第8話「新たな試練編~地獄の期末試験~」
一年目もいよいよ終わりに差し掛かり、キャンパスには緊迫した空気が漂っていた。クラスメイトたちは、どこか落ち着かない様子で足早に歩き、顔には疲労と不安が色濃く表れている。ある者はPCのキーボードを必死に叩き、またある者は分厚いテキストブックを真剣な表情で読みふけり、頭を抱え込み、小声でつぶやく者もいる。
一学期目もいよいよ終盤。しかし、BBAビジネススクールの学生たちにとって、ここからが真の試練の始まりだった。そう、期末試験の時期が到来したのだ。教室やラウンジは、いつもとは違う張り詰めた雰囲気に包まれ、どの学生も重圧を感じながら勉強に励んでいる。チームドラゴンのメンバーも、それぞれの場所で最後の追い込みに入っている様子だった。
キャンパスの至る所で、学生たちの努力と焦りが交錯し、1年目の終わりが近づくにつれ、その緊張感はさらに高まっていく。
竜神崎は意気揚々と教室に現れ、自信満々にプレゼンの準備を始めたが、周囲の異様な空気に気づいた。ふと、険しい表情でPCに向かっているジョンに目を向ける。
「ん?ジョン殿…今日はいつもと雰囲気が違うように思えるが…?」
不思議そうに問いかけると、ジョンは驚いたように顔を上げた。
「そりゃそうだろう。ん?お前、何してんだ?」
「今日のプレゼンテーションの準備でござるが…」
竜神崎が答えると、ジョンはため息をつき、竜神崎の肩に手を置く。
「お前、Canvasの通知見てないのか?」
竜神崎は首をかしげ、困惑した表情でジョンを見つめた。
「Canvas…?何のことでござる?」
ジョンは絶句し、肩をすくめながら説明を始めた。
「はぁ?Canvasってのは、このビジネススクールの学生用ポータルサイトだ。授業情報や教材、ディスカッションなんかが全部入ってただろ?てか、今まで課題とか資料、どうしてたんだ?」
竜神崎は眉をひそめ、理解できない様子で戸惑っている。心の中で驚きつつ、ようやく気づいた。
「ほう…このCanvasなるものが現代の『かわら版』に相当するのか。拙者、完全に見落としていたとは…!」
教室の他の学生たちが、竜神崎を横目で見つめ、ひそひそとささやき始める。
「あいつ、今までどうやってクラスについてきたんだ…?」
一人が感心しつつも驚き、また別の学生も信じられないといった様子で呟く。
「まさか、通知も資料も何も見ないで課題こなしてたのか?信じられない…」
ジョンは苦笑しながら竜神崎の肩を軽くたたいた。
「だから言っただろう、Canvasはちゃんと見とけって!サムライのまんまじゃ、今の時代にゃ、やってけないぞ。」
竜神崎は大きく息を吐き、気を取り直してジョンに頷いた。
「ふむ…今後はこのCanvasも拝見するでござる。しかし、まずはこの『期末試験』とやらに全力を尽くすのが急務でござるな。」
決意を固め、竜神崎はすぐにPCに向かいCanvasを開く。そこには大量の通知がたまっており、『期末試験のお知らせ』という通知が表示されているのを見て動揺が広がった。
「むむ…?期末試験?ジョン殿、期末試験とは何でござるか?」
竜神崎の驚きに、ジョンはあ然として目を見開いた。
「お前…まさか期末試験のことも知らないのか!?」
「き、期末試験!?それは何か重大なことでござるか…?」
焦り始めた竜神崎に、教室全体が一瞬静まり返り、クラスメイトたちが一斉に彼の方を見た。
「え、まさか…期末試験を知らないって?」
ある学生が驚愕し、別の学生も信じられない様子で呟く。
「信じられない、ここまで気づいてなかったなんて…」
竜神崎は事の重大さに気づき、内心で動揺を隠せない。
「ま、まさか…これが現代における『昇段試験』のようなものなのか…。まずい、拙者は何も準備しておらぬ…!」
ジョンは苦笑を浮かべながら、優しく助言した。
「まったくお前ってやつは…。とにかく、すぐに試験対策に取り掛からないとヤバいぞ。今はプレゼンなんてやってる場合じゃない!」
竜神崎はあわててノートを取り出し、周囲のクラスメイトたちの真剣な様子を見つめながら、遅ればせながら試験勉強に向き合うことを決意する。
