邪魔者は都へ
翌日。
ざわざわとした人のざわめきがした。
「来たみたい」
私の独り言に答えるみたいに
ドンドン
扉を叩く音が響いた。
「はい」
きいっと音を立てて扉を開けば、村長さんをはじめとした村の人たちが集まっていた。
「アリシア。おまえに良い知らせがある」
「はい」
「王宮で丁度下働きが募集されていてな。娘一人当たり、作物5俵ぶん免税される」
「村のやっかいものがこうして役にたつことが出来るんだ。嬉しいだろう?」
「おまけに王宮で働けるんだぞ。大出世だ」
「行ってくれるな?」
「そんなの聞くまでもないわ。ねぇ、アリシア?」
(マリン・・・)
彼女は村長の隣でにやりと笑う。
その笑みで私はようやく気づく。
(これはマリンの差し金なんだ)
三年ほど前に突如この村にやってきたレオンは、何故か私のことをよく気にかけてくれた。
この村に私を人間としてまともに扱ってくれる人はいなかったから、私とレオンが仲良くなるのに時間はかからなかった。
彼は私にとっての唯一の友達となり、また、無知の私に文字やこの世界のことなどたくさんのことを教えてくれる先生にもなった。
でも容姿に優れ、どこか気品もあり、それでいて人懐っこい笑みもする彼は村でも一目置かれる存在。
そんな彼と私が仲良くすることを村の人たちが快く思うはずもない。
そして何よりも。
この村で絶対的な権力を誇る村長。
その愛娘のマリンがレオンと結婚することを望んだ。
でも、レオンはそれを断ったみたい。
(だから、マリンは彼と仲がいい私を追い出すことにしたんだわ)
レオンと私はそんな関係ではないのに。
私を追い出したとしてもレオンの心は彼女のものにはならないのに。
(でも)
私が去ればレオンも私なんかに構わなくて良くなる。
そうしたら、彼自身の幸せを探せるかもしれない。
(ご恩返しにもなるし、きっとこれが一番いい道なんだわ)
「はい。行かせて頂きます」
私の返事に村長がこくりと頷く。
「すぐに用意しなさい。馬車はすぐに出る」
「はい。用意が済んだらすぐに行きますね」
私の返事に皆が眉をひそめる。
「私たちが連れて行く。大した荷物もないだろう。すぐに用意しなさい」
ぴしゃりと言い捨てられる。
(そっか)
私が逃げないように監視しているんだわ。
くすり。
思わず笑ってしまう。
逃げる場所なんてどこにあるというのだろう。
(ううん。レオンはきっとかばってくれるわ。でも、私は彼にこれ以上迷惑をかけたりしないわ)
それぐらいの分別は持っているつもりだ。
「わかりました。少しお待ちください」
すでにまとめてあった荷物に少し物を足す。
荷造りはそれで終わり。
最後に家の中を見渡した。
おばあさまと過ごした慎ましいけれど幸せな日々も。
あの人と出会って、なんだか落ち着かない夜を過ごした日々も。
レオンにたくさんの本を読ませてもらった温かな日々も。
もう。
返らない。
「早くしなさい」
苛立った村長の声が私をせかす。
私は振り切るように、愛しい我が家に背を向けた。
ばたん。
後ろで戸が閉められる音がする。
「行くぞ」
村長たちに引きつられるまま、村の入り口へと歩き出す。
田を横切り、皆が住む家々を横切り、そして、入口へとたどり着く。
小さな村。
けれど、私の世界の全てだった村。
入り口には小さな幌馬車。
ここから町まで行き、そこで、税の徴収が行われる。
その後に町から都へとまた送られるのだろう。
「早く乗らんか!」
「もたもたするな」
「まったく、最後の最後までとろくさいんだから」
がたんっ
幌馬車の中に突き飛ばされる。
「っ」
「逃げると困るからな」
「えっ」
村の男性に倒れこんだ体を押さえつけられる。
「やめてください!逃げたりなんてしません」
必死に訴えるけれど、村の男の人は私の両腕を麻縄で後ろ手に括り付ける。
「っ」
痛みに眦に涙がたまる。
「ではな。今までの恩を忘れず、都でしっかり働くのだぞ」
村長がそういうと、幌馬車の帆が下ろされた。
そうして私は。
最後に村をもう一度見ることなく、町へと送られた。