第7話 これから
「やっと着いた……」
外はすっかり暗くなっており、涼しい風がすっとイーリィアの髪と顔を撫ぜる。
新鮮な空気と開放感に酔いしれる事も出来ず、その場でへたり込んでしまった。
外に出られた安堵よりも目まぐるしい変化に気持ちがついてこないのだ。
(これから、どうしよう。何から手を付けたらいい?)
やる事はたくさんある。
ギルドに行って仲間が皆いなくなってしまった事を報告して、チームを解散させなくてはいけない。
その後は自分の進路だ。荷物もお金も伝手もなく、どうやって生きていったらいいだろう。
仲間がいなくなってしまった経緯も事細かに聞かれるだろうけど、果たしてうまく説明できるだろうか。
自信がない。
「大丈夫か?」
へたり込むイーリィアをベルフィリオは心配そうな顔で見つめる。
キトンもそっと側に寄って、慰めるようにイーリィアの手をぺろぺろと舐めた。
「大丈夫です。ただ、ビリーさん達がいなくなった事を皆に話さなければと思って」
ははっと力なく笑うイーリィアを見て、ベルフィリオは意外そうな顔をする。
「そっちの方を憂いていたか……てっきり俺は別の事かと」
「別な事、ですか?」
思い当たる事がなく、イーリィアは首を傾ける。
「俺が魔族だと知っても君は怖がらないのだなぁと」
「えっと、そうですね」
色々あり過ぎて感覚が麻痺していただけなのだが、どうやらベルフィリオにはイーリィアがあまり動揺していないように見えたようだ。
確かに先程までは怖かった。
けれど今は普通? の格好だし、キトンのお陰もあってかそこまで恐怖を感じていない。
それにベルフィリオはビリーとかと違ってイーリィアに優しくしてくれる。
(魔族とか人間とか関係なく、優しくしてくれるのは嬉しいよね)
イーリィアを見捨てた人間よりも、助けてくれたベルフィリオに惹かれるのは仕方ないと思う。
ベルフィリオはイーリィアの命の恩人だ。
「ベルフィリオさんはベルフィリオさんですから、怖くないです」
魔族だからなんて、イーリィアにはもう関係なかった。
どうせ罠にかかった時に落とした命だ。今、仮に食べられたとしても仕方ない。
(痛いのは嫌だから、どうせ食べるのなら思い切ってひと飲みにして欲しい)
ビリーの最後を思うと身震いしてしまう。
「無理しなくていい。本当は怖いだろう」
震えるイーリィアを見てベルフィリオは悲しそうに微笑む。
「もう君に会う事はないから安心してほしい」
「え?」
(ここでお別れって事?)
意味が分からなくて思わず二人の顔を交互に見遣る。
「ぼくたちはまた別のダンジョンに行くのにゃ。この辺りには目ぼしいダンジョンもないし、ここに来るとしてもだいぶ先になってしまうのにゃ」
キトンは名残惜しそうにイーリィアに頬擦りをする。
「イーリィアに撫でてもらうの本当に気持ちよかったにゃ、ありがとにゃ」
「キトンちゃん……」
イーリィアは寂しさに涙を流してしまう。
「俺達は魔族だ、これ以上一緒にいない方が良いだろう。それにイーリィアは魔物と戦うには向いていない、故郷に帰って静かに過ごした方が良いだろう」
「そんな……でも私、まだ何も恩返しできてません」
離れようとするキトンを抱きしめ、イーリィアはベルフィリオの服を掴む。
「ベルフィリオさんには命を助けてもらったんです。この恩を返すまでは、絶対に離れませんから」
「いや、そんな事はしなくていいんだが……」
「それでは私の気がすみません!」
ベルフィリオの言葉を遮り、イーリィアがぐいぐいと詰め寄る。
「私の罠感知は絶対に役立ちます、それに弓の腕だって悪くないはず。キトンちゃんのマッサージだって任せてください」
「うぅ、それは魅力的にゃ」
イーリィアに抱かれたままなでなでされ、キトンは思わずうむむと唸る。
「それにこのまま故郷に帰っても、お金もないから家族の負担になるだけ。それならベルフィリオさんのお手伝いをしながらダンジョンについて学んでいった方が、はるかに為になります。でもそれは私の都合なだけですから……もしも役に立たないと感じたその時は」
イーリィアは決意を込めた目でベルフィリオを見つめた。
「食べちゃってもらって構いません」
「……そういう事は軽々しくいうものではない」
さすがにその発言は聞き流すわけにはいかず、顔を顰める。
「それくらいの覚悟だという事です。何でもしますのでよろしくお願いします」
いまだその腕にキトンを抱いたまま、頭を下げた。
「命乞い以外で何でもすると言われたのは、初めてだ」
ベルフィリオは呆れたように笑う。
「わかった。キトンの心も取られてしまったし、君の気が済むまでついてきたらいい」
その言葉にイーリィアの顔はぱぁっと明るくなる。
「本当ですか? ありがとうございます!」
「ただし無理だと思ったらすぐに離れるように。また怖い目に合ってしまうからな」
「気を付けます!」
イーリィアは落とし穴に落ちそうになったことを思い出すが、ベルフィリオは別な事を考えていた。
(人が食べられそうになっているところを見ても魔族についてこようなんて、余程覚悟をしてくれてるのだな)
ベルフィリオはイーリィアの強い覚悟に、ついてくるのを了承する。
「ではまずはイーリィアの懸念を解消してこよう。ギルドとやらに案内してくれ」
「一緒に付いて来てくれるんですか?」
イーリィアの声が目に見えそうな程明るくなった。
「一緒に行って話をさせてもらう。いろいろと都合の悪い部分は隠させてもらうからな」
ベルフィリオが魔族である事や、ビリーをボスに喰わせた事など、絶対に言えない部分がある。
そんな事を言ってしまったら討伐対象として即拡散されてしまうだろう。
「イーリィア一人では心配だからな、また罠にかかるかもしれないし」
「……うぅ。でも。私も心配です。何を言ったらいいのか、頭真っ白になりそう」
どう言ったらいいのか、あちこち聞かれたらパニックになってしまいそうだ。
「それに、仲間に裏切られたとは自分の口からは言いづらいだろうからな。そこは絶対に伝えてくる。イーリィアの名誉の為に」
「ベルフィリオさん……」
ベルフィリオが自分を気遣ってくれるのがわかり、イーリィアは申し訳なさを感じる。
ビリー達の悪行を言うのは簡単だ。けれどそれを信じてもらえるかはまた別で、もしかしたらイーリィアがビリー達を見捨てたと言われかねない。
新人であるイーリィアが助かり、ベテランであるビリー達が死んだ、と報告するだけでは信じがたいだろう。
「じゃあ行こうか」
「はい」
イーリィアはベルフィリオの隣に歩み寄り、その頼もしい横顔をそっと見上げる。
恩人でありながらも人類の敵である魔族、そんな彼と旅をすることが良いとは言い難いかもしれないけれど、誰に言われたとて止めようとは思わない。
実際にイーリィアを助けたのは人ではなく魔族である彼だけだったのだから。
「ついでにご飯も食べたいにゃ」
イーリィアに抱っこされながらキトンは毛づくろいを始める。
話をしなければただの猫であるキトン、最高の同行者をイーリィアはまた優しく撫でる。
二人と一匹は別なダンジョンを目指して進んでいく。
仕事と恩と毛づくろいの為に。
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