貴族令嬢ですが、『合コン』したらダメですか?
「……ジルレインっ!」
受付のテーブルに両手をつき、その男性は荒い息をついている。全速力で走ってきたらしい。
テーブルを挟んで立っていた私は、一瞬ポカンとしてしまった。が、相手がどなたなのかようやく気づき、質問する。
「どうなさったんですか、殿下? ここは『合コン』会場ですが」
「き、君こそ」
殿下──ガウデルト第二王子は顔を上げた。
青灰色の長めの前髪の隙間から、藍色の瞳が珍しくまっすぐに、私を見る。
「なぜこんな……街の民のやるような……男女の出会いが目的みたいな食事会に、君が」
いつも寡黙な殿下が、珍しい長広舌に言葉を詰まらせている。
私は答えた。
「国王陛下から直々に、幹事として取り仕切るようにと命じられまして」
「父上から?」
今度は殿下が驚きに目を見開き、そして天を仰ぐ。
「……何で。わけがわからない……」
(ええ)
私は心の中でうなずく。
(私も最初は、わけがわかりませんでしたよ)
貴族の私たちが、親の目なしに『合コン』だなんて。
『合コン』。
殿下がおっしゃった通り、街の民が男女の出会いの場として行う親睦会のこと、だと認識している。「合同で集まる」だったか「合理的にくっつく」だったか、そんな意味の下町言葉をさらに省略して『合コン』と言うらしい。
◆ ◆ ◆
私、タンドル伯爵の娘ジルレインの本来の仕事は、王太子妃ユーメア様お付きの秘書官だ。
ここエスターベルク王国の王城内にはいくつもの宮殿があって、王子様方とそのご家族が暮らしているのが、月虹宮である。
現在は、王太子ご夫妻(ローラント様とユーメア様)、お二人の御子の王女様(一歳半)、そして第二王子のガウデルト様(独身)がお住まいだ。
また、私も月虹宮に部屋をいただいている。
王族の秘書官は、深夜に及ぶ夜会や会議など、とにかく様々な公務に付き添うからだ。
男性秘書官はともかく、女性秘書官の場合、普通は結婚して子供を産んで一段落した貴族女性が勤めることが多い。
ではなぜ、二十三歳独身の私がユーメア様の秘書官をしているかというと、十八歳の時に婚約者とトラブルがあり、結婚から遠ざかっているためで……
……詳しい話はともかくとして。
そのトラブルの時、助けて下さったのが、ガウデルト様だった。
ガウデルト様は敬愛する王族でいらっしゃると同時に、王立学院の二学年先輩である。
男子部と女子部は学舎が別で、在学中の接触はほとんどないまま、殿下は先にご卒業なさった。
にもかかわらず、婚約トラブルに群がる記者たちに私が追われていた時、すぐに気づき、月虹宮に匿って下さって。
その後、駆けつけたユーメア様(恐れながら同学年の学友でもある)とお二人で、しばらく月虹宮で暮らせるようローラント様にお願いして下さった。
特にガウデルト様は、
『ユーメア殿は兄上を支えるお役目がある。ジルレイン嬢のことは、僕が責任を持つ』
と請け負って下さった。
当時のことをガウデルト様にお聞きしてみると、
「君を知っていて匿ったのか、と? いや、それは……義姉になるユーメア殿の交友関係くらいは、当然……」
とのことだった。さすがは王族であられる。
◆ ◆ ◆
そんなガウデルト様が、私が受付をしている『合コン』会場にいらっしゃるわけで。
「ガウデルト様、どうしてこちらに? 確か、鉄道敷設の視察と、駅の開業式典に行かれておいででしたよね。お帰りは明日と思っておりましたが」
私は首を傾げた。
同じ宮に暮らす王族の予定は、秘書官一同把握済みだ。
ガウデルト様は何やら気まずそうにうなずく。
「あ……う、うん。だが、この『合コン』? のことが耳に入って、君が気になって……」
「えっ」
一瞬、トクンと高鳴った私の胸は、すぐに申し訳ない気持ちで塗りつぶされた。
(まさか、私を心配して、急いでお戻りに? そんな……)
月虹宮に匿われたものの、いつまでもお客様なのはダメだと思ってユーメア様の公務を手伝うようになり、早五年。
元々ユーメア様と仲の良かった私は、今では腹心だ。秘書官としてスケジュール管理から演説原稿のチェック、衣装選定までこなしている。
けれど独身のまま、月日は流れていた。
(私がまた結婚のことで嫌な思いをしないかと、ガウデルト様は気にして下さっているのね。あの日、『僕が責任を持つ』と言って下さった時のままだわ。本当に責任感の強い方……)
ガウデルト様は顔を逸らしつつ、でも視線は私の方を向いている。
「その、ジルレイン。父上はどういう流れで、君に、『合コン』を取り仕切れと……?」
「それはですね、王城勤務の令息・令嬢を」
話そうとしたところで、他の参加者がやってくるのが見えた。令嬢二人だ。
招待状に書いておいた通り、ドレスコードは「仕事着のまま」。
男性はスーツにチーフ、女性はドレスワンピースに短いジャケットである。
この国では、貴族は長男が後を継ぐと決まっている。そのため、家柄の釣り合う令嬢との婚約が早々に整えられ、十七、八歳くらいで結婚する。
一方、次男以下は、何かしらの職業に就くのが普通だ。騎士や聖職者、判事として各地で働く者もいれば、王城で儀礼官や護衛として働く者もいる。
そして最近では令嬢たちも、結婚が決まるまで働く者が増えていた。王族に仕えて公務の補佐をしたり、王子王女の教師をしたりだ。
侍女やメイドの仕事を、一通りやる者もいる。いずれ使用人を抱えて指導する立場になるので、仕事を把握するためだ。ある意味、花嫁修業である。
