もうこれが第一話で良いや
前回までのあらすじ
通り魔から友人を庇って重体となった三上正成は、目が覚めると知らない場所にいた。
体は縮み、違う名前で呼ばれる。
ひょっとして転生と言うやつか。
だとしてここは何処で、今の私は誰なんだ?
動けない中で何とか情報を集め、ここが戦国時代であること、そして自らが石田三成の呼ばれる人物に転生したと気付く!
本編短いです。
石田三成という名前を聞いて、人は何を浮かべるのだろう。
歴史の授業などろくすっぽ真面目に聞かなかった私は関ヶ原と検地しか出てこない。
ついでに言えばその詳細も知らない。
歴史に詳しい友人がこの場にいないことが悔やまれる。
居たら居たで色んな意味で困るのも確かだが。
なぜ困るかって?
私の名前は三上正成。
現代を生きる研究者で、ある時通り魔から友人を庇い、気がつくと転生していた。
転生先は戦国時代。
そう、私は今戦国時代にタイムスリップしたわけなのだ。
肉体が死んでいるあたり転生なのか憑依なのかタイムスリップなのかいまいちわからないが。
ともかく私は戦国時代にいるわけで、そんなところに現代での友人と会えるわけがないのだ。
いたら困る。
本当に、色んな意味で。
それはそれとして、彼女の知識を欲してやまないのもまた確かだ。
目覚めた先の名前は石田佐吉。
今が戦国時代であるならば、恐らく石田三成と呼ばれる人物の、成人前の姿なのだろう。
が、私はざっくりとした人生を知っているだけだ。
豊臣秀吉に仕えていた事、検地に関わったこと、人付き合いが下手で襲撃されて関ヶ原で負けて死ぬこと。
あとは戦も下手だった気がする。
古い記憶だから自信はないけど。
彼がどんな人物か、何をした人なのか、もしここに彼女が入れば嬉々として喋りだしただろうが。
生憎とここには私一人しかいない。
一人の寝室にしては広い部屋に、若干遠巻きにされる感じで寝かされ、世話になっている。
何だか手慣れている気がするのは気のせいだろうか。
などと意味の無い思考を続けながら、慣れない和服の衿を整える。
石田佐吉として目覚めたばかりの頃、完治には程遠い状態だった傷がようやく塞がり、体を動かしてもいいと言われたのが三日ほど前。
それでも安静にしていろと布団に寝かされ、昨日ようやく歩き回る許可を得て、分かったことがある。
この時代の人はみな背が低い。
おそらく平均身長は160程度ではないだろうか。
子どもとはいえ、嫌に背が低いと思っていたが、そもそもあまり背が高くならないのかもしれない。
――兄である正澄は現代でも通用しそうだったが。
この時代には遺伝という概念がないのかもしれない。
あるいは私が――佐吉が突然変異なだけかもしれないが。
それから、おそらく転生というより憑依に近い……気がする。
読めないはずの言葉が読めたり、さっさと気づくべきだったが、喋っている言葉は違うのに意味がわかる……というか私には現代で喋る言葉で聞こえる。
これは私がこの時代に転生したのではなく、あくまで戦国時代の人に現代の知識と記憶を持った魂が乗り移った、いわゆる憑依に近い……と思うのだが、どうなのだろう。
あまり詳しくないので――詳しい人がいても困るが――わからない。
仮に転生であるのならば、
これが転生特典ってやつになるのかも知れない。
便利だなあ、ものすっごく地味だけど。
まあ歴史と古漢文の授業を寝ていた私にこれから習得などできないだろうから、読み書きなどの能力を習得している身体で助かったと思うべきだろう。
のそのそと用意してもらった文机に近づく。
気まぐれに筆を墨に浸し、紙の上を滑らせる。
やはりと言うべきか、慣れた手つきでそこそこの字が紙に浮かぶ。
私に書道の経験がないあたり、この身体が記憶しているのだろう。
――今の私が何歳くらいなのかはわからないが、読み書きがある程度できるあたり、十一、二歳だろうか。
この身体は優秀な人物のものなのだろう。
私の記憶や経験がアドバンテージになると良いが。
難しいだろうなぁ、なんせ何も知らないんだもん。
こういうのってさ、記憶を書き出してそれを元に今後の身の振り方について考えるっていうのが王道じゃないの。
私何も知らないよ、と意味もなく心の中で愚痴りながら、紙に浮かんだ四文字を睨む。
『石田三成』
彼の人生や関係する事を思い出せる限り思い出して書き留めるために用意してもらったのだが、その必要はなかったのではと思うほど私の知識がない。
再び筆を執る。
仕方が無い。
この際戦国時代の出来事から書いてみよう。
今がどれくらいかは分からないが、石田三成の死は1600年の関ヶ原の後だろうから、それから……60年ほど前まで……といっても浮かぶのは1560年の桶狭間、1582年の本能寺、それから文禄·慶長の役くらいか?
