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6 白い箱の中身と最後の小さな箱


 白い箱が開いた。2人で中を覗きこむ。

「これ……」

 自分とフォンの声が重なる。

 中に入っていたのは、帰るためのカギではなかった。


 大きな紙袋の中に畳まれている自分のドレスを引っ張りだす。そのポケットから、小さな箱を取りだした。開けると、そこにあったはずのものがない。


「白い箱に盗られていたものは、わたくしが持ってきていた指輪・・だったのですわね」

 半貴石がついた鉄製の小さなリングだ。今はもう、指につけることはできない。


「まだ持っててくれてたんだ……」

 彼が驚いたような、嬉しくて泣きそうなような顔になる。

「覚えていらっしゃるのですか?」

「もちろん。子どものころ、僕がトゥーンベリの夏祭りに行った時にエマに買ったものでしょ?」


「はい。懐かしいものを見つけたのでお見せしたくて。あの時は『この先で誰のものになっても僕を覚えていてね』って言って、左手の薬指に付けられましたわね」

「本当は僕のものにしたかったけど、絶対にできないと思っていたからね。こんな未来を掴めるなんて夢にも思ってなかった」

 笑って、フォンが指輪を白い箱から出して元の小箱に入れてくれる。


「白い箱の中にないなら、帰るためのカギはどこに行ってしまったのでしょう……」

「覚悟を決めてこの世界での生き方を模索しようか」

「嬉しそうですわね?!」


「エマの家族に心配させるのは悪いと思うけど、僕はエマがいればそれでいいから」

あなたのお母様(アウラさま)お兄様(ニゲラさま)も心配されると思いますわよ」

「うん。帰れるならもちろん帰るけど、帰れないなら仕方ないよねって話」

「申し訳ありません……」

「何度でも言うけど、僕はエマがいればどこでもいいから、気にしないで」


 ピンポーン。

 聞いたことがない音が高らかに響いてビクッとした。

「なんの音でしょうか……?」

「なんだろうね」

 フォンが警戒するように扉を見る。

 もう一度、ピンポーンと高らかに鳴った。それから、ドンドンと扉を叩く音がして、かすかに男の声が聞こえてくる。


「おーい、いるかー? いちゃついてるところ悪いんだが、必要ないかもしれんぞ。必要なくてもいちゃつきたいかもしれないが開けてくれー」

 フォンと顔を見合わせる。フォンが扉を開けると、ブロッコリーもといモジャがいた。


「アンタらが探しているのはコレか?」

 差し出されたのは、間違いなく、帰るための小さなカギだ。

「ありがとうございます! どこにありましたの?」

「俺の髪の中に引っかかってた」

「え」


 改めて思い返してみる。白い箱を見たあと、ブロッコリーの中に手をつっこんだ。驚いて手を引っこめた時に落としたのだろう。

 羽根のように軽いカギだった。モジャがなかなか気づかなかったのは仕方ない。


「ううっ……、重ね重ね申し訳ありませんわ……」

「ははは。僕は役得だったから、なんなら今度は本当にカギが交換ボックスに入ってもいいけどね」

「毎回条件が違うようだからな。やめておけ」

 モジャが心底困っているというように深くため息をついた。



 お菓子のスーパーで、3人で持ち帰れるいっぱいになるくらいお菓子を買いこんだ。どれもこれも美味しそうで、本当は全部買い占めたいけど、食べきれなかったら食べ物に申し訳ないからセーブした。

 最初に食べさせてもらった動物の絵のお菓子だけでも3種類も味があった。チョコといちごと季節限定品だ。食べるのが楽しみすぎる。


「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

「なんだ、もういいのか? カネはまだあるだろ」

「僕ももっと居たいけど、戻れるなら夕食くらいまでに戻っておくのが無難だからね」

「モジャ様、とても助かりましたわ。残りのお金はどうぞ案内料として受け取ってくださいませ」

「いや多いだろ」


「紙とか稀少じゃない鉱物とかは持ち帰っても役に立たないから、貰っておきなよ」

「あ、記念に1セットだけいただけると嬉しいですわ」

「そういうことなら」


 ホテルの部屋に戻って元の服に着替える。買ってもらったこっちの服も、記念に持ち帰ることにした。

 人目があるところでカギを使わない方がいいと言われ、チェックアウトはモジャに任せてホテルの部屋で帰る扉を開くことにする。


「それでは、ごきげんよう」

「おー、達者でな」

「生きているうちに彼女ができるといいね」

「余計なお世話だ」


 2人で山のような荷物を抱え、片手を重ねて、一緒に小さなカギを空中に差しこむ。カギを開けるかのように回すとガチャリと音がして、この世界に来た時と同じように光る扉が現れた。



 戻った先は出発地点と同じ、城の貴賓室だ。


「申し訳ありません、ミズキ。急に何時間もいなくなって心配をかけましたわよね」

 控えている自分の付き人に声をかける。

「いいえ、アリサ様。アリサ様はずっとここにいらっしゃいましたよ?」

「え」

 驚いて時計を見る。

 ここを出たはずの時間とまったく変わっていない。


「急に現れたこの謎の物体たちは危険物かもしれません。すぐに処理します」

 ミズキが暗器を手に、お菓子が大量に入った袋に迫る。

「待ってくださいませ、ミズキ! これはわたくしのお菓子ですわ!」

「お菓子……?」


「ははは!」

 フォンの笑い声が響いた。

「この時間に戻れるってわかってたら、もっと向こうに居ればよかったね? 1年でも2年でも」

「さすがにそれは長いと思いますが、わたくしももっとお菓子を食べてくればよかったとは思いますわ……」


 見やると、大きな箱の中にカギはなく、代わりに崩れた破片が入っている。キラキラとした金色の粒は小さなカギだったものだろうか。

 最初にフォンが「1回しか使えないらしい」と言っていたのはこういうことだったのかと理解する。


「長い誕生日になるね」

「はい。とてもステキな誕生日ですわ」

「じゃあ、最後のプレゼントね」

 彼が笑って、3つあったうちの一番小さな箱を開ける。片手に中身を持ち、もう片手で左手を取られた。


「アリサ・エマ・トゥーンベリ嬢。僕、フォン・シオン・テオプラストスは、すべての世界の万物よりきみを愛してる。永遠に僕のものになってくれる?」


「はい、喜んで。わたくしもあなたを、万物より愛しておりますわ」


 左手の薬指に、大きなダイヤがあしらわれた指輪を嵌められる。エメラルドカットのそれは、マシュマロを横に置いたかのようだ。


 将来を誓う婚約指輪。

 幼い日には決して思い描けなかった未来へと、改めて2人で新しい一歩を踏み出した。




 Fin.


お読みいただき、ありがとうございました!


もしよければ、

『追放令嬢の妹には復讐の才能がない! そして復讐相手は愛が重い』=フクサイなし!

シリーズ本編で、アリサとフォンのあれこれに触れていただけると嬉しいです。

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