そうやって令嬢も令息も働いているうちに、結婚は二十歳前後になるのが一般的だった。
さて、ドレスコードの『仕事着』だけれど。
王城に出仕する時はこの服装、と決まっているわけではない。ただ、いったん流行すると皆が同じような格好をし始めるもので、すっかり定着した。
かくいう私も、普段からドレスワンピースにジャケットだ。大げさでないのに、かっちりしているところが気に入っている。
近づいてきた令嬢たちにガウデルト様もお気づきになり、一歩脇に避けた。
「まあ、ガウデルト様」
「ごきげんよう」
驚いた令嬢たちは、揃ってワンピースドレスを摘み腰を落として挨拶した。そして、頬を染め殿下を気にしながら受付をする。
男性側の幹事であるデニス──王太子の秘書官──が名前を確認し、私は男女別に用意したクジを引いてもらった。
「あら、席、クジで決めるんですの?」
「面白いですわ」
若い令嬢たちはキャッキャしながら、箱に手を入れた。
貴族の慣例として、晩餐会の場合、席はその家の主人が厳格に席順を決める。家族の普段の夕食も、席は決まっているものだ。
それを運任せで、というのだから新鮮なのだろう。
彼女らは二つ折りの紙を開いて確認し、会場に入っていく。そこへさらに、参加者がやってきた。
私はガウデルト様に声をおかけした。
「申し訳ありません、いきさつについては明日の昼食時にでも、ご説明しますので」
月虹宮では、王族と側近がともに昼食をとりながら打ち合わせをする習慣があるのだ。
けれど、殿下は黙ったまま、くじ引きの箱を睨むように見つめている。
「ガウデルト様?」
「…………君は、どこの席だ」
「え、ええと、私は最後に残った席に座るので」
すると。
ガウデルト様は思い切ったふうに一歩踏み出し、くじ引きの箱(男性用)に手を突っ込んだ。
「えっ?」
「ちょ、殿下?」
驚く私とデニスに、彼はぼそっと言う。
「僕も、独身だから。……五番か」
ちらりと番号を確かめ、殿下はずんずんと会場へ入っていく。きゃあ、と若い女性たちの嬌声が聞こえた。
(確かに、殿下は独身。結婚話はちょくちょく持ち込まれているけれど、まとまる様子はない。ご自身でお相手を探したいのかしら? 王族が『合コン』で? ……それより)
私は急いで、デニスに耳打ちした。
「ねえ、大丈夫かしら? 殿下は男性陣の中で一番ご身位が高いわ。こういう場だと、人気が集中してしまうのでは?」
「うん。ま、でも出て行けとは言えないし」
あっけらかんと言うデニスは、月虹宮で共に働く同僚で、気の置けない仲間だ。人なつっこい性格で、いつの間にか誰とでも仲良くなっているタイプである。
「ねえジル、殿下って何で独身でいらっしゃるんだっけ? 二十五歳におなりだったよね?」
「さあ……」
「あーあ、今日は殿下に美味しいところ持って行かれちゃうかなー」
一度はため息をついたデニスだったけれど、やがて目を爛々と輝かせ始めた。
「いや。逆に燃えてきた。ジル、あと来るのは三人だから、ここ任せていい? 男性の分、椅子を一つ増やしてこないと。僕はそこに座ることにするよ」
「え、ええ……お願い」
「デニス・ブラン二十一歳、行きまーす!」
意気揚々と会場に入るデニスを見送っていると、最後の三人がまとめてやってきた。
彼らがクジを引いて、残ったのが私の分だ。箱から取り出して紙を開く。
(十六番か)
私は簡単に受付を片づけると、いったいどうなることやらわからないまま、会場に入った。
会場は王城の敷地内、迎賓館として使われている花影宮の、小食堂である。
緑と金を基調にした壁と床を、黒の大理石の暖炉が引き締める、上品な一室だ。
……なんかもうこの時点で、居酒屋的な場所でやると聞く『合コン』には全然似つかわしくない。
(ごっこ遊びみたいだけど、まあいいでしょう。気分、気分)
小食堂には立派な長いテーブルが二つ置かれ、椅子が五つずつ向かい合わせになって、合計二十席用意されている。そこへデニスが、ガウデルト殿下がいない方のテーブルにちゃっかり自分の席を加えて、二十一席だ。
元々、この部屋には丸テーブルがあったのだけれど、長いテーブルに入れ替えてもらった。
デニスが言うには、丸テーブルだと「皆で話す」雰囲気になってしまい、男女の出会いの場には向かないのだという。
(何でそんなに詳しいのよ)
半ば感心し、半ば呆れつつ、十六番の席を探して腰を下ろした。デニスのいるテーブルだ。男女が向かい合わせに座っている。
視線を感じて顔を上げると、ガウデルト殿下だった。もう一つのテーブルで令嬢たちに話しかけられつつ、なぜか私を目で追っている。
(大丈夫かしら、口下手な方なのに。寡黙なところが素敵、と民には人気なのだけれど)
意外にも待ち時間の間に、すでに皆の会話は弾んでいた。
お互い、名前は知っている(王侯貴族は基礎知識として把握している)ので、顔と名前さえ結びつけば、細かい自己紹介は必要ない。そして『職場』での悩み事や愚痴、噂話は、皆がたんまり持っている。
デニスは私に気づくと、立ち上がった。
「全員お揃いのようですので、乾杯しましょう!」
花影宮の使用人によってグラスが皆に行き渡り、葡萄酒で乾杯となった。
すぐに、大皿の料理も運び込まれてきた。料理人たちが面白がって作った、街の居酒屋風の料理だ。
「揚げ物が多いんだな。普段あまり食べないから新鮮だ」
「これ、串のまま食べるんですの? フォークで外してもいいのかしら」
料理も話題の一つになり、皆、ぎこちなく揚げ芋を摘んだり串から肉を外したりしながら笑っている。
