創作じゃなかったのか
前回までのあらすじ
通り魔から友人を庇って重体となった三上正成は、戦国時代の武将、石田三成の幼少期に転生する。
歴史に詳しくない正成が三成について思い出そうとしていた時、石田三成の霊体と出会う。
太閤殿下に気をつけろと言い残し去ったあと、正成は――?
石田三成の霊体と出会い、その日のうちに別れてから半月ほど経った今、私は寺にいる。
いや別に放り込まれたわけではなく、れっきとした目的があっているのだ。
一つはやはり少し気まずいところがあること。
しょせん私は他人でしかないが、それを知る由もない家族に注がれる愛情が、どうにも慣れなくてときおり寺に行くことにした。
もう一つは本のために、だ。
一応石田家にもある事はあるが、数は多くないし、
そもそも紙自体が貴重で、現代のように潤沢なわけではない。
戦火で燃えることもあるため、本を多く所持し読めるところと言えば、寺なのだ。
うちの近くの寺だけかもしれないが。
佐吉少年も元々寺に通っていたらしい。
今まで通り一人で行きますと言った時に難色を示された以外は問題なく送り出してくれた。
そろそろ親離れ子離れの時期ではないかと思うのだが、私が大人だからなのだろうか。
とは言え、目を覚ましたことを泣いて喜ぶほど大切にされていた子を奪うわけには行かない。
しばらく子供に戻ってもいいのかも知れない。
……残念ながら捻くれていた記憶しかないのだが。
ぱらぱらと書物に目を通しながら、今後の身の振り方を考える。
佐吉少年は現在14歳。
そして何と桶狭間の戦いは13年前で、このままいくと私はあと27年しか生きれないということになる。
まいったなぁ、意外と短い。
本来の石田三成が40まで生きたことを考えると短すぎる、いや40でも現代人の間隔からすれば短いけど。
しかも最期が市中引き回しのうえ斬首って。
嫌すぎるだろ特に市中引き回しの部分。
残り27年の命(予定)で最期が斬首まではまだ良い。
だが市中引き回しだけは嫌だ。
絶対に嫌だ。
それだけは回避したい。
となるとまず関ヶ原の戦いを回避する必要があるわけだが、そもそも関ヶ原がなぜ起こったか。
徳川家康と対立してナントカカントカでなんやかんやあってで負けたのは知っているのだが。
詳しいことは何も知らないわけで。
徳川家康との対立を避ける為には—というかなぜ対立したのかもわからない訳で。
回避のために一番手っ取り早くできることはまず合わない事だが、まぁ無理だろう。
秀吉の部下である以上は。
――つまり市中引き回し回避のために一番効果的というかやりやすいのは秀吉に仕えないことだ。
そんな事出来るのかわからないけど。
というか仮に仕官しなかったとして他の道があるとは限らないわけだし。
……そう言えば彼はなぜあんな事を言ったのだろう。
『太閤殿下に気をつけろ』
石田三成が去り際に残した言葉が、どうにも胸につかえる。
太閤殿下というのは秀吉のことだろうが、なぜ秀吉なのか。
気をつけるべきは敵対した徳川家康のほうではないのか?
後世に残るレベルで嫌いだったんじゃ…嫌いなだけで注意の必要のない相手だったって事か?
――そんなわけないか。
となると逆を考えるべきだな。
必要条件と十分条件、命題の真偽。
数学の基礎だ。
石田三成と言えば忠義の人で、徳川家康と仲が悪い。
と言うのが世間一般の認識だろう。
なら逆だ。
もし石田三成が忠義の人ではなく、徳川家康との仲が悪くないとしたら?
気をつけるべき相手は秀吉になる。
とは言ってもどちらを証明するにしても確定している要素が少なすぎる。
断言することはできない。
世の中正確な正解のあるものなど多くはないが。
はあぁ、と人がいないのをいいことに盛大にため息をつく。
どうにもうまく行かないものだ。
もう少しゆったり生きれる人生を選べないものか。
戦国時代の時点で難しいかもしれないが。
とは言っても、現代人に戦国を渡るほどの野心が芽生えるわけもないし。
かと言ってやりたいことも無いし。
どうすれば良いものか。
見る気をなくした書物を指先で弄りながら、意味のない思考に沈む。
と、にわかに外が騒がしくなった。
折り悪く、和尚とそのお供の大人たちは用事で今寺にいない。
残っているのは先日来たばかりの小僧さんだけだ。
世話になっているとはいえ無関係の一般人が口を挟んで良いものか。
といって小僧さん一人には荷が重かろう。
ぐるぐると思考が渦を巻きながらも足は正確に騒ぎの中心へ向かう。
どうもお人好しの名残らしい。
「――どうしました? 」
寺の門の前、騒ぎの中心にたどり着く。
見れば、小柄な小僧さんを相手に、それよりは大柄の青年と大人が、小柄な男の前に立って押し問答—と呼べるか知らないが—をしていた。
奥の男が御一行の引率者だろうか。
わたわたと遠目に見ても分かるほど慌てている小僧さんに近づき声を掛ける。
「—―佐吉さん! 」
かわいそうに泣きそうになっている小僧さんを庇うように足を進める。
「生憎と、和尚始めこの寺の僧は留守にしておりまして。何用でございましょう」
誰だお前は、とでも言いたげな視線を盛大に無視して問えば、少し苛立った声が投げつけられた。
「和尚の不在は先程も聞いた! 」
分かってないようだから言ったのですがと返そうか迷っていると、青年が口を開いた。
「我らが殿が喉の渇きをうったえておられる。茶を所望したいのだが、そこの小物は覚えがないという」
そりゃそうだろう。
というかまず何を言っているかが分からなかったんじゃないのか。
—―私も何が言いたいのかよくわからないし。
「はあ、それで」
苛立ちを隠さない大人よりは話の通じそうな青年に、思わず口調が砕けてしまったがまぁいいだろう。結局この連中は何を望んでこんな寂れた寺で騒ぎを起こしているのだ。
「見たところそなたは寺のものではないようだが、もし覚えがあれば一服願いたい」
えー、とつまり、喉が渇いた人がいるからお茶が欲しいってことか……?
