真実(4)
お皿が宙を舞ったりと騒がしくも楽しい朝食が終わり。
ミカ様は給仕の方々を下がらせる。
「それじゃあ、話を始めましょうか」
どうやらアルティウスさんが話をしてくださるようだ。
「お願いいたします」
私はきゅっと唇を噛み、覚悟を決めてぺこりと頭を下げた。
「はい。ですがあまり気負わないでくださいね。
まずはこの国のおバカな王子の話から始めますから」
「?おバカな王子様、ですか?」
「ええ。この国エルラードには三人の変態王子がいます。
長男は化学バカで日々研究に明け暮れる毎日。
政治になど微塵も興味がありません。
次に次男を飛ばして三男。
彼は外国語バカであらゆる言語を操ります。
辺境の島国タオス島の少数派民族ナハ族の言葉を理解し、
おそらく認知されている限りの全ての言語をマスターした彼はついに動物の言語習得のために旅立ち、
今は行方知れずです。
まあ、おそらくはどこかで動物たちと会話しているだろうと誰も心配していませんが。
そして、おまちかねの次男。
それがミカエル様です」
ミカ様から第二王子であることは聞いていた。
でも女性のミカ様が三年前のあの約束の人で、約束の人が王子様でと、色々なミカ様がいてさっきは驚く暇がなかったけれど。
アルティウスさんから改めて聞かされると偉い方なのだと痛感する。
(私なんかが同席することなんて許されるはずない方なのに)
思わず床を見つめる。
(本当ならこの床に平伏しなければいけないぐらいなのに)
「アリシア、だめだよ」
「え」
「アリシアが床に座るなら、僕が地に座って君を膝に乗せるよ。
冷たい床は君には似合わない。それで二度と城には戻らないかな」
「??」
まるで心の中を読んだような言葉と、その内容に驚けば、
「つまり、アリシア様に壁を作られるくらいなら王子という立場を捨てる、ということか。
さすが変態王子だな」
感慨深げにグレン様がこくこくと頷く。
一瞬驚いてしまったけれど。
(ああ。ミカ様はお優しい方だから)
グレン様は何故か冷ややかな目でとても厳しいことをおっしゃったけれど、
でも、嘘でもこうして慰めの言葉をくださるミカ様は本当に素敵な方だと思う。
(ありがとうございます。優しい嘘は嬉しい)
心の中で感謝する。
けれど、
「僕がアリシアに言うことは全て真実だよ」
「え」
にっこりとほほ笑まれる。
「アリシア様。続きを放しますね」
「あ、は、はい。お話の腰を折ってすみません。お願いします」
「いえいえ。さて、この変態王子ことミカエル王子。
彼は全ての分野において特出し、人知を超えた魔力を兼ね備え、政治力にも半端なく優れ。
そして、非常に残念なことに全てに興味がないバカでした」
「興味がない?」
「はい」
私は思わずミカ様を見つめた。
目が合う。
ミカ様はふわり、と微笑んでくださった。
私はその綺麗な笑顔を見つめながら、ミカ様の心の内を思う。
(興味がない、というのはどんな感情なのだろう)
なんだか、空虚で寂しいことのように思える。
それもミカ様のように容姿や才能に恵まれた方であったなら、なおさら。
でも、私の方を向いて優しく微笑んでくださるミカ様は空虚な感じなんて微塵もしない。
青い瞳は春の日差しのように柔らかく、
そして、その輝きは太陽を思わせるほどにキラキラしている。
空虚なようにはまるで見えない。
世界の全てを愛していそうな。
むしろ。
(むしろ、とても幸せそうに見えるのだけれど)
「ふふ。アリシア様。この話には続きがあるのです」
「すみません。続きをお願いいたします」
「はい。さて、そんなミカエル様はもてあますほどの魔力でよく城を抜け出していらっしゃいました」
「地方徘徊までしだした、ますます困った王子というわけよ」
「けれど、ある日、今から三年ほど前。彼は他国の辺境の村里離れた泉で一人の少女に出会いました。
そして、ついに非常に遅ればせながら、王家の者が皆持つ“○○バカ”の称号を手に入れたのです」
「それは?」
『アリシアバカ』
アルティウスさん、グレンさん、ミーシェの三人の声がはもる。
「・・・?」
なんだか私の名前とよく似た響きが入っているような。
三人の指が私を指しているような。
「アリシア様至上主義」
「アリシア様だけが大切」
「アリシアの全てを知りたい。そういう、バカよ」
「・・・」
えっと・・・?
頭が話にうまくついていけない。
困惑の中。
私がぎこちない動きで首を横にしてミカ様を見つめれば。
ミカ様の優しい瞳が静かに私を受け入れていた。