「試験…これもまた、戦の一つであろうか。だが、拙者は必ずや勝利してみせる!」
心の中で覚悟を決め、竜神崎は試験準備に取り掛かる。机に向かうその表情は、まさに戦場に臨む侍のように真剣そのものだった。
竜神崎は意気揚々とCanvasを開き、試験情報を確認していた。リンジーとのディベートで勝ち、イムラン教授からA+を獲得した彼は、今では自分が無敵だと思い、少しばかり慢心している。
「拙者、すでにこのビジネススクールの戦場において、勝利を重ねてきたでござる。この期末も問題なく突破できるであろう…。」
自信たっぷりにそう心の中で呟き、余裕の表情でCanvasを開いた。
「さて、今日のテストは何でござるか?ネゴシエーションか、ストラテジーか、はたまたマーケティングか…?」
しかし、スクリーンに映し出された通知を見た瞬間、その表情は一変した。
「マイクロ…エコノミクス!?何でござるかこれは?経済学…は知っておるが…ただ、経済学であれば、米騒動に関する心得が少しはある。つまり、米の流通や価格についてか…?これなら問題なく対処できるでござるな!」
そう自分に言い聞かせるように呟いたものの、すぐに眉をひそめた。
「しかし『マイクロ』とは?小さな経済とは何のことか?米粒でも売るのか…?」
なおも困惑しつつ、竜神崎はそっとジョンに聞きに行く。
「のう、ジョン殿。このマイクロエコノミクスとはいかなるものか…?」
ひそひそと尋ねると、ジョンは苛立ちをあらわにした。
「はぁ?邪魔すんなよ。俺だって苦手なんだよ、これ。つーかお前、今までのMicro Econの授業何やってたんだ?」
竜神崎は少し思い出すようにして、ぽつりと答える。
「拙者、授業は受けておったはずだが…イムラン殿の教える次の講義や、過去の戦いに思いを馳せており、何も耳に入っておらなんだ。」
しばらく考え込んだ後、なおも疑問げに続ける。
「つまり…マイクロ…エコノミクスとは、米の流通や価格の話でござろうか?」
ジョンは大きなため息をつき、呆れたように説明した。
「あー、ちげーよ。それはマクロ経済だ。ミクロ経済ってのはもっと小さな単位で見る経済だよ。個々の市場とか、企業、消費者行動を計算して分析するんだ。もう、ティファニーかショーンにでも聞いてこいよ!俺もよくわかんねぇし。」
「け、計算…」
その言葉を聞いた瞬間、竜神崎の顔色はさらに青ざめた。心の中で動揺が押し寄せる。
「寺子屋では算盤の授業が一番苦手であった…算術から逃げ出しておった拙者…まずい、まずい…!」
焦りに駆られた竜神崎は、迷うことなくティファニーとショーンのもとへと駆け寄った。
学校全体が試験の緊張感に包まれているにもかかわらず、ティファニーとショーンは悠々とカフェでお茶をしながら最近の経済動向について話していた。そんな二人の前に、必死な表情で竜神崎が駆け寄ってくる。
「ティファニー殿!ショーン殿!どうか、ミクロ経済なるものを教えてくだされ!」
竜神崎が懇願すると、ティファニーは余裕たっぷりに微笑みながら彼を見つめた。
「ん?別にいいわよ。ミクロ経済学は私の専門の一つだからね。じっくり教えてあげるわ。」
ショーンも少し面倒そうにしながらも頷く。
「ティファニーと一緒になら…いいよ…ボクも…教えてあげるよ…」
ティファニーはすぐにホワイトボードを引き寄せ、手際よく説明を始めた。
「ミクロ経済学は、企業や消費者がどのように意思決定を行うかを分析する学問よ。需要と供給のバランスや価格の決定方法、そして市場の効率性を探るの。」
竜神崎は真剣に聞こうとするが、内容についていけず、次第に顔が曇っていく。ショーンも淡々と続ける。
「その背後にはジオメトリー(幾何学)やアルジェブラ(代数)、さらにはカリキュラス(微積分)の理論が関わってくるんだ…例えば、企業の利益最大化問題を解くには、カリキュラスを使ってコスト関数や収益関数の最適点を求めたりね…まあ、そんなにむつかしくないよ…」
ティファニーの説明を聞いても、竜神崎の頭はさらに混乱し、内心絶望が押し寄せる。
「カリキュラス…?関数…?何のことだ?拙者にはまったく理解できぬ!」
ティファニーは少し呆れた様子で尋ねる。