なんで井戸水じゃダメなんだ、あーそうだこの辺井戸水ないんだったんだ。
一人頭の中でボケツッコミを完遂する。
したくもなる。
前門のよくわからん一団、後門のおろおろする小僧さん。
詰みだ。
どうしてこうしてこうも私は運がないのだ。
「えーと、つまりお茶を一杯? 」
物凄く、面倒だったが聞いてみる。
「そういう事だ」
……なんかこの感じつい最近もした気がするな。
気の所為だと思いたいが。
まあいい、とりあえずお茶だお茶。
一杯で良いのかの確認だけして小僧さんを連れて下がる。
去り際に適当にかけてくれと声をかけていた小僧さんは将来きっと良い人になる。
そんなことを考えながら小僧さんが台所で湯を沸かすのを見る。
……ひょっとして。
この時代のお茶ってほうじ茶とか緑茶じゃないのか?!
おぼつかないながらも茶碗と一式を揃える小僧さんに、礼を言いながらはたと気づく。
あれか、茶道か、お抹茶か!
かろうじて心得があるのは幸か不幸か。
え、これどうしようやっぱ無理です白湯しか出せませんとか言うべき……駄目だこんな不安そうに見つめてくる小僧さん見捨てれないっ!
腹をくくって適当に茶碗に茶葉を放り込む。
まだ沸いてないが、あまり熱くても困るだろう。
柄杓で湯を注いで、茶筅を使って茶を点てる。
ちょっと湯が多い気がするがまぁ良いだろう。
「あの、大丈夫ですか……? 」
茶碗をもっていこうとすると不安そうに小僧さんが声をかけた。
まあ確かに不安要素しかないように思えるだろう。
「あー、まぁ、大丈夫ですよ、手伝ってくれてありがとうございます」
何がどう大丈夫かは私にもわからないが、無理に不安をあおる必要はない。
礼を言って茶碗を持つと、お呼びでない御一行のもとに向ける。
一杯でいいという言葉を信じて縁側に腰かけて休む小柄な男に茶を差し出すと、すさまじい勢いで飲み干された。
喉が渇いたというのは嘘ではなかったらしい。
湯が沸くのを待たなくてよかったなと一息ついたところで、茶碗を突き返された。
「うまい!もう一杯貰えるか? 」
一杯でいいって言ったじゃん、とは言えず、しぶしぶ茶碗を受け取る。
「っはい」
先ほどまで気が付かなかった腰元の刀が目に入る。
機嫌を損ねて首を刎ねられたら困る。
大人しく台所に引き返し、軽く椀をゆすいで茶葉を入れる。
「……どうでした? 」
不安そうな小僧さんが湯の具合を見ながら声をかけた。
「もう一杯ほしいと。……何か問題でも? 」
「いえ、その……お湯の量が」
先ほどの椀に入れすぎたか。
二杯分あるかないかの湯の量に、まさか三杯目まではないだろう、と高を括って椀に湯を注ぐ。
再びたてたお茶を差し出せば、先ほどよりは和らいだものの、かなりの速さで飲み干される。
――そんなに喉が渇いていたなら熱いお茶より冷たい水のほうがいいと思うんだけどな。
変な人だ。
茶碗を眺める暇があるならさっさと返して帰ってほしい。
どうも武士という存在は苦手だなどと考えているとようやく茶碗を返される。
「……もう一杯、頼めるか? 」
どれだけ喉が渇いているんだ。
「はい」
さすがに騒ぐわけにも行かず、大人しく茶碗を受け取って戻ると、小僧さんが駆け寄る。
「あのーまさか……」
そのまさかだ。
頷きながら茶葉の用意をしようとすると、それはそれは気まずい顔をした小僧さんの顔が視界に入った。
「どうかされ……」
「あの、もうお湯が無いというか……」
確かにさっきの一杯で残り僅かだったがそんなに……?
不思議に思いながら釜を覗けば、釜茹で地獄もかくやというほど煮えたぎった半杯分のお湯が見えた。
……多分あれだな、茶碗眺めの時間でこうなったんだな。
というか一人で三杯も普通飲まないし。
などと現実逃避している暇はなく。
「しょうがない。これでやるしか……」
柄杓に手を伸ばす。
「えっ」
驚愕した顔の小僧さんを、宥めながら湯を注ぐ。
「……大丈夫です、多分! 」
点てる側から感じる熱気が大丈夫ではないが、気にしない。
なんせ飲むのは私じゃないし。
大丈夫かなあと顔に描いた小僧さんに見送られ、三杯目をもって向かう。
腰掛ける男に差し出せば、先程までとは打って変わってじっくりと茶を飲まれた。
「……うまい」
そんな大層な腕前ではないはずなのだが。
ひょっとして舌がアレな人なのかな?
飲み終わったあともじっと茶碗を眺める男を心の中で酷評していると、慌てた和尚の声が門のあたりから響いた。
「は……羽柴様っ! 」




