4 すばらしきこの世界、気づいた失くしもの
目の前に色とりどりのケーキが並んでいる。馴染みのある感じのものから、まったく初めて見るようなものまで、何十種類も。どれも細部まで凝っていて、とてもキレイだ。王宮のケーキにも劣らない。
全部ひと口サイズなのも嬉しい。いろいろな種類が食べられるように工夫されているのだろう。
それだけでも凄いのに、更に見たことがないものが目に入る。
「チョコレートが流れていますわよ!」
「チョコレートファウンテンって言うらしいぞ。そこにある果物やクッキー、マシュマロとかに絡めるんだ」
「最高ですわね!」
「帰ったらこういう魔道具を開発させてみようか」
ここに天国はあった。スイーツ食べ放題の店だ。入るのに1時間待つと言われた時には驚いたけれど、待つ以上の価値はあった。
「『見たことも食べたこともないような、おいしいお菓子がたくさんある世界』、最高ですわ……!」
「そいつはよかった」
「席を別にできたらもっとよかったのに」
「この店で俺が1人席とかどんな拷問だよ」
「1度しか来られないのが残念ですわね。帰らないわけには参りませんし」
「1度しか来られない?」
「はい。フォン様が見つけた古代の魔道具は、1度しか使えないものだと」
「そうか。そいつはよかった」
「よくありませんわ」
2度と来られないこの場所とお菓子の味を、しっかり覚えて帰るしかないだろう。ひととおり食べて、気に入ったものはリピートする。
「……お嬢様の腹は底なしか?」
「別腹が5個くらいはありそうだよね」
「牛より多くなっておりますわよ?! わたくしの胃袋はひとつですわ」
「いやひとつで収まる量じゃないだろ……。なんでそんな細いんだ……」
「アリサは入れれば入るけど、普段から多いわけじゃないよね」
「そうですわね。なんでもほどほどがいいと思っておりますわ」
「ほどほど……?」
「今日は特別なのですわ!」
そんな話をしながら食べ続けて、お腹の限界と制限時間がほぼ同時に来た。残念だけど、満足だ。
「お菓子専門のスーパーに寄って、予約したホテルにチェックインってとこでいいか?」
「はい! ありがとうございます」
「どうやって帰るのかは知らないが、帰る前にはちゃんとホテルをチェックアウトするんだぞ。じゃないと部屋を借りっぱなしってことになるからな」
「わかりましたわ。帰る時にはこの小さなカギを……、カギを……?」
瞬時に血の気が引いた。
帰るための小さなカギがない。
(待ってくださいませ。いつから持っていませんでしたの???)
必死に記憶をたどる。
この世界に来たときにはあったはずだ。
最初にお菓子を食べたときは? --もう持っていなかった。
「アリサ?」
「申し訳ありません、フォン様、モジャ様」
「門司矢な」
何度か訂正されているけれど、うまく発音できないのだ。申し訳ないけれど横に置いておく。
「わたくし、帰るためのカギをモジャ様のお宅でなくしているようですわ……」
「家の中なのは間違いないのか?」
「はい。最初にお菓子をいただいた時にはもう持っておりませんでしたので」
「なら、外でなくしたよりマシだろ。戻るか」
「ありがとうございます」
とんだ失態だ。申し訳なさすぎる。
「帰れなかったら帰れなかったで不可抗力だからしかたないよね」
フォンがキラキラしている気がする。落ち込まないように気を遣ってくれているのだろう。
「ありがとうございます」
ブロッコリー畑、もといモジャの家に戻る。建物自体は王宮の庭にあった離れくらいの大きさなのに、なんで部屋をあんなに小さくしているのかが謎だ。
雑然とした部屋の中を3人で探していく。
「どんなカギなんだ?」
「わたくしの小指くらいの大きさで、とても軽く、キレイな金色をしておりましたわ」
「色は目立ちそうだが、サイズが小さいな」
「ここに来てからの行動を振り返ってみようか」
「そうですわね。フォン様がカーテンを開けられて、ローテーブルを見て、あの黒い板を見て」
「テレビな」
「その台に白い箱があるなと思って、それからブロッコリー……」
「待て。白い箱?」
「はい。白い、立方体ですわ。あそこに」
「マジか……」
示した物体を持って確かめたモジャがわかりやすく頭を抱えた。
「どうかなさいまして?」
「落ちついて聞いてほしいんだが。コレは、俺の持ち物じゃない」
「モジャ様のものではありませんの?」
「門司矢だ。コイツについては報告を読んだことがある。俺たちは『交換ボックス』と呼んでいる」
「交換ボックス?」
「あー、迷惑この上ない話なんだが。箱に遭遇して最初に認識した人物から、『何か』を奪う箱だ。で、この箱に貼られている紙に書かれていることをクリアしないと開かない」
「では、わたくしが持っていたカギは……」
「これを見て失くしてるんなら、この中に入っている可能性が高いだろうな」
言って、モジャが軽く箱を振る。カラカラと小さな金属質のものが入っている音がする。大きさ的にも、ちょうどカギが入りそうだ。
フォンが獲物を見るように目を細めた。
「その紙にはなんて書いてあるの?」
「『恋人を作っていちゃいちゃしろ。できるものなら。』……どう見ても俺へのイヤガラセだな。一生かかっても開けられる気がしないが、お嬢様が代わりに見たんなら話は別だろ」
「えっと……、つまり……?」
「この箱の中身を取り出したければ、お嬢様がそこの王子様といちゃいちゃしろ、ってことだ」
(いちゃいちゃ?!)
響きだけで顔が熱くなる。
(いちゃいちゃって、どうすればよろしいの?!)