(よかった。とにかく楽しめれば成功よね)
思っていると、周囲の令嬢・令息たちが丁寧に挨拶してきた。
「デニス様、ジルレイン様、お疲れ様です」
ちなみに、この場に侯爵家以上の人はいない。やはり貴族の中でも高位になると、働いていなかったり結婚が決まるのが早かったりする。
おかげで、女性陣の中ではどうやら私が一番年上で、身位も高いようだ。
「皆さん、来て下さってありがとう。『合コン』だなんて、驚いたでしょう?」
「はい、ふふ。最初は何のことかわからなくて、使用人に聞いてしまいました」
「デニス、どういうわけでこうなったんだ?」
するとデニスは、
「国王陛下がジルレイン殿にお命じになったんです。ねえ、ジル」
と私に話を振ってくれる。
「え、ええ。私、数日に一度は陛下と顔を合わせる機会があって、その時にね。よく月虹宮にいらっしゃるのよ、王女様のお顔を見に」
「うわー」
気の毒ー、という視線を向けられて苦笑する。
我らがエスターベルク国王陛下ザビン二世(五十一歳)は、ふくふくした体型に似合わず、『思い立ったら即行動』のお方だ。
そして次々と素っ頓狂なことをお命じになるため、周囲の人々は振り回されがちなのである。
◆ ◆ ◆
それは、五日前のこと。
小さな王女様と遊んでご機嫌のザビン陛下が、帰り際にふと、お見送りに出た私を振り向いた。
「ねぇ、ジルたん」
「ジルレイン・タンドルです。御用でしょうか、陛下」
「ウン、ちょっと頼みがあってさァ」
「承ります」
胸に手を当ててお言葉を待つと、陛下はおっしゃった。
「王城勤務の令嬢・令息を集めて、『合コン』を開いてほしいんだよねェ」
「……は?」
私は目をぱちくりさせた。
「恐れながら、陛下。貴族の結婚相手は、両親が決めるものと心得ておりますが」
思い切ってお聞きすると、陛下は「そうだけどさァ」と両手を広げ、天秤のように上下に動かした。
「結局は、身分がだいたい釣り合う者同士をくっつけるわけじゃーん。で、君たちって王城で、つまり同じ職場で働いてるでしょ? その中からなら、カップルが誕生してもよくない? 時代は自由恋愛だよォ」
「はあ」
「余の若い頃にはさァ、今みたいに貴族は働いてなくてさ。冬とか自邸にこもっているうちに、使用人に手をつけて隠し子がどうたらこうたら、みたいな揉め事が割とあったワケ。ジルたんも何となーく知ってるでしょ?」
陛下の言葉に、私はためらいがちにうなずく。
辞めたメイドが子どもと一緒に戻ってきて遺産の権利を主張する……とか、一昔前にはよくあったそうだ。
「でも今の時代、せっかくみんな城で働いてるんだしィ。貴族同士で過ごす時間を増やした方がいいと思うんだよォ。互いの様子も確認できるし、ねッ」
(なる、ほど)
私は密かに戦慄する。
『互いの様子の確認』、つまり監視。たぶんこれが、陛下の一番の狙いなのだろう。
我が国の社交シーズンは初夏、一年に一度しかない。次の初夏まで待たずに、秋も終わろうという今、若者同士で交流させて互いを監視させたいのだ。
結婚までの時間が長い分、その間に身分違いの者との不祥事を起こさないために。
「だから『合コン』、やろ。ねッ」
朗らかな様子の裏に、色々と秘めていそうな、陛下である。
「……陛下の御心のままに。あの、無理にカップルを成立させずともよろしいのですよね?」
「ウン、もちろん。貴族同士、みんな名前くらいは覚えてるはずだから、こう……『名前は知ってたけど、こういう人なんだ!』って互いに知ることができればいいかなァ。自由恋愛はその先についてくるでショ。まずは全員がゆるーく繋がってほしいナ」
そういうことなら、と私も納得し、頭を下げる。
「かしこまりました」
その頭の上に、またもやビックリが降ってきた。
「でも面白いから、街の民が『合コン』する時みたいなやり方でやってねッ」
「ふえっ⁉」
思わず顔を上げると、陛下は「いいでショ?」とニコニコ楽しそうだ。
「そ、それは、どう」
「ああ、経費は余が私費から出すよん。側近に話は通しとくからねェ」
気にしてるのはそこじゃない。
「……わかりました。ありがとう、ございます」
お礼を言いつつ私は覚悟を決め、脳内で今月の予定を確認した。
「では……そうですね。五日後に開催したいと思います」
「え、そんなすぐ?」
「はい」
長い準備期間(?)を設けると、いわゆる夜会と勘違いして、新しいドレスを作ったり領地からあれこれ取り寄せたりする者が必ず出るだろう。贅沢はよろしくないし、庶民風ではない。
これが『合コン』なら、街の民が仕事の後に集まってやるかのようにやるべきだ。私のイメージではそうなのだ。
(かっちりしない方が、皆もあまり義務感に縛られずに済むわ)
というわけで急遽、『王城内合コン』が決定した。
王城で働く独身の女性貴族には私が声をかけるとして、男性の幹事も必要である。
そこで、同じ月虹宮で働くデニスに頼むことにした。
王太子ご夫妻と秘書官たちの、昼食打ち合わせの席で、私は陛下から『合コン』開催を命じられた話をした。
「それでデニス、男性側の幹事をお願いできる?」
「任せて!」
デニスは快く引き受けてくれ、うんうんとうなずいた。
「そうか、ジルもついに男女の出会いの場に参加するのかぁ」
感慨深く言われて、私は驚く。
「私は幹事よ?」
「場合にもよるけど、合コンは幹事も参加者の一人だよ」
「……うっそでしょ」
なんてことだ。
(セッティングだけして、後は見守ればいいのだと思ってたわ!)
