第6話 人と魔族
「ベルフィリオさん、助けて!」
思わず声を上げて入ったものの、ここはダンジョンのボスの部屋、イーリィアは自分のした失敗に気が付く。
(こんな大声で入ったらいけないわよね)
ベルフィリオの仕事の邪魔をしてしまう上に、自分もボスに見つかってしまうという事をすっかり失念していた。
恐る恐る部屋の奥を見ると、二人の魔族が対峙したままイーリィアを見つめている。しかもそこにベルフィリオの姿はない。
「キ、キトンちゃん。どうしよう」
最悪な状況にイーリィアは震える。
二人の魔族はイーリィアを真っ向から捕らえており、進むことは出来そうにない。かといって部屋から出ればビリーに捕まってしまうだろうと、イーリィアはどうしたらいいかわからず、硬直してしまった。
だがキトンはそんな事関係なく大声で叫ぶ。
「主様、助けてですにゃ! イーリィアを裏切った奴が来るにゃ、ストーカーにゃ!」
「何?」
一方の魔族が反応を示した。
頭に大きな二本の角があって、背中には羽が生えている。けれど文様が入っているその顔には見覚えがあって……
「ベルフィリオさん?」
まさかと思ってそう言うと、魔族はハァとため息をついた。
「内緒にしておこうと思ったが仕方ないな。緊急事態だったのだろう、おいで」
手招きされイーリィアは駆け寄ろうとしたその時、扉が勢いよく開けられた。
「待て、イーリィア!」
追い縋って来たビリーが手を伸ばし、思わず振り向いてしまったイーリィアに触れそうになる。
「邪魔にゃ!」
キトンの一声で魔法が発動、ビリーの身体は触れる前にはじき飛ばされる。
その隙にイーリィアはベルフィリオの元へと駆け寄った。
「こいつは……あの時の男だな」
ベルフィリオはイーリィアを後ろに下がらせ、男を見る。
「一人生きていたか、しぶといな」
「何故知っているのですか? 彼の仲間が死んでしまった事を」
ベルフィリオの言葉にイーリィアは訝しむ。
「昨夜食料を探しに出かけた時、罠にかかり、ゾンビに襲われて死んでいるのを見かけた。てっきりこいつも死んだものかと思っていたんだが」
その言葉にイーリィアは身を震わす。
「うそ……ビリーさんは、罠にかかったなんて言ってないわ」
「認められなかったんだろう。素直にイーリィアの話を聞いていれば、そんな目に合わなかったという事を」
「イーリィアが悪いんだ!」
唐突にビリーが叫ぶ。
「イーリィアがきちんと言えば、俺達は罠の回避が出来た。それなのに言うのを怠った、だから俺達はやられたんだ」
ベルフィリオはビリーの言い分を鼻で笑い飛ばす。
「とんだ子どもの言い訳だな。イーリィアはしっかりと教えてくれていたよ。信じなかったお前達が悪い」
青ざめるイーリィアを庇うベルフィリオに、ビリーは苛立つ。
「魔族なんかに、何がわかる!」
「わかるさ。少なくとも、お前みたいな間抜けよりもな。イーリィアのおかげで、俺達は罠にかかることなく進むことが出来た。彼女には感謝している」
「ベルフィリオさん……」
あくまでもイーリィアを庇うベルフィリオに、ビリーは笑い声をあげた。
「イーリィア、お前魔族の味方をしたって事だな。この事をギルドに報告したら、どうなるか分かってるだろうな」
形成逆転とばかりに尚も高声をあげる。
「魔族に加担したなんて知られたら、ギルドにいられない。それどころか、お前みたいな人類の敵を生み出した故郷にも兵が行くだろう。下手したら地図から村が消える、なんてこともあるよな」
にやにやと底意地悪く笑うビリーに、イーリィアは震える。
「言われたくなければ戻ってこい。仲間が集まるまでお前で我慢してやるよ」
(この人、本当に最低だわ)
一体どちらが魔族だというのだろうか。
自分で切り捨てたくせに、都合が悪くなると脅し、従わせようとしてくる。
おぞましさにイーリィアは拳を震わせた。
「勝手な事を言うな。イーリィアは俺の仲間だ」
ベルフィリオはビリーを睨みつける。
「一度裏切っておいて戻るわけがないだろう。この間抜けが」
「主様、しかもこいつ、イーリィアが罠から庇ってくれたのに、助けもしなかったのですにゃ。極刑ですにゃ!」
キトンの言葉にベルフィリオの表情が変わる。
「そうか、お前だったか。てっきりあの女かと思ったが……」
殺意が部屋中を占める。
「イーリィアの苦しみを味わうがいい」
「ひっ!」
ベルフィリオの雰囲気にビリーは駆け出すが、時すでに遅い。
いくら押しても引いてもドアは動く事はなく、そして辺りには冷気が立ちこめてくる。
「開かない、だ、誰か!」
懸命に叫び声をあげるものの、助けようとするものはもちろんいない。
行き場を失くしたビリーに向かい、この部屋の主が近づいていく。
「折角の食料、逃がすわけがないでしょう?」
ボスであるリッチーが舌なめずりする。
「ベルフィリオ様、良ければこの男。あたしがもらっても構わないでしょうか?」
「あぁ、構わない。ただし分かっているな?」
「えぇ、もちろん。じっくりゆっくり苦しめて頂きますよ」
リッチーの言葉にベルフィリオは頷く。
本当は得物を譲りたくはなかったが、このダンジョンのボスであるリッチーの邪魔をするわけにもいかない。
仕方なく条件をつけて妥協する。
「い、嫌だっ、そんなのごめんだ!」
逃げようとしたが、足がもつれ転倒してしまう。その間に分厚い氷がビリーの足元から這い上がり、徐々にその体を凍らせ始めた。
ベルフィリオの魔法だ。
「イーリィア、行こう」
「待ってくれ! 助けて、イーリィア!!」
縋るビリーを見ないようにして、イーリィアはベルフィリオの手を取る。
「たっぷりと可愛がってもらえ」
半分だけ凍らせたビリーを一瞥し、ベルフィリオはリッチーに目だけで合図をする。
「ベルフィリオ様、ありがとうございます。さてまずは目が良いか、指がいいか……どこから喰らってあげようかしら」
イーリィアはそれ以上聞かないように片手で耳を押さえ、ベルフィリオの手を強く握って、部屋を後にする。
ビリーがどうなるか……想像するだけで吐き気をもよおしてくる。
自分が見捨てたからではないかという罪悪感が激しい。
「気にするな。一人になった時点で、あいつはここから生きて出られなかったよ」
「そうにゃ、イーリィアを見捨てた時点で、終わりなのにゃ。自業自得にゃ」
ベルフィリオとキトンの励ましに、イーリィアは頷くことは出来なかったけれど、代わりに二人の手を握る。
(どのみち私では救えなかった、よね)
イーリィアとて、キトンとベルフィリオがいなかったら、死んでいたのだから。
けれど、どうしても心の痛みは消えなかった。