混乱、生じる(2)
「ミーシェ!!」
ばんっ
扉を思い切り開け放つ。
『?!』
調理場の人たちの視線が一斉にこちらを振り返った。
皆は驚いた表情をしているけれど焦った様子はない。
鍋からはおいしそうな良い匂いが漂い、洗物はぶくぶくと泡を立てている。
いつもの、変わらない日常。
(皆、知らないんだわ)
「エルラードが攻めてきたの!」
私は叫んだ。
「エルラードが?」
ざわっと皆が困惑する。
「そうです。王宮は今パニック状態です。皆も早く逃げてください」
でも。
ぷっ
「あはははは」
「がはははは」
「はあ?何言ってんだ?」
「とうとう頭の中まで変になったのか?」
げらげらと男の人たちが笑う。
女性たちも口元を引くつかせた。
「やだあ。そんなウソ。ついに見た目だけじゃなくて頭もおかしくなっちゃった?」
「違います!本当に」
「うそおっしゃい!」
アンナさんがずいっと前に出て仁王立ちで怒鳴った。
「私は王宮に勤めて30年だよ!王宮には知り合いだって多いんだ。何かあればちゃんと私のところにくるんだよ」
「でも」
「でもじゃない!ほら、皆も。こんなしょうもない子供じみたことに付き合ってないで、とっとと仕事しな!」
アンナさんの一括で皆がぞろぞろと持ち場に戻ろうとする。
でも、ここで引き下がるわけにはいかない。
「笑っている場合じゃない!!!」
しん。
皆が瞠目し、こちらを見ている。
「王宮の中は今パニック状態で伝令を飛ばす余裕なんて全くありません。でも、あんなふうに一斉に逃げたら怪我人がたくさん出ます。皆で協力して順序良く逃げたほうがいいと思います」
息を大きく吸い込む。
「だから!男性陣は門を開けに行って出口を増やし、開け終わったらすぐに逃げる人を手伝ってあげてください!女性陣は町まで行ってこのことを皆に知らせてあげてください!」
言い終わると皆の呆然とした目が私を囲んでいた。
こんな私が言っても、皆は納得してくれないかもしれない。
でも、今はとにかくこうするしかないのだと気づいてほしい。
(お願い)
そう願ったとき。
「本当、なんだ」
「た、大変だ」
「そうだな。わかった」
「よし、男連中は俺に続け!」
言った通りに男性陣と女性陣とに分かれてばたばたと駆け出す。
(信じて、くれた・・・)
力が抜けそうになった。
けれど、
(待って・・・ミーシェ。ミーシェがいない)
「トミーさん。ミーシェは?ミーシェを知りませんか?」
そばを通りかかったトミーさんを捕まえる。
「いや。ちょっと前まではいたんだけど、メイドの仕事を手伝うとかで出て行ったきりだ」
「メイドの仕事」
メイドの仕事をしていたなら彼女は王宮の中にいたはずだ。
(だったら、あの爆発やエルラードが攻めてきたこともきっと耳にしているわね)
そして、ミーシェなら情報を聞けさえすればきっとうまく逃げてくれているだろう。
(そう、信じるしかない)
爆発に巻き込まれていたら?
さっきの女の人みたいに動けなくなっていない?
考えれば不安は尽きないけれど、でも、出来ることを一つずつしていかないと、パニックはあっという間に私にもやって来る。
だから、心の中の彼女に願う。
(ミーシェ。信じているからね)
ぎゅっと拳を強く握る。
そして、踵を返した。
「皆、上手に逃げてくださいね」
「あ、ちょっとあんたは」
アンナさんが私の手を掴んだ。
振り返るとアンナさんははっとして手を放そうとしたけれど、目が合ったからか手を放すのを躊躇う。
私はくすりと笑って、その手をそっと離させた。
「アンナさんも腰を痛めているんですから無理しないで、逃げてくださいね」
「あんた」
「それじゃあ」
私は再び駆けだした。
これで、思い残すことはない。
あとは、あの人の無事を確認できたら。
あの人の元へ。
私は足を動かした。