ユーメア王太子妃が、フォークを置いて肩をすくめる。
「お義父様ったら、また突拍子もない思いつきを……」
「ガウデルトがいたら、『ジルレインが合コンだと⁉』とか驚いて止めたかもな」
ローラント王太子も苦笑し、私は目を見開く。
「そうでしょうか」
「もちろんそうさ。あいつは君のこと、とても心配しているから」
「そう、ですよね……ガウデルト様にも、ご心配をおかけしていますよね」
私はつぶやく。
貴族の娘がずっと独身、というのが良くないのは、もちろんわかっていた。
これ以上、年齢を重ねたら、後家の口しかなくなってしまうだろう。
「いい機会だから、頑張ってみようかしら……」
「あ。いやジル、僕はそういうつもりで言ったんじゃ」
「ローラントったら……」
王太子夫妻は何やら目配せしあっている。
お二人にも気を使わせている、と悟った私は、微笑んでみせた。
昼食後、デニスと詳しい話をする。
彼はなにやら楽しそうだ。
「街の『合コン』では、テキパキ仕切れる幹事が一番モテるんだって!」
何でそんな事情、貴族のくせに知っているのだ。
(さてはお忍びで遊んでるな。こういう人がいるから、ザビン陛下が監視させたくなるのよ)
呆れつつ、私は指摘する。
「それ、男性幹事の話でしょ? 女性は仕切る人より、どうせ奥ゆかしい人がモテるんだわ。とにかくあなたは、腕の見せ所ね」
「だよね、頑張る! よし、急いで名簿作ろうっと。五日後かぁ、今日中に連絡を回せるようにしないとね!」
デニスは足取り軽く去っていった。
(私もあんなふうに、気軽に楽しめたらいいのに)
首を軽く振って、私も急いで名簿作りに取りかかった。
◆ ◆ ◆
「──それで、デニスとも相談して、まずは二十五歳までの独身者に絞って声をかけてみたの。集まってくれて嬉しいわ」
私は参加者たちに微笑む。
さすがに、王太子ご夫妻の反応などは伏せたけれど、一通りのいきさつを語り終えたところだ。
なるほど、と皆がうなずき、彼らの方の話もしてくれる。
「来れなかったけれど来たかった、という方もいらして、悔しがっておいででしたよ」
「そうそう。またやってほしい、その時は必ず! と」
話しているうちに、少しずつ話の内容がばらけていく。
気づけば、二人から四人ずつくらいの組になっていた。男女の組もできていて、いい雰囲気だ。
流れで私も、同じ年齢の令息と二人になった。
「そうそう、ジルレイン殿」
向かいにいた彼は言いながら立ち上がった。テーブルの端にいた私のはす向かいに椅子を移動し、座り直して声を低める。
「父がね、一度、タンドル伯爵に打診したことがあるんですよ。僕とあなたとの結婚を」
「え?」
「例の件から半年後くらいだったかな。その時は、『もう少し時間が必要で……』みたいなお返事でした」
彼は身を乗り出し、私の顔をのぞき込む。
「でも今日、こういう会に参加されているということは、今なら大丈夫ということでしょうか?」
「あぁ……そうですね……参加といっても、私は幹事ですし……」
逃げるような発言をしてしまい、ハッとする。
(あぁ、ダメダメ。これじゃいつまでも結婚できないじゃない)
でも。
目の前の男性とこれから知り合って婚約して結婚して……と考えると、胸がずしんと重くなって、お腹が痛くなってくる。
また、あの時みたいなことが起こるんじゃないかって。
◆ ◆ ◆
例の件というのは、五年前。私の婚約トラブルのことだ。
王立学園高等部二年生の時、とある子爵家から打診があり、私は婚約した。在学中の婚約は、特に珍しいことではない。
相手はヨルグという名で同学年、子爵家の次男。どこか愛嬌のある人で、話すと笑わせてくれて楽しかった。
当時、現在の王太子夫妻(ローラント様とユーメア様)も婚約中で。
だから色々な出来事がお二人優先で、他のことはそれが済んでから、みたいな義理立ての空気があり……
私たちの結婚についても、詳しいことは卒業後に決めよう、と先延ばしになっていた。誰もそれに不満はなかった。
その間に、留学にきた隣国の王女が、ヨルグを見初めたのだ。
王女は、隣国の第一王位継承権者だった。
子爵家にしてみれば、いずれ隣国の王配になれるというのは逆玉の輿。私との結婚より美味しいに決まっている。
「王女殿下に求められてしまっては断れず」
「両国の友好のために、仕方のないことかと」
申し訳なさそうに言いつつ、ヨルグも子爵家もウハウハなのが見え見えだった。
婚約は、解消するしかない。
ところが、王女側からとんでもない申し出があった。
本国にも王女の夫候補がいて(未来の女王なのだから、そりゃあいるだろう)、王室が打診中だったらしい。
