逆に梅干しが浮かんだことを褒めてほしい
前回までのあらすじ
友人を庇って重体となった三上正成は、目を覚ますと戦国時代、後の石田三成である石田佐吉になっていた!
何やかんやあって秀吉のもとに仕官した佐吉は、初陣について悩むが、兄によって思い詰めすぎていたことに気づく。
一方で兄はかつての佐吉の思い違いをからかって――?
過去回想です。
遡ることはや一年と半年以上前、盗人猛々しいを地でいく少女をやたら手際の良いスリで兄上が捕まえたあと。
二人仲良く父上に絞られ、叱られた後に兄上だけ別途呼び出されていた。一晩中、恐らく処分について話し合っていたのであろうその翌日、どんな結論になったかを恐る恐る聞いた時のこと。
「それで……兄上、あの子供についてはどの様に」
裁定を下したのですか、と言外に問うなり聞き慣れない単語が出てきたのだ。
「あぁ、素破にな」
すっぱ?酸っぱ?
聞き慣れない単語を何とか知っている言葉に置き換えて咀嚼しようとした、方向性を間違えた努力の末。
「……梅干しでも食べるんですか?」
我ながら目を開けて寝ていたとしか思えない質問をしてしまったのだ。
もし過去に戻れるならば手拭いで引っ叩いてやりたいくらいだ。
今も目を瞑れば浮かんでくる。
あの、呆れを三歩ほど通り越した兄上の顔が。
「阿呆。素破……忍びのことだ」
忍び?忍者のことか?――Oh、ジャパニーズイズ忍者。
昔渡米したばかりの頃よく聞いたフレーズが頭を駆け巡る。
……そんな軽々しく関われるものなの忍者って。
「何を言っている。もともとお祖母様の方の縁が」
何故か疑問を読まれて受け答えされた事にも驚いたが、聞き捨てならない言い方に思わず口を挟んでしまった。
縁。まあつまり血縁だろう。
それがあるらしいということは。
「私にも流れているんですか?」
まるで当然の様に、何を今更という顔で返されてしまった。
「お前にも一応血は流れているぞ?」
何か含みのある言い方が凄く引っかかるが、まあそんな事はどうでもいい。
些細なことだ。
「私に?」
「ああ」
そんな馬鹿な。
「武芸はポンコツ運動も不得意ちょっと走ればすぐ息切れする、本当に武士の子供かも疑いたくなるようなこの私に?!」
「自分でいうか」
「否定はしないが」
そこはしてよ。
ちょっと盛ったんだから。
などと心の中でだけ不貞腐れている合間にも、淡々と告げられていく。
私は正直まだすっぱにする、のあたりから消化不良で、自分にも血が流れているのあたりに至っては噛み砕けてすらいないというのに。
「まあともかくそういう訳だ。相手の懐に入り込む手腕、手癖の悪さ、盗人猛々しい図太い根性……」
喧嘩売ってる?
思わず近くに当人が居ないか確認しながら、続く言葉を待つ。
心なしか何処からか湿度の高い視線を感じる気がしないでもないが無神経を決め込んで待つ。
「どれをとっても天性の才があるようにしか思えぬ。それゆえ、正式に仕込むことにした」
兄上兄上それ遠回しに喧嘩売ってませんかあと手癖の悪さは兄上も人のこと言えない……。
というかそんな簡単に決めていいのだろうか。
などと言おうか言わまいか迷ってる間にも再び聞き捨てならない言葉を紡がれた。
「ああそうだ、それから仕込み終わったらお前が面倒を見ろ」
「……ふぇ?」
人生初の理由のわからない奇声を発してしまったが私は絶対悪くない。
これで悪いとか言われたらグズる自信がある。
もうすぐ三十路だった男が全力で。
「お前にはまだつけていなかったからな。丁度いい。そもそもお前が目を付けた種だ、しっかりと責任は」
「待って待って待って下さい兄上!情報が多すぎます!と言うかその言い方じゃ兄上はもう」
まだつけていない?
どういう事だ、まるで一人はすっぱがつくのが当たり前とでも言いたげな。
責任云々に関しても最終的に首を突っ込んだのは兄上じゃないかと言う野暮なツッコミがでかかったりもしたが。
何よりお前はって。
それじゃあ兄上には、いや、まさか。
「私はそもそも修行を積んだ身だが」
「え」
なんだかとても失礼な反応をしてしまった気がするがしょうがない。
自分が今を生きていること以上の衝撃だ。
確かに家族であるはずなのに私は何も知らなかったのだ、という苦い衝撃と、身近に下手な有名人より有名な忍者がいたという衝撃。
今の今まで疑問に思わなかった自身の鈍さに今更呆れながら、先日の光景を思い出して脳に閃光が奔った。
「そ……それじゃああの無駄に無駄の無い無駄な手際の良い手癖の悪さは」
「手癖の悪さとは何だ。修行の成果だ」
何してんの?!
「阿呆だ!修行の成果をなにに使っているんですか貴方は!?」
いや知らなかった身が偉そうに言えたことでもすっぱの仕事が何かは何も知らないわけだが。
その使い道は流石に想定されていない気がする。
「何だ。私が私の意思で身につけた成果を如何に使おうと私の勝手であろう?」
「それはまあそう……かなぁ?」
何か違う気がする。
のだが、おっしゃておられる通り他人がとやかく言えることではないのも確かではある、気がする。
「ふ……変わらんな、お前は。昔から」
最後まで何かが釈然とせずに首を傾げて一回転させていた私は、兄上の呟きを聞き逃していた。
そして、何処か寂しそうで、何処か悟ったような全てを察した顔をしていたことに、気づかなかったのだ。
翌日から暫く食卓に梅干しが並ぶ度に視線でからかわれたりしたのだが、それはまあ恥ずかしいので別の話。
そして現在。
もの凄くからかいたそうな顔をしている兄を何とか追い返し。
一人になった事を良いことに、残された手紙を開ける事なく、一連を思い出して私は床で悶えた。




