてる。可愛いvv」
「ミーシェ、さっきから触りすぎだよ。殺す」
にっこり微笑んで、ミカ様は席を立とうとなさる。
「はいはい、王子。落ち着いてくださいね。
まあ、あと少しですから話を先に進めますね。
とにかく、こうして王宮に乗り込んだ王子は、
アリシア様といちゃいちゃラブラブな生活を満喫し、
対照的に私たち下っ端は、それぞれ水面下で作戦を進めていました。
そして、決行日。
私たちが故意にばらまいていた噂、
“エルラードが攻めてくるらしい”という噂を聞いた王様たちが、
エルラード出身の側室候補であるエリカを呼びました。
これも作戦の上。
王家の方々にはチャンスを差し上げたのです。
自分たちだけ逃げるのか。
それとも、兵を立ち上げ、民を守るために立ち上がるのか。
・・・王たちは我先にと逃げ出しましたよ」
「その報告を受けた、潜伏中だった俺たちの仲間が、
王宮内の各地で噂を流した。
エルラードが攻めてくる。
今すぐ逃げ出せば自分は助かると」
「一目散に逃げ出した者たちを、
城の外で待ち構えていたエルラードの兵が、一網打尽に捕まえました」
「兵は王都の外ではなく、すでに城の外にいたのですか?!」
「はい。情報を操作して、王宮を完全に孤立させていたのです。
王都の皆さんには、各コミニティのトップの皆さんを介して、
わが軍の安全性を通達してもらっていましたから、
暴動は起こりませんでした。
おかげで、城の中の人々に気づかれずにすみました」
「王都は疲れきっていた。
聖なる国と呼ばれるエルラードからの正規軍だ。
逆に救世主扱いで騒がれそうになったぐらいだ。
若干の不手際で騒ぎ起こったんだが、
それも想定内だったから、一応は考慮していた範囲に抑えられた」
「そして、最後に貴女の登場よ」
「アリシア様をお連れしようと思ったのに、いなくなっていたときは焦った。
だが、王子が大丈夫だと言った通り、貴女はあの場にやって来た」
「奇跡みたいだったわ」
うっとりとミーシェが言う。
「でも、私なんかが来たところで、何もしていないのに。
どうして」
どうして、黒髪の御使いは認められたの?
口の中に含んだ疑問に、
「たしかに、そうね」
ミーシェは静かに微笑む。
「あなたは何もしていない。
全てはこの変態王子の恐ろしいほど、綿密な計画の果てに成されたことよ。
でも、忘れないで。あなたの存在が、このろくでなしを動かしたのも、また事実よ」
「貴女がいなければ、王子は動きませんでしたよ。
そして、彼が動かなければ、国の腐敗がさらに進行し、最終的には内乱にいたったでしょう」
でも、やっぱり、私は何もしていない。
「どうして、町の方々は私の姿を見て、黒髪の御使いだと?」
気味が悪いと思わなかったのだろうか。
「我々があらかじめ流していた噂で、あなたはすでに人々から感謝の念を向けられていた」
「でも、噂ばかりが先行して、あなたの姿を見たものはいません」
「皆はそれはもう、焦れまくりよ。
御使いは本当にいて、本当に自分たちを助けてくれるのか。
そんな、希望と疑問が最高潮に達したとき。
革命は起こった」
「そして、その、最後の最後に。ようやく、貴女を見ることができた」
「そのとき、王子の計画が完成したのですよ」
異形と奇跡は紙一重。
「ミカは異形と奇跡を、まさに、ひっくり返されたのですね」
鳥肌がたつ。
目の前に立つこの人はどれほどの能力があるのだろう。
こんな、単純で、でも、恐ろしいほど綿密に運ばなければ、
到底、かなうことのない計画をやってのけたのだ。
「私は、どうしたら」
名前が、重い。
「怖い?アリシア」
優しい手が、私の手を包む。
「・・・今更ながら、私がどれほどのことをして頂いたのか、わかりました」
「そうだね。僕はアリシアの気持ちを考えず、大きな名前を君に与えてしまったね」
一呼吸置き、ミカ様は言葉を続ける。
「逃げたい?」
その言葉に、私は笑った。
「いいえ」
ミーシェが友達になってくれると言った。
ミカ様が私を大切に想ってくださっていることを知った。
アルティウスさんに、グレンさんの優しい瞳を感じている。
レオンもきっと、今も私のせいで苦労してくれている。
私は、もう、一人じゃない。
「皆さんから受けた恩を、お返ししたいです」
そのためにも、この、重くて、大きな名前を背負って、歩いていきたい。
「皆さん、ありがとうございました」
私は頭を下げた。
心は決まった。
不安だけれど。
何をしていいのか、想像もつかないけれど。
ミーシェが言ってくれた、まっとうな評価、をしてもらえるように、
頑張っていこう。
そう、心から思った。