「ん?カリキュラスはまだしも、アルジェブラやジオメトリーの授業くらいは取ってたでしょ?」
竜神崎は申し訳なさそうに視線を落とし、小声で答えた。
「拙者、実は四則演算も怪しいでござる…。割り算がどうも苦手でな…。」
ティファニーは驚愕し、思わず声を上げた。
「ええっ!?そのレベルなの!?それじゃ今日の試験、どうするつもりなの!?」
ショーンも少し悲しげに視線を落とす。
「それは…ちょっと…もう終わったね…」
竜神崎は泣きそうな表情で二人にすがりついた。
「うっ、うっ…どうすればよいのか、わからぬ…。このまま皆と別れたくはないでござる!」
ティファニーはため息をつきながらも、しばし考え込んだ末に決心した。
「仕方ないわね…。じゃあ、私たちが最低限のことを教えるから、必死で覚えてついてきなさい。容赦しないわよ!」
「はいっ!ティファニー師匠!」
竜神崎は目を輝かせて彼女の教えを受け入れる覚悟を固めた。
ティファニーはまず四則演算から始め、ジオメトリー、アルジェブラまでを徹底的に教え込む。竜神崎も真剣に耳を傾け、彼女の教えを必死に吸収しようとする。少しずつ、四則演算やジオメトリー、アルジェブラの基礎を理解し始めたものの、カリキュラスの壁が立ちはだかる。
「カリキュラスは、例えば、ある企業の利益がどの時点で最大化するかを計算するのに使うんだ…コストや収入の変化率を考えて、どの時点で生産を止めるべきか、最適なポイントを見つける。具体的には、関数の傾きを求めて、その傾きがゼロになる点を探すとかさ…簡単だろ…?」
ショーンはさらりと説明するが、竜神崎の頭は完全に混乱し、限界に達しそうだ。心の中で頭を抱え、必死に耐えようとするが、もはや音を上げかけていた。
「理解が…追いつかぬ!わからぬ!拙者、もはや限界でござる…!」
ティファニーは困った表情で深くため息をつき、考え込んだ後、最終手段を思いついた。
試験直前、ティファニーはショーンにも見つからないように竜神崎をそっと呼び寄せ、周りの視線を気にしながら一枚の紙を手渡した。その顔には緊張と覚悟が浮かんでいる。
「これは…最終手段よ。もしバレたらどうなるかわからない。」
ティファニーが小声で言うと、竜神崎は紙を恐る恐る見つめる。
「こ、これは…?」
ティファニーはためらいがちに息をのみ、さらに小さな声で続ける。
「チートシートよ…」
「チ、チートシート!?拙者には馴染みのない言葉だが…何でござるか?」
竜神崎は驚きを隠せない。
ティファニーは焦りを隠しきれずに答えた。
「要するにカンニングペーパーよ。ここには私が予想する問題とその答え、基本的な式が書かれてるわ。これさえあれば、最低限の点数は取れる。…間違いなく合格できる。」
彼女は竜神崎の目を真剣に見つめ、問いかけるように続けた。
「ただし、これを使うかどうかはあなた次第。無理強いはしないわ。よく考えて、自分で決めるのよ。」
竜神崎はその紙を手にし、呆然と立ち尽くす。これがあれば試験は突破できるが、不正に手を染めることになる。彼の心には、仲間や師の信頼を裏切ることへの罪悪感がよぎった。しかし、ここは戦場だ、いかなる手段も使って生き残るべきかと葛藤する。欺罔やだまし討ち、夜襲すらしてきた身だが、これは違うと感じる自分がいる。
周囲を見渡すと、クラスメイトたちは真剣に勉強しており、ジョンも苦しみながら集中している。彼らの姿を目にした竜神崎の心は揺らぎ、結局、チートシートを使わないことを決意する。
試験の時間が近づき、教授が教室に入ってCanvasに試験問題をアップロードした。教室全体が一層の緊張に包まれる中、TAが声を張り上げる。
「試験開始!始め!」
静寂が教室を包み、生徒たちは一斉に問題に取り掛かる。竜神崎も一呼吸遅れてCanvasにアクセスし、試験問題を開いた。
「な、なんだこれは…!?」
画面に映し出された問題を見た瞬間、彼の顔色が変わる。四則演算、代数、幾何学、そして微分積分が並び、出題内容がまるで異国の言葉のように感じられた。
「需要曲線…Optimal Point…消費者・生産者余剰…?拙者には到底理解できぬ…。」
