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混乱、生じる


ミカ様の後を追うべきか。

それとも、言われた通り、部屋に戻るべきか。

困惑の中、迷っていると、


「あら。こーんなところに薄汚い女狐が」


グレンさんが去っていったのと反対側の廊下からメイドさんたちが掃除道具を持ってやって来た。

赤い唇がにやりと歪む。


「!」


とっさに部屋の中を振り返った。

浮かんだのは、部屋をのぞかれたときのミカ様の気分を害した表情。


ばたんっ


思わず扉を閉める。


「っ、なんなの?!その態度!!」


メイドさんたちが眉を吊り上げる。

確かに拒絶するように急に扉を閉めるなんて失礼な態度だ。


「すみません。でも、ミカ様は人に部屋を見られるのを好まれないのです」


頭を下げて非礼をわびる。

でも、


ばしゃんっ


「っ」


水が、全身を濡らした。

私は呆然としながら頭を上げた。


「やだ、その汚い目で見ないでよ」

「でも、せっかく洗ってあげたのに、全然汚れが落ちてないわねえ」


私の黒い髪を見てくすくすっと笑う。


「こんなのが下働きとはいえ王宮にあがっているなんて考えただけでぞっとするわ」

「はあ。いくら内部分立しちゃって人手が足りなくなったからって、地方から身売りされるように来た下働きなんて。ほんと、一緒の空気を吸いたくないわ」

「・・・」

「でも、こんな子を愛用なさるなんてエミカ様って変わっていらっしゃるわよねえ」

「ええ。まあこんな子。すぐに飽きて捨てられるに決まっているけど」

「そうね。あんなにお綺麗な方ですもの。きっと醜いものが珍しかっただけね」


くすくす。


くすくす。


笑う声がひどく頭に響く。


(こんなの当たり前だったでしょう)


何度も心の中でそう言い聞かせるのに、

ぽろり

瞳から涙がこぼれた。

その途端、メイドさんたちがきゃあっと悲鳴を零す。


「汚らしい。その目から零れた涙!神聖な廊下に落とさないでよ!」


メイドさんが箒を振りかぶる。


(叩かれる)


目を閉じた、そのとき。



どおおんんっ


『?!』


城が揺れ、大きな爆音が響き渡る。


『きゃあっ』


私たちは床に転がった。


ごごごっと遠くの方で何かが崩れていく音が不気味に響き渡る。


『・・・』


まだ、微かに続く揺れ。

それがようやく落ち着くと、メイドさんたちが立ち上がる。

その唇は怒りと恐怖に震えている。


「や、やっぱりその女の涙のせいだわ!」

「呪いの涙なのよ」

「黒い、異形。恐ろしい!」

「どこかに行ってよ!」


ばしっ

箒が投げつけられた。


「っ」


とっさに顔をかばったけれど、箒が両腕にあたる。

メイドさんたちはさらにバケツをなげつけようと振りかぶる。


「大変だああ!」


声が響き渡った。


「エルラードが攻めてきたあ!!」

「逃げろお!」


『?!』


私たちは声が聞こえた廊下の先を振り返った。

廊下の向こうにたくさんの人たちの足音が聞こえる。


「エルラードが?どうして」


思わずつぶやいた。

けれど、メイドさんたちは青ざめた表情でつぶやく。


「エルラードが怒ったのだわ」

「そういえば国境付近でダイヤモンド鉱山欲しさに何度も挑発的な行動に出てたらしいし」

「ああ、本当だわ。ついに怒ったのよ。早く逃げないと」

「どいてよ!」


メイドたちは口々にそう言うと私を突き飛ばし、我先にと駆けだして行った。


「エルラードが」


口にすればそれがどれほど恐ろしいことか分かる。


(でも、どうして聖なる国とも言われるエルラードが侵略なんて真似を?それに、イスターシュは貧しくて腐敗した国。いくら怒ったのだとしてももっと違う方法があったのでは?)



「っ、そんなことを考えている場合じゃないわ。ミカ様たちにお知らせしないと」


踵を返して走りかけ、


(待って!)


たたらをふむ。


(こんなときだからこそ落ち着かないと)


胸を押さえて深呼吸する。


(ミカ様にはアルティウス様がいらっしゃる。それに国王陛下とご一緒なさっているのよ。国王陛下の元にはたくさんの立派な騎士の方々もいらっしゃるのだから国で一番安全な場所のはずだわ)


だったらグレンさんは?


(ううん。グレンさんがこの騒ぎに気づかないはずがないし、怖い目で駆けて行かれたのもこのことを予期してかもしれない)


そうなると。


(ミーシェ!)


私はぱっと踵を返した。


ミーシェ!


