第2話 人助け
「すみません、取り乱しちゃって」
ひとしきり泣いて、ようやく少女の涙は止まる。
「命の危機だったんだ。仕方なかろう」
ベルフィリオが付くのが遅かったら、恐らく少女は本当に死んでいた。
「しかし君の仲間も薄情だな、罠にかかってしまったからと言って、本当に置いていくとは」
少女はしょんぼりとした顔で俯く。
「とにかく気を付けて帰るといい。今から追いかけたとて、もうどこに行ったかもわからないだろう」
(キトンに匂いを辿ってもらえば追い付けるだろうが、それが良い事とは思えないからな)
一度見捨てた相手が戻ってきたとして、また仲間として受け入れてもらえるとは思えない。
「あ、あの。迷惑とは思うのですが、私も一緒に連れて行ってください!」
拳を握り、必死な形相でベルフィリオに縋りつく。
「私、ダンジョンに入るのは初めてで何もわからないんです。ここから一人で帰るなんて出来そうになくて」
浅部ならともかく、ここから帰るとなると魔物たちがまた出てくるだろう。
(腕前は知らないが、後衛では心もとないな)
少女の背中には弓がある。
雰囲気体が腕が立つように見えないし、このまま帰すのは確かに危なそうだ。
「お願いします、どうか」
少女の目にはまた涙が浮かぶ。
「わかった。地上に戻るまでな」
ベルフィリオは、本日何度目かわからないため息を吐く。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
少女の表情はぱっと明るくなる。
「私はイーリィアと言います、よろしくお願いします」
「イーリィアか。俺はベルフィリオだ」
「ぼくはキトンにゃ、よろしくにゃ」
「ね、猫ちゃんがしゃべった?!」
(しまった、普通の猫はしゃべらないな)
キトンに注意を促すのを忘れていたと、ベルフィリオは焦る。
魔族と知られたら面倒な事になるだろう。
「ぼくは育ちがいいからにゃ」
ふふんと得意げに言うキトンに、イーリィアは感心したように目を輝かせる。
「都会の猫ちゃんはすごいんですね、私田舎からでてきたものですから、喋るなんて知らなかった」
どうやらうまく誤魔化せそうだ。
「イーリィアはこのあたりの者ではないのか、一体どこの出身なんだ?」
話題を変えるために質問をしてみる。
「はい、私はフキシャの村から来ました。自然がいっぱいで、ダンジョンもないようなところです」
ダンジョンは人を集めるのが目的だから、意外と田舎にはないのだ。
「そうか。ならば罠にかかるのも仕方ないな、慣れていないのだろうから」
「罠は、実は手馴れてるんです……」
「?」
(ならば何故罠にかかるんだ?)
疑問を口にしようとした時、キトンがちょいちょいとベルフィリオの頬をつついた。
「もうすぐ夜ですにゃ。そろそろ野営の準備をしにゃいと」
「もうそんな時間か」
キトンの促しで時計を見ると、確かに夕刻を示している。
時間の感覚を失いやすいダンジョンでは時計はあった方がいい。
夜は魔物が活発化しやすいので、闇雲に動けば危険だからだ。
ベルフィリオにとっても動きやすい時間ではあるが、それでは視察の意味が薄い。
(人と同じように動くのは窮屈だが、仕方ないな)
それに今は同伴者もいると自分に言い聞かせ、イーリィアに提案する。
「そろそろ休息する時間だ。適当な小部屋を見つけて休もう」
「は、はい」
「少し戻ったところに休むのに良さそうな部屋があった。あそこで過ごす」
イーリィアは大人しくベルフィリオの後ろをついていく。
少し歩くとベルフィリオが言ったように小さな部屋があった。
「こんな所に部屋なんてあるんですね、でも何であるんでしょうか? 魔物には必要ないですよね」
「ダンジョンはいまだに謎が多いものだからな」
人間が長居出来るように、あえて小部屋が設置されている。
その部屋には魔物が寄りつかないように工夫が施されているのだが、人間側にいう事ではないので適当な返事にとどめた。
この小部屋の存在も、ベルフィリオのチェック項目に入っているので覚えていたのだ。
「他のパーティがいたら使えないが、誰もいなそうだな……今日はここで休もう。キトン」
「はいにゃ」
キトンはベルフィリオの肩から降りて、背負っていた小さなリュックから敷物を出す。
「わ、すごい」
「収納バッグですにゃ。主様のサポートがぼくの役目にゃので」
「私も手伝うよ」
小さな口で敷物の端をくわえて広げるキトンを見て、イーリィアも敷物を広げていく。
「近くに水場もあるようだ。イーリィア、のどは渇いていないか?」
「あっ、渇いています」
「水筒などの準備はあるだろうか」
「……それが何も。私貧乏で、収納バッグも買えなくて。罠にもかかりやすいからって、他の人が全部持ってくれていたんです」
「俺が持っているから大丈夫だ、少しここで待っていてくれ」
申し訳なさそうにするイーリィアを置いて、ベルフィリオはその場を後にする。その眉間は不快気に歪められていた。
何も荷物も持たせられていないとは、本当に見捨てられたのだなと。
(死にやすい新人には大事な荷物を持たせないのは分かるが、恐らく彼女を切り捨てることは最初から決まっていたのだろうな。何も持たせないなんて、失わせないようにとしか思えん)
実ぬに腹立たしいと思いながら、ベルフィリオは自分の水筒に水を汲む。
「おっと、いけない」
水に映る自分を見て、頭に角が生えているのに気が付いた。
人間に変化していたのが今の怒りで解けたらしい。
「感情に左右されて変化を解いてしまうとは、俺もまだ未熟だな。イーリィアに見られていないといいが」
そこまで気を遣う事はないとは思いつつもつい口に出してしまう。
正体を見られたら殺せば良いという話なのだが、ベルフィリオの頭からは何故かその選択肢が抜けてしまっていた。