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題目もろもろ短編集

裏返りの声の主

作者: R-N
掲載日:2026/07/17

今朝の話(半分実話)です。

 それは朝。明の空が白む早朝。僕は湯船に浸かっていた。

 換気に開けた窓から時折、ぷーんという羽音が舞い降りてくる。

 夜に沸かした湯は、程よく僕の熱った体を冷ます。

 もはやそれは行水、と言うのではなかろうか。

 そんなくだらない妄言に思考を浸し、僕は浴槽に背中を預けた。

 窓の外、山の中では、けたたましく鳥が鳴いてる。

 テッペンカケタカ もしくは ホ、ト、トギュス

 そんな声がすぐ近くで聞こえた。

 珍しい。いつもならもう少し遠目で鳴いているのにな。

 家の裏はすぐ山だ。山縁は藪になっていて、野生動物がちょくちょくやってくる。

 今すぐ外に出て山を覗けば、鳴き声の主を見れるかもしれない。

 僕はそっと窓を開いて山の方を覗き込んだ。

 未だ杜鵑は鳴いている。頭上が常のその声は、珍しく地面に近い場所から聞こえる。

 姿が見えないか、僕は浴室から目を凝らした。

 が、そんなに甘くはない。声だけしか聞こえない。

 僕は浴槽に戻ってザブン、と浸かった。

 今度は妙な声がした。

  アー …

 甲高く、か細く、なんとなく、人の声に思える。

 近所で誰か、発声練習でもしている? いや無い無い、と僕は打ち消した。

 隣の敷地のバスのエンジン音は、いつも通り唸り声をあげているし。

 もしかして近所の家の声が、たまたま流れてきたのかも。

 ああそうだ。今日は月参りの日だ。坊さんがやってくる。

 杜鵑はまだ近くにいるらしい。相変わらずの大きな声で叫んでいた。

  アー …ァー …

 混ざってまた聞こえてきた。女性の声? 薄気味わるい。

 いやいや、と僕は頭を振った。そんな風に考えちゃ失礼だろ。

 誰に? 反射的にツッコミを入れる。いやいやだって、それはただの空耳だろうし。

 原因は他にあるかもしれない。例えば。

 風の音。吹いてもいない風の音? じゃあ何かの電波的な。

 右の脳で僕がああ言えば、左の脳で僕がこう言う。くだらない、と僕は目を瞑ってまた深く背中を湯船に預ける。

  アー アー … ァー ァアー …

 先刻と同じ、声が聞こえた。いや、声ではなく、音だ。反射的に僕は否定した。そうだ音だ。そういう事にしておこう。

 水面が揺れる。ゆらゆらと揺れる。波音はしない。

 ぞわりとして僕は立ち上がった。いや、もう流石に風呂からは上がらなくちゃいけない。

 そそくさと、浴室から退出して体の水滴を拭う。

 いきなり壁の向こう側でメロディが鳴った。瞬間音鳴る方へ振り向き、凝視する。

 壁しか見えない。くすんだ古い家の洗面所の壁。シュー、と蒸気の唸る声がする。だが、そうだ。これは炊飯器の炊き上がりを示す音。あのメロディーは炊き上がりを知らせる音楽。

 僕は肩の力を抜くと、大きく息を吐いた。黴臭い匂いが僕の鼻を衝く。いつもの家の臭い。

 着替えて脱衣所を後にした。

 部屋に戻ると線香の香りが鼻を支配した。喉の奥が刺激される。微かに聞こえる羽音のような、耳鳴りのようなそれが、一瞬僕の耳を塞いだ。

 埃溜まりでは黒くて縞のある羽虫が亡骸を晒していた。細長い、微針のような足を上向けにして。

 遥か遠くで救急のサイレンの音だけが、微かに、僅かに響いている。


 そしてその日は何事もなく、一日を終えた。


 翌朝。

 僕は浴室で目を開いた。身体は湯船に半分埋もれている。

  アー …

 また、女性のようなあのか細い声が。何なんだろう。僕は身体を沈めた。分からない。

 あの声は― ァア― …

 外は陽が高く上がるに連れ、ジー…と茹だる様に蝉の声が満たしていた。

そして未だ謎の声「アー」は解明されず。

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