今、王女がヨルグを選んでしまうと、候補者やその関係者が「声をかけておいて失礼な!」となる。
調整するまで、しばらくこの件は伏せておきたい。有り体に言えば、他の男を清算してからヨルグと恋愛関係になったのだ、という形にしたい。それまで、ヨルグと私の婚約が継続していることにしてほしい、というのだ。
留学中の王女を取材する報道記者がいたため、要するに彼らに対する目くらましが必要だったわけである。
あまりに失礼な話で、父は憤慨していたけれど。
隣国との友好のためだ、こじれると外交問題になる、と言われれば、呑むしかなかった。
あの時は本当に、苦しかった。
捨てられたのに、ずっと笑顔で、ヨルグと仲のいいフリをして。
さらに苦しかったのが、私の母、タンドル伯爵夫人にも秘密にせざるを得なかったこと。
母は癇癪持ちで、この件を知ったら怒り狂って秘密になどできなくなるからだ。
父は「すまん、ジル……耐えてくれ」とおっしゃった。
長い長い、一年が経って。
王女は留学期間を終え、帰国した。候補者の方も決着がついたらしい、と伝え聞いた。
この後は、私とヨルグが理由をつけて円満に婚約解消。私には父が別の相手を探し、ヨルグは隣国に渡り王女と結婚、みたいなふうに進むはず。
やっと解放されるのだ。
そう思っていたのに──
ヨルグ一家がずっと我慢していた承認欲求が、とうとう弾けた。
王立学院の卒業行事の最中に、王女に見初められたことをヨルグが暴露したのだ。卒業と同時に、一家で隣国に渡るのだと。
皆の視線が一斉に私に集中し、卒業証書を持ったままの私は頭が真っ白になった。
何も知らされていなかった母も会場にいて、怒り狂った。「こんな恥があるか」と泣き、「私まで騙すなんて、顔も見たくない」と父や私に怒鳴った。
ユーメア様がご卒業ということで、やはり取材に来ていた記者たちが、こんな騒ぎに飛びつかないわけがない。
「ヨルグ様はジルレイン様とご婚約中でしたよね⁉」
「王女様との話し合いはありましたか⁉」
「三角関係ですよね、在学中にもめ事などは⁉」
「二人はどこで逢い引きを⁉」
もう、めちゃくちゃだった。
私は声も出ず、固まるばかりで。
その時──
◆ ◆ ◆
「ジルレイン」
「はいっ⁉」
驚いて振り向くと、横にガウデルト様が立っていた。
「大丈夫か?」
別のテーブル、しかも五番と十六番は対角線で一番遠いのだけれど、私の様子に気づいたらしい。
(まるで……あの日、匿って下さった時みたい)
思いながら、私はあわてて立ち上がる。
「はい、大丈夫です!」
そう。
駆けつけたガウデルト様はあの日、記者たちには目もくれずに、ただ
「おいで」
と私の手を引いた。そして、身につけていらしたマントで、私を寒さから守るように包みながら歩き出した。
(気がついたら馬車の中で、ホッとするあまり気が遠くなってしまったのよね、私)
けれどあの時以来、結婚話が来るたびに、苦しさが蘇ってしまう。身体や心が、覚えているのだろう。
一番ひどかった時は、お相手との顔合わせで貧血を起こして倒れ、迷惑をかけて終わった。さすがに今では、そこまでのことにはならないけれど。
とにかく、父は積極的には結婚話を持ってこなくなった。母は私を許していないので、家にも帰りにくい。
ガウデルト様はそのあたりをご存じだから、今日の合コンも心配して下さっているのだ。
移動したガウデルト様に気づいたのか、テーブルの反対の端にいるデニスが立ち上がった。パン! と手を打つ。
「時間もいいようです、『席替え』しましょう! ひとまず男性の皆さん、お手数ですが今いるのと違う方のテーブルに移動して下さい。あとは全席自由、もう男女が向かい合わせでなくてもいいです!」
がやがやと人が動く。すでに雰囲気のいい男女は、男性が動くのに女性もついていき、相手を変えたい人はこの機会に別の人に声をかけている。
ガウデルト様は、私と話していた令息をじろりと見た。
彼は素早く、
「どっ、どうぞ‼」
と自分の席を譲ると、そそくさと別のテーブルの方へ去っていく。
「…………」
ガウデルト様が黙ってお座りになったので、私も動かず残ることにした。
藍色の瞳が、私をちらりと見る。
「……あまり顔色が、良くない」
「え」
はっとして、頬を押さえた。
「申し訳ありません。ちょっと、不意打ちを食らってしまったかも」
「謝ることはない」
「はい……。ガウデルト様は、いつも助けて下さいますね」
私が微笑むと、ガウデルト様も少し口元をほころばせる。
「……そういえば」
「はい?」
「僕が、後輩の君を覚えていたことを、君は驚いていたな」
