混乱の終わり。真実の始まり。
城からたくさんの人々が逃げていく。
貴族も侍従もメイドも。
けれど、貴族たちは酷かった。
彼らは邪魔する者を足蹴りにしたり、剣を使ったり、馬をつかったりと、我先にと逃げていく。
「まさに“膿”だね」
くすりと笑った青年の髪が太陽に祝福されるように輝いた。
彼の髪の色は―――――黄金色。
「王子殿下」
「来たね」
「すみません。アリシア様が」
「部屋にいなかったんだろう?」
「!」
「わかるよ。彼女の香りは」
「今どこに?迎えに行った方が」
「彼女は自分で来るよ。心配ない」
青年の空色の瞳はここにはいないはずの少女が見えているように甘く蕩ける。
控えていた青年の一人がくすりと笑った。
「では物語を始めましょうか。王子」
「そうだね」
青年は楽しげに笑うと静かにその場を後にした。
「はあはあ」
金で刺繍された見目麗しい服を身にまとった男は貴族だった。
逃げ惑う従者たちをなぎ倒し、彼は今我一番にと門の外へ向かっている。
彼の周りにいるのは彼同様、人々を薙ぎ払って真っ先に逃げ出した貴族たちばかりだ。
彼は周りを見て思う。
そうだ、私たちが一番に逃げなくてどうする。
私たちこそがこの国の要なのだ。
そして嗤う。
縋るような声が後ろから聞こえてくるが何とみすぼらしいのだろう。
やはり助かるべきは自分たち貴族。
選ばれし者たちだ。
自分たちさえ助かればいいのだ。
そして、彼らはようやく門の出口へとたどり着く。
光注ぐその場所へ。
視界が開ける。
そして、その瞬間。
彼らは知る。
門の外に並ぶ軍の存在に。
「ミカ様。ミカ様!」
来たことのない王宮の奥。
必死で駆ける。
人の姿はない。
こんな王宮の奥にこそ、身分の高い貴族がたくさんいるはずなのに。
そして、彼らは王を、王宮を、民を守るためにこの場で一致団結しているはずなのに。
(どうしてこんなにも人がいないの?)
この国が腐敗しているという話は聞いていた。
地方官僚は税を規定額よりも多く徴収し、私腹を肥やす。
中央はその地方官僚から巻き上げる。
そうして貧富の差が激しくなった町には仕事のないものが溢れている。
貧しさは犯罪を生む。
この国は乱れていた。
でも。
貴族は誇り高く、民を守るためにあるとレオンは言っていたのに。
信じていたのに。
(どうして?)
これでは、ミカ様の安否が心配だ。
(王様とご一緒だから安全だと思っていたのに)
何度も何度もこけそうになったがとにかく足を動かして探すしかない。
私は疲れを訴える足を叱咤して王宮の奥へ奥へと走り回る。
「ミカ様!ミカ様!ミカ様!」
どうか返事をして!
そう願ったとき。
わああっ
遠くで歓声のような声が響き渡った。
「なに?!」
恐る恐る声の方へと近づいていく。
近づけば近づくほど歓声が大きくなっていく。
これは何?
戦争が起きるから皆が怯えていたのではないの?
それとも、もうこの国は制圧されてしまったの?
(これはエルラード軍の歓声なの?)
不安ばかりが溢れてくる。
そして、一枚の大きな扉の前にたどり着く。
「この、先?」
割れるような歓声は明らかにこの扉一枚を隔てたところから聞こえてくる。
この扉を開けなければ、何もわからない。
取っ手を掴んだ。
手が震えたけれど、ぐっと力を込め――――開け放つ。
視界をいっぱいにする―――太陽の光。
(眩しい)
目を細めたとき。
「この“黒髪の御使い”の意志に従い、我ら聖国エルラードは新しき我が国民を手厚く扱うことを約束する!圧政に苦しみし民よ!解放の時がきたのだ!黒髪の乙女に感謝を!!」
腕を引かれる。
バルコニーへと引きずり出される。
目の前に広がるのは集まった群衆たち。
皆が歓喜の目で、声で、叫ぶ。
『黒髪の乙女に感謝を!!』
私は呆然としながら自分を抱える腕の持ち主へと視線を動かした。
金色の髪。
青い瞳。
「あなたは」
「約束を果たしに来たよ」
そう言って、彼は私の唇に自分のそれを押し付けた。