横目でジョンを見ると、苦しみながらも懸命に問題に取り組む姿が目に入る。その姿に触発され、竜神崎は心を奮い立たせた。
「よし!やるしかない!拙者も戦いに挑むでござる!」
竜神崎は理解できる問題から取り掛かり、懸命に解き進めていく。遠くからティファニーが小さくウインクしてエールを送り、その視線に応えるように、竜神崎は力強くうなずいた。
(がんばって、竜神崎。)
ティファニーのさりげない応援に背中を押され、竜神崎は気持ちを新たにした。彼は全力で難問に挑み、少しずつペースを取り戻しながら、真剣な眼差しで試験問題に立ち向かっていくのだった。
竜神崎は、ティファニーから教わった知識を必死に思い出しながら、持てる力を振り絞って問題に挑み続けた。四則演算や基本的な代数の問題は、彼の中に少しずつ根付いた理解が助けとなり、次々と解けるようになっていく。気づけば、試験問題の半分を終えていた。
しかし、最後に残った数問が、彼にとって越えがたい壁となって立ちはだかっていた。見慣れない数式、理解できない関数の概念、そして微積分の問題が目の前に広がっている。竜神崎はその難問を前に、一瞬、手が止まり、深い息をつく。
「これが…現代の戦場というものか…」
心の中でそう呟くと、彼は一瞬迷ったが、ティファニーやショーン、そして仲間たちの顔が頭に浮かび、自分の中の闘志を奮い立たせる。
「拙者、ここで諦めるわけにはいかぬ!最後まで全力を尽くすのが武士の道でござる!」
彼はペンを握り直し、ティファニーが教えてくれたヒントや、ショーンが簡単そうに話していた微積分の片鱗を必死に思い出し、解法の手がかりを探し始めた。一つひとつ、手探りで式を追いながら、理解できる部分にしがみついて前進しようとする。
その時、遠くからティファニーの視線が竜神崎に向けられていることに気づく。彼女が小さく頷くのを見て、竜神崎は微笑みを返し、再び試験問題へと集中を戻した。気力を振り絞り、解ける限りの力を尽くし、最後の難問に挑み続けるのだった。
問題: 限界費用と限界収益
次の費用関数 C(x) = 100 + 10x + x^2 に対して、限界費用(Marginal Cost: MC)を求めよ。また、販売価格が P=50 のとき、限界収益(Marginal Revenue: MR)も求めよ。
竜神崎竜神崎は、ティファニーから教わった知識を思い出し、持てる力を振り絞りながら問題を解き続けた。しかし、見慣れない「限界費用」や「限界収益」の概念が頭をよぎり、「MC」や「MR」といった略称が並ぶたびに、彼の心は次第に焦りと絶望で埋め尽くされていった。画面に映る「関数」や「微分積分」といった文字列は、彼にとってまるで異国の言葉のようだった。
「ぐぬぬぬぬ…拙者こそもはや限界なり…!」
そう心の中でつぶやきながらも、竜神崎は手元の問題を睨みつけた。視界の端に映るのは、苦しそうな表情ながらも懸命に取り組むジョンの姿。そしてティファニーは、既に試験を終えたのか、少し眠そうな顔をしている。試験監督のTAも少し気が緩んでいるのか、教室には静寂が広がっていた。
今なら、このチートシートを…と、竜神崎は一瞬、机の下に隠していたティファニーから渡された紙に手を伸ばした。唾を飲み込む音が彼自身の耳に響き、緊張が手の先まで伝わる。これさえあれば、間違いなく合格できるかもしれないという誘惑が頭をもたげる。
「これを使えば…試験に合格できる!」
一方で、胸には苦い思いが渦巻いた。「だが…皆の信頼を裏切ることに…!」指先が震え、チートシートを手元に置いたまま、竜神崎はただじっとそれを見つめた。戦場での記憶が脳裏に去来し、心の中で強烈な葛藤が巻き起こる。
彼はこれまで、勝つためにはあらゆる手段を尽くしてきた。夜襲や奇襲、敵を欺くことすら手段の一つとし、ためらうことなく生き延びてきたのだ。それこそが、武士としての覚悟だった。
「戦場では、裏をかき、欺くことも手段の一つであった…。夜襲も奇襲も、敵を倒し、民を守るためにためらうことなく使ってきたでござる。武士として勝つための最善を尽くすことが、何か悪いことだというのか?」