さらさらと発生年のわかる年は年とともに出来事を描いていく。
この内、石田三成の主君である豊臣秀吉が関係してくるのはおそらく本能寺のあたりから。
となると……私の記憶を元に、佐吉の手がさらさらと未来を紙にとどめていく。
中国大返し、山崎、小牧・長久手の戦い……いつ起きたかは分からないが、少なくとも文禄慶長の役よりは前だろう。
検地だの刀狩だのはいつやったんだ。
本能寺すぐあとの理由はないし、関ヶ原直前でもない。
となると、1584頃からだろうか?
いや、全国規模ならもう少し早いかもしれない。
えーと……あとは名前だけ、賤ヶ岳。
これくらいか?
真っ白の紙を埋める黒。
関係する人物名を書き足したそれを見る。
主君である秀吉が表舞台に出てくるのは本能寺の後、つまり1582か3から1600の間が三成の主な活動時期だろうか。
短いように思えるが、戦国時代なら当たり前なのかもしれない。
それにしてもとんだ人物になってしまったものだ。
何が悲しくて負けて死ぬことが確定している人物にならなければならないんだ。
まぁ悠々自適の生活を送ることが確定していると面白くないとかそう言うことなのだろうが、当事者からすればはた迷惑でしかない。
どうせなら有り余る財と幸福の確約された人生を歩みたいというのが人の抱える永遠に望みだろうに。
逆境なんてクソ喰らえだ、第一戦国で負けた人間なんてごめんだろう!
負けて捕まってどうせ市中引き回しの上四条河原かは知らんけど斬首のちその場で晒し首だろ?
勘弁してくれよ!
『――惜しいな。三条河原だ』
広げた紙を前に、一人ぶつぶつと心の中で愚痴っていると、涼やかな、高い声が聞こえた。
――内容は凄まじく物騒だったが。
「……誰だ? 」
考え事に夢中になっていたとはいえ、足音のした覚えも障子の開く音を聞いた覚えもない。
人の気配には敏感な方だが何の気配も感じない。
顔を上げて声の主を探そうとすると、目の前に正座した小柄な男性がいた。
少し困ったように眉を下げた顔、まっすぐに伸ばされた背筋。
穏やかでありながら、気迫を感じる佇まいは、他者とは異なる雰囲気を醸し出していた。
……二重の意味で。
何せ透けているのである。
というかどう考えても壁を貫通している気がする。
確かに人の形が見えるのに、その奥の壁のシミまで見える。
間違いなく生きている人間じゃない。
先ほどの発言を併せて考えても。
そこまで思い至って口から飛び出そうになる悲鳴を必死に噛み殺しながら、目の前の人物を見返す。
何処かに面影を感じる。
今の私、石田佐吉の、その父である石田正継の。
正継と並べばああ親子なのだなとわかり、今の私と並べば、成長すればこうなるのだなと言う気がする。
で、あるならば。
そして先ほどの独り言――もとい愚痴への返答というか訂正を考えるならば。
この、人は。……人かどうかは不明だが。
「石田……三、成……? 」
『いかにも。私が石田治部少輔三成だ』