「はい」
匿っていただいた時だ。
「僕はその時、『義姉の交友関係くらい知っている』……とか何とか、答えたと思う。でも本当は、別のことで君を覚えていた」
「別のこと……あっ」
思わず、口元に手をやる。
「もしかして……私が図書館の本のことで、一度だけ殿下に話しかけたのを、覚えておいでだったとか……?」
王族は注目の的だけれど、私なんて学院では一学生にすぎない。それなのに。
「うん。君が高等部一年、僕が三年の時だ。学年の終わり頃だった」
◆ ◆ ◆
男子部と女子部は学舎が分かれていたけれど、食堂と図書館は共通だ。
食堂の学生たちが、食事を終えて席を立ち始めるころ、私はガウデルト様のいらっしゃるテーブルに近づいた。
こちらに気づき、いぶかしげに視線を上げる殿下に、スカートを摘んで挨拶する。
「ガウデルト様、初めまして。高等部一年の、ジルレイン・タンドルと申します」
「……ああ」
「私、よく図書館にいるのですが……先日殿下が『エスターベルク王国法制史』を借りているところを、たまたまお見かけしまして」
「?」
不思議そうなガウデルト様に、私は続けた。
『あの本を返却なさる時、もしよろしければ私に預けていただけませんか?」
「……なぜだ?」
「次の法学の試験でどうしても一番を取りたくて、ライバルより先に勉強したいんです」
私は拳を握ってみせた。
「私がカウンターに返しに行けば、その場ですぐに私が借りられるので、ライバルの先を越せます! 他にも本がありましたら一緒に返しておきますから!』
殿下は私をじっと見つめてから、「わかった」とだけおっしゃり、すぐにご自分のロッカーから本を持ってきて下さった。
◆ ◆ ◆
「あの時は、ありがとうございました。図々しかったですよね、お恥ずかしいです」
「いや。『ずいぶんガツガツした子だな』とは思ったが、悪いことではないから。それで、一番は取れたのか?」
「え、ああ、はい! お陰様で!」
すると、殿下はうっすら、笑みを浮かべた。
「嘘だな」
「ふえっ⁉」
ぎくっ、と私は固まった。
「ど、どうして……」
「あの日、月虹宮に帰ったら、兄と婚約中だったユーメア殿がお茶に来ていた。『一年後期の法学の試験、法制史だそうだね』と言ったら、『それは前期の試験ですね』と返された」
「……ええと」
「さすがに、前期と同じところを後期の試験範囲だと思いこむのはおかしい。では、ジルレイン・タンドル嬢は、なぜあんな嘘をついたのか。そう考えた時、思い当たることがあった」
ガウデルト様はまた口ごもりつつ、前髪をかきあげる。
「僕は、その……図書館の本の返却をしょっちゅう延滞していて……それを、君が知っていたとしたら? と思ったんだ。ああ言えば、王族に対して失礼にならずに本を早く返してもらえる。そう考えたんだろう?」
私は白状する。
「ご明察です……」
「しかもそれは、自分のためじゃなく、他人のためだった」
「そこまでご存じでしたか」
元々私は、ガウデルト様が本の延滞常習犯なのを知っていた。
友人に図書委員がいて、「ガウデルト殿下は返却が遅かったり忘れてたりが多くて困る」とグチっていたからだ。
そういうこと漏らしたらダメだよ、と注意はしたけれど、聞いてしまったので仕方ない。
そんな時、別の学友が悩みを打ち明けてきた。
彼女個人のレポート課題に必要な『エスターベルク王国法制史』が、図書館になかなか返却されてこない、間に合うかどうか不安だ……と。
(それ、ガウデルト様が借りているのを見たわ。返却日を過ぎても返ってこないかも……)
思った私は、彼女には内緒で一計を案じ、返却日にガウデルト殿下に話しかけに行ったのだ。
「僕がしょっちゅう延滞する奴だと人にバラさず、僕を責めず、あの日が返却日だと思い出させ、僕の手間を肩代わりした上で、必要な学生にすぐに本が渡るように図った。そうだよな?」
(その通りでございます!)
預かった本を返却カウンターに置いてすぐ、彼女に「あの本、返ってきてたわよ!」と知らせて一件落着したのだけれど、全部知られていたらしい。
「一番悪いのは僕だけれど、全体を俯瞰して、最も揉め事の起こらない方法で事を運んだ。もしかしたら、わざと少し図々しい物言いをして『後輩らしさ』をも利用したのかな。王侯貴族にとって、人間関係は最も大事だと言っていい。その点、ジルレイン嬢は賢いな、と感心した」
「うう……お、恐れ入ります」
「あと、友人想いだということもわかったし……だから……」
ごほん、と、ガウデルト様は咳払いをする。
「素敵な女性だな、と、覚えていたんだ」
(え?)
