律儀な人ね
その日。
とある老人が自殺した。
理由は分からなかった。
老人は優しい人だった。
家族を愛し、友人を愛し、知人を愛した。
人の幸せのために生きることが出来る素晴らしい人だった。
毒を飲んだらしい。
強い毒を。
苦しむ毒を。
家族は泣いた。
大家族だった。
何で老人が自殺したのか分からなかった。
友人は泣いた。
数え切れないほど居た。
彼らも何故、大切な友達が自殺したのか分からなかった。
誰も分からなかった。
老人の自殺の理由を。
老人の魂の下に死神がやって来た。
「びっくりしちゃったよ」
死神は魂へ告げた。
すると老人の魂は答えた。
「約束をしたからな」
「そりゃしたけども……」
死神は思い出す。
遥か昔のことを。
老人がまだ若い頃。
後に妻となる女性が不治の病となった。
そんな彼女の命を刈り取り来た死神に老人は言ったのだ。
『彼女を助けてくれ』
死神は老人の綺麗な魂を見て意地悪を一つ思いついた。
『なら、あなたは悲惨な死に方をする。それでもいいですか?』
老人は躊躇わずに頷いた。
そうしてその女性は救われたのだ。
もう、七十年も前のことだ。
「あのままでは私は幸せに死んでいた」
「いいじゃない。それで」
死神が呆れて言うと老人は首を振る。
「約束は守らないといけない。当然だろう?」
死神はため息をつく。
まさか、今更あの言葉は『冗談だった』なんて言えない。
「あなたの魂。今見ても綺麗なままですよ」
死神は笑う。
そう。
老人の魂はあの日と同じく眩いほどに純粋だった。
死神である自分が『気まぐれ』を起こしてしまうほどの純粋さは僅かにも変わっていない。
「苦しかったでしょう?」
死神の問いに老人は首を振る。
「約束を果たしただけだ」
「まったく。律儀な人ですね」
死神は笑うと老人へ手を差し出した。
「それじゃ、行きましょうか」
「どこへだ?」
「あなたの奥様の居る場所ですよ」
そう言って死神は愚かな程に純粋な魂を連れて黄泉の国へと下った。