握りしめたチートシートを見つめるうちに、彼の心にはさらなる疑念が生まれていた。ふと、かつての戦場で向き合った敵の姿が浮かぶ。闇夜に紛れて油断した敵を討ち倒した記憶がよみがえる。勝利のためならば、どんな手段も辞さないという信念。しかし、今は目の前にいるのは敵ではなく、仲間や師匠であるティファニーたちだ。彼らの信頼を裏切ることになるのかもしれない。
竜神崎はゆっくりと手をチートシートから離し、拳を固く握りしめた。
竜神崎心の中で竜神崎は葛藤を続けていた。あの時、自分は勝つために夜陰に紛れ、油断した敵を討った。守るべきものを守れたのは、その覚悟があったからだ。それこそが今、自分に求められていることではないか、と彼は自問する。しかし、その思いをかき消すように、かつての主君・信長の教えが胸に響いた。
(竜神崎よ…武士にとって、最も大切なものは忠義である。たとえ勝つためであっても、不義理や虚偽で得た勝利に意味はない。裏切りで得たものは、すべてを失う覚悟をせねばならぬのだ。武士道とは、ただ勝つためのものではない。己の誇りを守ることこそ、真の武士の道だ。)
その厳格な言葉が、竜神崎の心に深く染み込む。自分が間違っていたことを彼は悟った。
「殿…そうか…拙者、間違っていた!」
竜神崎は覚悟を固め、開きかけたチートシートの紙を静かに手に取り、ビリビリと破り捨てた。ティファニーからもらった『チートシート』を完全に捨て去ることで、誇りと忠義に従う道を選んだのだ。
「拙者…最後まであがくでござる!」
再びPCに向き合い、解ける問題に全力で挑む彼の顔には、強い決意が宿り、力強さが戻っていた。その一部始終を見ていたティファニーが、静かに微笑みを浮かべる。
「ふふ…ちゃんと見てたわよ。」
ティファニーは密かに、竜神崎が武士としての誇りを貫き通したことに満足げな表情を浮かべ、そっとエールを送り続けていた。
試験が終わり、TAが「終了!」の合図を出すと、教室には一瞬にして安堵と疲労感が広がった。ジョンは椅子にもたれかかり、顔を真っ青にして絶望的な表情を浮かべている。
「もうダメだ…完全に死んだ…。戦場より辛い…あんな試験、二度と受けたくない…」
ぼそりと漏らす声は、彼の心からの叫びそのものだった。
一方、ティファニーとショーンは、試験直後にもかかわらず余裕の表情を崩していない。
「あー、一問だけ計算を丸めたんだけど、小数点以下二桁で合ってたかな…ちょっと心配」
ティファニーが冷静に考え込むそばで、ショーンも淡々と続ける。
「僕は…多分満点だと思う…予想以上に簡単だったよね…」
少し離れたところでは、リンジーとジェニーが疲れを見せながらも、比較的冷静に感想を話していた。
「まぁ、A+はさすがに無理だと思うけど…Aくらいは取れてるといいわ」
リンジーが少し安堵の表情を浮かべると、ジェニーも肩をすくめて応える。
「ええ…まぁ、なんとかね」
そんな中、竜神崎はジョンと同じく椅子に倒れ込むように座り、試験の疲れが顔ににじんでいる。そこに、ティファニーがゆっくりと歩み寄り、微笑みを浮かべた。
「よくやったわね、竜神崎。チートシート、結局使わなかったんでしょ?」
竜神崎は驚き、顔を上げる。
「えっ!?なぜそのことを!?」
ティファニーはいたずらっぽく微笑み、小声で言った。
「ふふ、ちゃんと見てたのよ。それに…そのビリビリに破いた紙、もう一度見てみなさい。」
竜神崎は、破れた紙の破片を手に取り、恐る恐るつなぎ合わせてみた。そこには『カンニング禁止!by ティファニー』と書かれていた。彼は愕然とし、驚きの表情を浮かべた。
「な、なんと…!拙者を…試したというのか…!」
ティファニーは満足そうに微笑んで続ける。
「どこまで覚悟があるのか、見てみたかったのよ。だって言ったでしょう?必死でついてきなさいって。」
竜神崎は肩を落としつつも、感心の念を隠せない。
「なんと…これは参った。ははは、まるで殿もかつて忠義を試されたときのようだ…。」
ティファニーは満足げに頷き、穏やかな眼差しを向けた。
「ふふ、試験は終わったけど、これからもちゃんと頑張りなさいよ。」
それに竜神崎も力強く応じた。
「ティファニー師匠…かたじけない!」