王宮から少し離れたところにある下働きたちの仕事場までこの情報が回っているかわからない。

この国では下働きの人間は軽んじられる。

このことが知らされていないかもしれない。


(もし、ミーシェが何も知らなかったら)


恐ろしい想像に身が震える。


「ミーシェ」


早く。

早く知らせなければ!

私は震える足を叱咤して、ミーシェの元へと駆けだした。


赤い絨毯が敷き詰められた長い廊下を駆けぬける。


側室たち候補たちの部屋が続くそこを抜ければ、


各部署へと別れる王宮の玄関口にあたるロビーの二階に出た。


どんっ


「どけっ」


廊下から飛び出した私は走ってきた立派な服を着た貴族に突き飛ばされた。


「きゃあっ」


バランスを崩して一階へと続く階段から落ちそうになる。

「っ」

とっさに手を伸ばして手すりにしがみついた。

「はっ」

どくんどくんと鼓動が大きな音を立てる。

下を見れば、


「どいてよっ」

「どけっ」


人々が押し合いながら出口に殺到していた。


(みんなが逃げようとしているんだわ)


この王宮から。

この国から。

いつもは足音を立てずに優雅に歩くメイドも侍従も貴族も。


(ひどい)


国を守ろうとはだれも思わないの?

王様を守ろうとはだれも思わないの?

誰も、助け合おうとはしないの?

突き飛ばしあって、我先にと逃げて。

何人もの女性が、老人が突き飛ばされて踏まれて、怪我をしているのに。


「じゃまだっ」


邪魔者扱いしている。

悲しい。

悔しい。

どうして

どうして

どうして?

ぐっと手に力を入れる。

階段をかけおりた。


「邪魔だっ」

「っ」


突き飛ばされる。


(倒れてなんかいられないの!)


ふんばって、目的の場所に人ごみにもまれながら進む。


「こっちへ!」


皆に踏まれて、蹴られていた人の腕を掴んで無理やり引きずるようにして立たせる。


「っ?!」


貴族らしいおじいさんは私を見上げて呆然とした。

その顔は皆に踏まれたせいか血だらけだ。


「とにかく端へ行きましょう!」


おじいさんの返事を待たず、無理やり引っ張っていく。


「っ」


どんっ

どんっ

どんっ


「じじいがどけっ」

「ちょっと!どいてよ!!」


何人もがぶつかって、ぶつかりざまに唾を吐くように罵声を残していく。

でも、とにかく、端へ。


「んんっ」


端にたどり着く。

人ごみの中からおじいさんを引きずり出す。

私たちは廊下へと続く細い道に入った。

人ごみが集中しているところに対して、横にそれる道には信じられないくらい人がいない。


「おじいさん。この廊下をまっすぐ行って左手にある最初の扉を開けてください。その部屋から外に出られます。そうしたら、小さな勝手口が見えます。それを抜けてさらにまっすぐ行けば門があります。そこなら少しはすいていると思います」

「おまえは」

「一緒には行けないんです。ごめんなさい」


おじいさんの返事を待つ時間が惜しくて私はすぐに人ごみに飛び込んだ。


(たしか、こっちに)


「いた!」


女性は廊下の端まで自力でたどり着いていた。

でも、真っ青の顔のまま蹲っている。


「大丈夫ですか?!」


声をかけると貴族の女性はゆっくりと顔を上げた。


「踏まれて足をくじいたのっ」


女性が泣きながら叫ぶ。


(どうしよう)


連れて逃げてあげたいけれど、女性は私よりも背が高くて大きい。

とても一人では運んであげられない。

そのとき、

一人の騎士が私のそばを横切ろうとした。


ぱしっ


「?!」


気づいたときには私の右手は逃がさないと騎士を掴んでいた。

騎士の驚いた目が私と合う。

私はキッと騎士を睨んだ。


「怪我をした女性をほって逃げるなんて騎士の誇りはどこにいったんですか!!」

「!」

「女性をかついで逃げてください!」


絶対に逃がさない。

瞬き一つせず、騎士をまっすぐに見つめる。


「・・・わかりました」


騎士はどこか呆けたような表情をしていたけれど、こくりと頷くと、騎士らしい綺麗な動作で膝をつき、女性に手を伸ばした。


「お連れします。背に乗ってください」


女性は安心したのだろう。

泣きじゃくりながら騎士の背に乗る。


「あなたは?」

「用がありますので。お願いします」

「あ、ちょっと!」


騎士さんの声を後ろに聞きながら私は壁伝いに使用人用の通路へと向かう。

一刻も早く、ミーシェたちに伝えたかったのだ。





ようやく話が少し進みました。

早くラブラブが書きたい・・・

らぶらぶまであと二歩?

もうしばらく我慢してお付き合いください!

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