「いや、邪なことを考えた訳じゃない。君みたいな女性を妻にする婚約者はうらやましいな、と……なのに、ヨルグは」
殿下は眉をしかめ、しばしの沈黙が落ちた。
やがて、私の方から口を開く。
「ご心配、おかけしています。ずっと……」
「いや」
「五年も経ったのに。さすがに、今日は頑張ろう! と思ったんですけれど」
「……頑張る?」
「はい。『合コン』幹事は突然の任務ではありましたが、いい機会ですし。貴族の娘がずっと独身というのが良くないことくらい、私ももちろんわかっておりますので」
ガウデルト様は再び黙り込んだ。
やがて、ぽつりとつぶやく。
「そんなに、月虹宮には……居づらいかな」
「え?」
「君にはゆっくり、心を癒してほしかったけれど、僕やユーメア殿を見るたびに……いや、月虹宮で暮らすのは、あの時のことを繰り返し思い出すということでもある」
ガウデルト様は、静かに言葉を紡いでいく。今日は本当に、饒舌でいらっしゃる。
「早く月虹宮を出たい、そのためには結婚しないといけない……そう思っているのか?」
「そんなこと!」
思わず声を上げた。
(正直に言うなら、今が一番、幸せなんです)
ユーメア様とは親友のように仲良くさせていただいているので、ずっと秘書官をやりたいし、王女様の成長もおそばで見させていただきたい。ローラント様もガウデルト様も素敵なお方だ。
(月虹宮の皆様は……私の理想の家族なんです)
結婚して出て行きたくなんかない。ずっと月虹宮にいたい。
でも……
「居心地が良すぎて、甘えてしまうから……ちゃんとしないと」
何か言いかけたガウデルト様を遮るように、私は素早く立ち上がった。
「飲み物、取りに行って参ります」
今は花影宮の使用人たちはおらず、片隅の台に数本の飲み物のボトルやピッチャー、グラスが置いてあり、自分で注げるようになっていた。
時間をかけて葡萄酒を選び、グラスにゆっくり注ぐ。
その間に、ガウデルト殿下には他の令嬢が話しかけにいった。
そこで、私はその令嬢が今までいた席に入らせてもらい、話の輪に加わった。
やがて、予定の終了時刻がやってきた。
「今日はお集まりいただき、ありがとうございました」
私が挨拶する。
「この会を機に、同年代同士、交流し助け合えればと思います」
「また開催できればと思っています。ご希望が多いようですので!」
デニスが言うと、笑いが起こった。
令嬢令息が口々に、私とデニスにお礼を言って会場を出て行く。それに手を上げて答えつつ、デニスが話しかけてきた。
「ジル、僕はあっちの人たちに誘われたから、この後ちょっと行ってくる」
デニスの視線を追うと、男性一人と女性二人が待っている。二対二で、どこかで仕切り直しかしら。
視線を感じて振り向くと、先ほどの子爵令息が近づいてきていた。
「ジルレイン殿、この後、夜の庭を散歩なんていかがですか?」
「あ……」
即答できなかった。
(彼が嫌なわけではないのだから。行った方がいい。行かないと)
心ではそう思っているのに。
勝手に、視線がガウデルト様を探してしまう。
ガウデルト様は壁にもたれ、私を見守る位置にいた。けれど視線が合ったとたん、何か察したように身を起こし、足早に近づいてきた。
「ジルレイン。僕は月虹宮に戻る。一緒に帰るか? ……帰ろう」
(あぁ。やっぱりダメね)
ふっ、と、背中から力が抜ける。
(殿下に「帰ろう」って言っていただくと、ホッとしてしまう)
「はい。ご一緒します。……ごめんなさい、今日は帰るわ」
誘ってくれた彼には悪いけれど断ると、ガウデルト様まで一言、付け加えた。
「彼女は『うちの』だから、連れて帰る」
うちの、のところ、強調されていたようにも聞こえる。
「は、はいっ。殿下、ぜひまた何かでご一緒させて下さいっ」
子爵令息は姿勢を正し、周りにいた令嬢たちもきゃあきゃあと「ぜひまた」「楽しかったです」と言って、それぞれ去っていった。
王城の敷地内には、広々とした道が作られている。馬車が通るからだ。その道だけはガス灯が設置されており、敷き詰められた煉瓦や街路樹を優しく照らしていた。
私は、その道の端を歩くガウデルト様の、すぐ斜め後ろを歩いていた。月虹宮まではそう遠くない。
「……ジルレイン」
「はい」
呼ばれたので足を速め、横に並ぶ。見上げたそのお顔は、ちょうどガス灯の前に通りかかったところで、逆光でよく見えない。
「月虹宮は居心地がいいと、君は言った」
「はい」
「もっと早く……トラブルの前に、君を宮の一員にできたらよかったのにと、僕はずっと後悔していた」
二人、歩いていく。
ガス灯の明かりが後ろに遠ざかり、代わりに月虹宮の明かりが見えてきた。
「僕は先に学院を卒業したけれど、少ししてから理由をつけて、学院を覗きに行ったことがある。高等部二年になった君は、その時にはもうヨルグと婚約していた」
「…………」
「以来、僕は遠方の公務を増やした。君たち二人を見ないように。……嫉妬していたから」
殿下の耳が少し、赤く染まっているような気がする。
「えっ」
「そのせいで、無理をしている君に、気づけなかった」
ガウデルト様は立ち止まると、私と向かい合った。
思い切ったように、声を強める。
「だから、僕の方こそ謝らなくてはいけないし、君が引け目を感じる必要などない。安心して月虹宮にいてくれ。一生、僕が君を幸せにする」
(……ん? い、今のって?)
