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九天狐第一席、数学に敗北す(観測不能点外伝)

掲載日:2026/05/01



私は数学が苦手だ。

だから今から、その原因を殺しに行く。


……待て。いま何を考えていた?

そうだ、除菌ティッシュで全身を拭っても数学は得意にならなかった話だ。


いいだろう、かかってこい。

君自身が挑戦者だ。颯爽と現るチャレンジャー、負けじと気取るリベンジャー——Fooooooo!!


……あれ、なんで二乗になるとグラフって曲線なんだっけ?


…………。


そこまで考えて、私は思考という名の試行を放棄した。


ムフフ……おもろい。


ああ、そうだ。私は妹の話をしていた。

ルヤ。銀髪碧眼の、可憐で愛くるしい、私によく似た美少女だ。


え?身内贔屓?うるせぇ黙って聞け。ぶっ飛ばすぞ。

……いや、ぶっ飛ばしたら話が聞けないな。じゃあ半分だけぶっ飛ばす。


で、重要なのはここからだ。

ルヤは——数学が得意なんだ。


……は?


圧倒的敗北感。

私は豆腐の角とところてんの角に頭を交互にぶつけながら、サンドバッグに拳を叩き込んだ。


そして気づけば、サグラート共和国最強の特殊部隊“九天狐”第一席。

どうだ、このサクセスストーリー。


感動しただろう。泣いたか?そうか、お前はいい奴だな。


……なあ。


明日、私に数学を教えてくれ。

割とマジで。



翌日夜のこと、妹は勉強を教えてほしいと無邪気な笑顔を湛えて、予測通り私の執務室に現れる。

私は引きつった笑顔で言った。「ちょっとだけお外で待っててね」


執務室に舞い戻った私は次の瞬間、死に物狂いで散らかり切った足の踏み場もない悲惨な汚部屋を片付けている。

あっ、失くしてた限定品フィギュアのパーツ見っけ、しまっておかなきゃああぁぁぁぁ!?


「お姉ちゃん......埃っぽいね」


妹の顔からは笑顔が抜け落ちていた。


そうして壮絶な経緯を経て無駄に立派で高級な執務室の机についた私と妹。暫しの沈黙。漂う気まずさ。

しかし嫌な予感に反して、共通語、国語、科学、社会科の勉強は捗った。私の得意分野だったからだ。どうだ見直しただろう妹よ。


「やっぱりお姉ちゃんはすごいね!」


そう嬉しそうに言って満面の笑みを浮かべるルヤ。

キャー!なにこのカワイイ生き物!?食べていい?

しかしそこでルヤが取り出した次の参考書に、私の視界は真っ黒に染まった。


........どうして数学はいつも、私を尊敬されるお姉ちゃんでいさせてくれないんだ。


「誰でもいい、教えてくれ。この不条理の倒し方を」


その夜、失意に沈んだことを姉に悟らせぬよう作り笑いを浮かべたまま、ルヤは帰っていった。


そして私はそこからダッシュで最寄りの書店で数学の参考書を買い漁り、徹夜で参考書を読み、問題に立ち向かい続けた。

だがそれでもやはり、関数や数列やベクトルという概念は、私には理解できそうもない。光明が見えない。


「私も、数学でルヤと同じ景色を見たいな.....」


ふと数字で一杯になり再び散らかった執務机から顔を上げると、時刻は午前5時47分を告げていた。

明日は.....もう今日か、今日は午前6時半から第8大隊の市街地戦闘想定訓練を教導しなければならないから、もうすぐ数学とはお別れしなければならない。


でも、このあと数分というリミットが、リミットブレイクの予感を私の脳にもたらして止まないのだ。

うおおおぉ!唸れ私の灰白色の頭脳~~!遂にいけるかもしれない実感が湧き始める。最後には確かに理解した気がした。


..........全っ然ダメでした。解答見てもよー分からんし答案の数字一つも合ってなかったわ。よし、訓練行くか仕方ない。

数学よ!お前は私を怒らせた。ゆめゆめその肉厚な事実をお野菜も忘れず、しらたきのように細っこくなって恐怖して良い出汁でも漏らしながら眠るがよい........今夜は寄せ鍋にしようそうしよう。


「……次は勝つ。たぶん。いや絶対……いや、まず教えてもらおう」



本作は『観測不能点 ― 名を与えられし変数 ―』の登場人物であるヤオの短編です。

本編も公開中ですので、是非お立ち寄りください。



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