5 いちゃいちゃって、これであっておりますの?
白い箱を持って、モジャが予約してくれていたホテルに移動した。シティホテルというものの少しいい部屋だそうだ。
「それじゃあ、あとはおふたりさんで」
完全に他人事のように言って、モジャがあくびをしながら帰っていった。
自分たちが元々着ていた服や装備と、金貨を換金したというこの国のお金、このホテルから一番近いお菓子のスーパーの地図を置いていってくれた。
部屋にはソファとテーブル、『テレビ』だと教わったものがある。そしてその真ん中には、ダブルベッドがドンと鎮座している。
自分たちの世界に帰るためのカギが『交換ボックス』という白い箱の中に入ってしまったらしい。開けるためには、『恋人を作っていちゃいちゃ』しないといけないそうだ。
(この部屋でフォン様……、シオンといちゃいちゃ……?)
どう考えても、ものすごく恥ずかしい。心臓がバックバクで、全身が熱い。
「おいで、エマ」
恋人や夫婦でしか呼び合わない特別な名前で呼ばれる。ベッドに腰掛けた彼は落ちついて見える。自分だけドキドキが収まらないのだろうか。
おずおずと彼の横に座る。
と、大切そうに抱きしめられる。少し低い位置、彼の胸元に耳がくれば、その心音が聞こえた。
(シオンもドキドキしておりますの……?)
「いちゃいちゃするって、どこまでなんだろうね……?」
熱を帯びたような音が耳に落ちる。そのまま耳の先に唇が触れた。背筋を思いが駆ける。
「……時々箱を開けてみるしかないかと思いますわ」
「うん。僕にはそんな余裕ないと思うから、お願いね?」
自分にもないと思う。そう答える前に口で口を塞がれる。
軽く触れあうフレンチキスを何度かもらって、それからゆっくりとキスが深まっていく。溶けあっていくような感覚が愛おしい。
彼の手が薄い服の上から背を撫でて、大切そうに腿に触れる。愛されて求められているようで、全身に熱が広がっていく。
何も考えられなくなる前に確かめないとと思って、隣に置いた白い箱に触れる。フタは開きそうにない。
(これではまだいちゃいちゃが足りませんの?)
どこまで。
彼が言った言葉が思考を溶かす。大人がどんな関係を持つのかを、知識として知らないわけではない。
けれど、結婚してからのそれは、まだずっと先だと思っていた。想像するだけで恥ずかしい。恥ずかしいのに、彼のすべてが欲しいとも思う。
「開かなそう?」
「はい……」
答えた声が自分のものではないかのように響いた。
抱きこまれて横たえられ、首筋から鎖骨へとキスが落ちていく。
「直接触っていい?」
音にできなくて、ただ小さく頷いた。
彼の指先が、本当にいいのかと確かめるようにそっと肌に触れてくる。
小さいころに重ねた手とは違う。いつの間にか力強くなっていた大きな手が、腹部から胸へと滑りこんで、包みこんでくる。幸福感と愛しさが広がる。
「……止まれなくなりそう」
「ん……」
何度目だろうか。覚えたばかりの大人のキスが、今の自分たちの一番深い繋がりだ。撫でられながらもらうそれに、どこまでも彼に染められていく感じがする。
いくらかの時間をそうして、彼がゆっくりと離れた。
「ごめん。ちょっと頭冷やす。責任を取る気しかないけど、もしもがあったらエマが学舎に居られなくなっちゃうからね」
「シオンが2年も待つなんてムリだとおっしゃっていた気持ちが、すごくわかりましたわ……」
つぶやいたら彼が降ってきた。愛おしそうにキスを求められる。頭を冷やすのではなかったのかと思うけれど、とても嬉しい。
「……いちゃいちゃっていう表現だと、さすがに足りたと思うんだけど」
「開けてみますわね」
白い箱を手にして、フタを開けようとした。が、接着剤でくっついているかのようにびくともしない。
「これって……」
大人の階段を上らないといけないということなのか。だとしても、それはさすがにマズいのはわかっている。
彼がじっと考えこむようにしてから、ひとつの仮説を口にした。
「もしかしたら、『いちゃいちゃしろ』の主体が、この箱を認識したエマっていう可能性はあるかな?」
「主体、ですの?」
「うん。僕たちはいちゃいちゃしてたけど、僕がエマにいちゃいちゃしていたとも言えるでしょ? もっと先を試す前に、エマが僕にいちゃいちゃするのを試したらどうかなって」
「わたくしがシオンに……?」
言っていることはわかった。確かに、さっきまでは「されて」いた。自分からは何もしていない。
わかったけれど、わかったからこそ、わかった瞬間に、ものすごく恥ずかしくなった。
(待ってくださいませ、わたくしからなんて、そんなはしたないこと……っ)
「エマがかわいすぎて僕から手を出したい気持ちは山々だけど……、ガマンするから、ね?」
「カギを取り出して帰るためには必要、なのですものね……」
熱すぎて自分の原型がわからなくなりそうだ。けれど、ここはがんばらないといけないだろう。
そっと彼の上に乗る。彼がしてくれたことを思い浮かべながら、頬にキスをして、軽く耳を食んで、首筋へと唇を滑らせる。
「きもちい……ですか……?」
「これガマンしてるの頭おかしくなりそう……」
「え」
「続けて?」
「ん……」
服の中に手を入れて、彼の体をなぞる。自分とはまるで違う鍛え上げられた硬さにドキドキする。
手に手を重ねて、愛しい指先にキスを落とす。
これであっているのかはわからない。ただ、愛しさが加速して、もっと触れたいと思うがままに彼に触れていく。
「エマ……」
「はい」
「キスしたい」
「……はい」
そっと唇を触れ合わせる。それから、初めて自分から大人のキスを求める。
ふいに、もう離さないと言うかのようにぎゅっと抱きしめられた。
「愛してるよ、エマ」
「わたくしも……」
「もう、いいかな?」
白い箱のことだろうと思ったけれど、抱きしめられた腕が緩まなくて確かめられない。
思いがけない言葉が続いた。
「父上の権限を使って学舎を1年で卒業したことにしちゃおうか」
「え、ちょっ、シオンっ……」
抱きすくめられたまま上下を入れ替えられる。密着した状態で深いキスを求められて、彼の指先がゆっくりと降りていく。
伸ばした手に、硬いものがあたった。触れると、さっきまでびくともしなかった箱のフタが持ち上がる。
「……箱、開いたみたいですわよ?」
「それは残念」




