朱色に染める社交辞令
足音が去るまで頭を下げ続け、頭を上げたとき。
「アリシア様は丁寧だな」
ぽんっと頭を撫でられる。
アルティウスさんはミカ様と一緒に行かれたから、グレンさんだけが残っていた。
ちなみにグレンさんやアルティウスさんは二人きりのときでも、ミカ様に言われた通り、私のことを様付で呼ぶ。
どうしてミカ様が私などに“様”を付けさせるのかはわからない。
けれど、ミカ様のおっしゃることに背くわけにはいかない。
だから、せめてミカ様がいらっしゃらないときは呼び捨てに欲しいとお二方には何度もお願いしたのだけれど。
何故かグレンさんたちは私に様を付けたまま。
そればかりか、私にはグレン“様”ではなく呼び捨てにするようおっしゃった。
勿論そんな恐れ多いことを出来るはずもなく、“グレン様”とお呼びしようとしたのだけれど、そうすると返事してさえもらえなくなった。
どこかで似たような抗議の仕方をされた気がする。
主従はそういうところまで似るのだろうか。
そうして、両者の妥協点を相談し、結局は“さん”で落ち着くこととなったのだった。
「あの、グレンさんはミカ様と一緒に行かなくてよろしかったんですか?」
「ああ。俺は守り役だから」
ミカ様を守る。
それはまさにグレンさんのお仕事。
でも。
「でしたら余計にご一緒すべきでは?」
守るもののそばにいなければ守れないと思うのだが。
「いいんだ」
また、くしゃりと頭を撫でられる。
グレンさんは私の頭を撫でるのが好きなのかよくこうして頭を撫でてくれる。
でも、この髪は異形の色。
素手で触って気持ち悪くないのだろうか。
「気持ち悪く、ないんですか」
ぽつりと思わず尋ねてしまっていた。
その声は消えそうなぐらい小さなものだったはずなのに、グレンさんは聞き逃さなかったみたい。
グレンさんの紅色の綺麗な瞳が私の目の前に迫る。
床に膝をつき、私と視線を合わせてくださったのだ。
「ぐ、グレンさん」
慌てて立ち上がらせようと腕を掴むけれど、がっしりとした男性の体を私が思い通りにすることはできなかった。
「アリシア様」
さらりと髪が撫でられる。
そして、
「貴女は綺麗だ」
「!!」
体が固まった。
今、この人は何と?
「自信を持て」
ふわりと微笑むと、グレンさんはまた私の頭を撫でる。
「グ、グレンさん」
困惑する私にグレンさんはくすりと微笑んだ。
「綺麗で可愛らしい」
か、顔から火が出そう。
恥ずかしい。
グレンさんは優しいから。
だから、そう言ってくださるだけで、真に受けるなんてどうかしている。
真に受けてなんていない。
でも、こんなふうに正面からこんな言葉をかけられたことなんて一度もなくて。
(免疫がないの!)
心の中で言い訳するように叫ぶ。
そんな私を、グレンさんはとても優しい瞳で見つめていた。