邪魔者の娘
1.邪魔者の娘
「へえ。そんな話があるんですか」
「だったらあの娘に行ってもらえばいい」
「そうだな。あの娘ならば誰も文句は言わん」
「まあ、レオンあたりが煩いかもしれんがな」
「あいつは今、丁度町に行ってて留守だし気にすることないだろ」
「それに他にもっといい娘をあてがえばいい」
「そうだな!これでレオンも目を覚まして村長の娘さんのマリンお嬢様に」
「おい、余計なことは言うなよ」
「あ」
「とにかく!皆の意見はわかった。あの娘が少しは役に立つんだ。皆賛成でいいな」
「もちろんです」
会議は始まってすぐに終わった。
村長の家の外で皆の話を聞いていた私は寒さ以外の悪寒も走って、身を震わせた。
でも、私に皆の意見を覆すような権利はない。
それに、両親がおらず、幼いときにこの村に捨てられた私の面倒を見てくれていた薬師のおばあさまもすでに五年前に他界している。
おばあさまに薬のことは教えられていたが、この村にはすでに別の薬師が移り住んできている。
それに、異形の姿をした私の作った薬など皆飲みたくないだろう。
つまり、私は天涯孤独の村のやっかいもの。
(だから、きっと今まで育ててもらった恩を返すにはこれしかないんだわ)
冷静にそう判断できる。
でも、遠い見知らぬ地へ売られる未来を考えると不安と恐怖で涙がこみあげてきた。
「うっ」
嗚咽がこぼれる唇を両手で押しつぶす。
聞いていたことがばれると礼儀がないとまた打たれてしまう。
私は口を押えたままその場から走り去った。
村の夜道は暗い。
その中を一人走り、村の中心地から少し離れた場所にある家へと向かう。
ここで泣いていたら人の目につく。
せめて、慣れ親しんだ質素だけれど大切な家で少しでも長い時間を過ごしたかった。
私の家は家といっても馬小屋みたいに単純な造りだけれど。
でも、17年もこの家で生きてきた。
思い出の全てがここに詰まっている。
「きっと皆は明日の朝にやって来るでしょうね」
ため息をつく。
けれど現実は変わらない。
今晩のうちに大切なものをまとめておいたほうがいい。
数着の着替えや下着を畳み、大きめの鞄に入れる。
裁縫道具や薬、そして。
「これだけは絶対に持っていかないと」
ベッドの下に隠してある、ボロボロになった一冊の本と小袋を取り出す。
この二つは私の宝物。
二つを抱きしめればあの遠くて優しい出会いを思い出す。
今から三年ほど前。
『君は変わっているね』
森の奥の泉でそう言って感情の読めない青い目で、でも、私をまっすぐに見つめてくれた綺麗な男の人。
私なんかをまっすぐに見てくれるなんて、
『あなたの方が変わっているわ』
そう言って笑ったら、青い瞳が驚いたように大きく見開かれた。
あの時の驚いた顔が忘れられない。
そして、冷たい目よりもそっちの方がずっといいわと褒めると、何故かソワソワと落ち着きなく動揺していた。
それから、数日間。
彼とは早朝や仕事の合間に何度か会って話をした。
村人は誰も彼の存在を知らなかったし、彼はいつも泉にいたから、私は彼を幻か妖精かと思っていた。
でも、彼はれっきとした人間だったみたい。
出会ってから数日後のある日。
彼は私に一冊の本と指輪を渡した。
『僕と次に会うまでには勉強くらいしておけば』
それは別れの言葉を意味していた。
その翌日から私は彼を見なくなった。
あれから、三年。
彼とは一度も会っていない。
「本当は待っていたかったけれど」
ぽろりと瞳から涙がこぼれた。
「ごめんね」
私はもう待っていられない。
唯一の夢さえも、もう、抱くことはできない。
最後にもう一度だけでいい。
あなたに会いたかった。
私は宝物になった本と小袋に入った指輪を抱きしめて泣いた。