私は、ちょっと呆気にとられた。
(また、責任感から? それとも本気でおっしゃった? 確かめてみようかしら。でも、否定されるのは怖い……)
これもまた逃げかもしれないけれど、私はあえて、冗談っぽく尋ねる。
「殿下ったら。私を一生幸せにって……まるで求婚みたいですね? ふふ」
ガウデルト様は「あ」と目を見開いた。
その様子に、私は密かに傷つく。
(やっぱり、うっかりだった?)
すると、殿下はしどろもどろになった。
「……しまった。それはそれでちゃんと……考えていたのに……」
私は、ドキドキしながら、殿下を見つめる。
「何かおありでしたら、全部おっしゃって?」
ガウデルト様は一度深呼吸した。
そして再び、私を見つめる。
「ジルレイン。僕は、君をもう誰にも渡したくない。このまま月虹宮で共に暮らすため、それだけを理由にしていいから……僕と、結婚してくれないか」
(……あぁ)
目頭が、熱くなる。
今日、私のために駆けつけて下さった時から、胸がときめいていた。ううん、もしかしたら、もっと前からだったのかもしれない。
「……合コン、参加してみるものですね」
私が微笑むと、殿下は目を見開いた。
「え」
「いつもそばにいる方の素晴らしさが、身に沁みます。……嬉しい。心から、お慕いしています」
ガウデルト様はおずおずと、尋ねる。
「本当に?」
私ははっきりと、うなずいた。
「はい。一生、おそばにいます」
引っ込み思案な私たちに、夜の魔法がかかる。
ガウデルト様が、ためらいがちに両手を広げた。私は自然と、その胸に飛び込む。
優しく、大事に、宝物のように抱きしめられた。
はぁ、と、耳元でため息が聞こえる。
「やっと……初めて……夢みたいだ」
何だか可愛らしい方、と思いながら、私は目を閉じた。
「私も、です」
月虹宮の玄関を、私とガウデルト様が手をつないでくぐると、ユーメア様とローラント様がホールのソファで待ち構えていた。
「ただいま、帰りました」
申告すると、立ち上がったローラント様が手を一つ叩く。
「間に合ったのか、良かったなガウデルト!」
「『間に合った』?」
私がガウデルト様を見上げると、彼は照れくさそうに口元を隠して目を逸らした。
どうやら、鉄道関係の公務に行っていたガウデルト様に、ローラント様とユーメア様が相談して知らせたらしい。私が『合コン』に出ると。
本来の予定では、ガウデルト様は駅の開業式典の後に現地で一泊し、翌日に特別列車で展望室や豪華な食事を楽しみながら帰ってくるはずだった。
でも、知らせを受け取ったガウデルト様は、式典が終わるとすぐに王都に戻る最終列車に飛び乗ってしまい。それで合コンには間に合ったわけで。
特別列車の乗車(これも本当は視察であり、公務だ)は、代わりにガウデルト様の秘書官が引き受けているはずである。
ガウデルト様は、私の手を握りなおしながら、赤い顔で報告した。
「もう今しかないと思って、求婚した。ジルレインは、受け入れてくれたよ」
「あぁ、おめでとう!」
ユーメア様も立ち上がって、私に駆け寄った。
「『うちの』ジルを滅多な人には渡せないもの! 本当によかった」
ユーメア様は私を軽く抱きしめ、涙声になる。
「私とローラントの結婚が、ジルの結婚を遅らせることさえなければ、ヨルグが誘惑される事なんてなくて……ジルはあんなに辛い思いをしなくて済んだかもしれないと、ずっと悔やんでいたの。でも、もう……」
「はい。もしそうなっていたら、私はガウデルト様と一緒にはなれませんでした。月虹宮で、皆さんと暮らすことも」
私が微笑むと、ローラント様がおっしゃる。
「僕たちはとっくに、家族になっていたんだよ。ガウデルト、ジルレイン」
(家族……そうね)
結婚に臆病になっていた私にとって、安心できる家族が先にできたことは、きっと一番いい形だったのだ。
「でも、どうしましょう」
はっと、ユーメア様が身体を離す。
「ジルが第二王子妃になってしまったら、私は優秀な秘書官を失ってしまうことになるのだわ」
◇ ◇ ◇
「別に、秘書官やめることないでしョ」
話を聞いたザビン二世陛下は、髭をしごきながらあっさりとおっしゃった。
「『第二王子夫妻』としてやらなきゃいけない公務はあるだろうけど、公務だけが仕事じゃないんだしィ? 夫婦でも、ガウデルトはガウデルト。ジルたんはジルたん。いいんじゃない? 第二王子妃が、王太子妃の秘書官として働いたってサ」
そして陛下は、にっこり笑う。
「おめでとッ」
私とガウデルト様は、顔を見合わせ。
「──ありがとうございます!」
二人して、深々と頭を下げた。
こうして、変わったのは私とガウデルト様が結婚し、寝室が一緒になったことくらいで。
月虹宮の人々の幸せは一つも欠けることなく、これからも続いていく。
「いや、一つ変えてほしいことがある」
「何ですか? ガウデルト様」
「次の『合コン』の幹事から、ジルレ……ジルは外れてくれ。君にはもう、僕がいるのだから」
「……はい!」
【おしまい】
王族と腹心のランチミーティング、イギリスではやっているそうですよ!
参考:ヴァレンタイン・ロウ『廷臣たちの英国王室 王冠を支える影の力』(作品社)
久しぶりに短編を書くにあたって、王城内合コンやってみました。
感想お待ちしています!