教室は一瞬の静寂に包まれ、試験の余韻が心に染みわたる。竜神崎は、自身の力で試験を乗り越えたという実感がようやく湧き上がり、達成感と安堵が胸に満ちていた。
試験が終わり、ほっとした空気が流れる中、ティファニーが真剣な表情を浮かべ、竜神崎に向き直った。
「でもね、竜神崎。ビジネスの世界でも、不正や不義理は絶対にやっちゃいけないことよ。」
その目には、強い意志が宿っていた。
「確かに、この世界は弱肉強食で、誰かを出し抜くこともある。でも、誰かを騙したりすることは絶対にダメ。常に誠実でいること、それがリーダーの責任なのよ。」
竜神崎は驚き、疑問が浮かんだ。
「もし…拙者があの時、紙を見ていたなら…どうなっていたでござるか…?」
ティファニーは冷静に答えた。
「その時は、私はTAに通報していたわ。あなたはAcademic Dishonesty…つまり不正行為で退学だったでしょうね。」
「退学…!」
竜神崎の顔が青ざめた。不正の誘惑に負けていれば、すべてを失っていたと考え、ぞっとする思いがこみ上げる。
「あの誘惑に負けていれば、死…と同じでござったか…!」
ティファニーはその表情に一瞬微笑みを見せ、軽く彼の肩を叩いた。
「でも、あなたは誠実だったわ。さすがサムライね!」
竜神崎はほっと息をつきつつも、ふと真剣な表情に戻り、悔しげにうなだれた。
「しかし、拙者は結局すべての問題を解ききれなんだ…残りの問題も無惨な結果であろう。奇跡でも起こらぬ限り、合格は…厳しいでござる…」
横からジョンが茶々を入れる。
「何言ってんだよ。ちょっと単位落としたくらいでクビになるかっての。追試、追試!悪くても再履修だよ。」
竜神崎は目を白黒させ、驚きがこみ上げる。
「追試…?そんなものがあるのか?」
ティファニーは優しい笑みを浮かべた。
「そう。このクラスには2回チャンスがあるの。一回不合格でも再試験を申請すれば、もう一度挑戦できる。それに、試験だけじゃなくて出席点やParticipation、つまり出席点もあるしね!」
「そ、そうでござるか!ではまだ希望があるということか!」
竜神崎の目が輝き、ティファニーに向かって深く頭を下げる。
「ティファニー殿、追試に向けてもう一度ご指導をお願いできるでござるか!」
ティファニーは満足そうにうなずいた。
「もちろんよ!そう来なくちゃね!」
二人は再び勉強に挑む決意を固めた。試験を乗り越えるための新たな意志が芽生え、気持ちを引き締める。
少し離れたところで、リンジーとジェニーが会話をしている。
「テストが終わったばかりなのに、あの二人元気ねぇ」
リンジーが感嘆の声を漏らすと、ジェニーは少し呆れた様子で肩をすくめた。
「私たちはさすがに疲れたから、今日はもう帰りましょ。打ち上げはまた今度ね。」
リンジーはため息混じりに言った。
「うーん。私は少しだけ飲みたいな。ジェネビー!ショーン!ワインでも一杯飲みにいかない?」
ジェネビーはにこやかに応じた。
「一杯ぐらいなら付き合うわよ。いいワインバーを知ってるの。」
ショーンは少しすまなさそうに断った。
「うーん…今日は家族が待ってるから…ごめんね。また今度。」
こうして、竜神崎たちの初めての期末試験は無事に幕を下ろし、クラスには安堵と達成感が広がっていた。
試験の結果が発表され、竜神崎は緊張した面持ちで自分の成績を確認する。スクリーンに映る「B」の文字を見た瞬間、歓喜の声が教室に響き渡った。
「おお!なんと…Bでござる!?奇跡の合格だ!」
ティファニーが余裕たっぷりに微笑み、彼を見つめる。
「初めの方の基本問題がしっかり解けていたのね。勉強の成果よ。」
そして、自身の成績も誇らしげに見せつける。彼女の成績は「A+」、99点だった。
「私はA+だったわ。小数点を1箇所間違えたのが悔しいけれどね。」
ショーンは淡々と成績表を見せながらつぶやく。
「ボクは…100点だったよ…まあ…当然かな。」
その横でジェネビーもにこやかに言葉を添える。
「私たち三人もAだったわ。竜神崎、よくやったわね。」
ジェニーがクスリと笑いながら軽くからかう。
「授業を全然聞いてなかったにしては、ね。」
その一言に、リンジーが少し叱るような表情を浮かべる。
「これに懲りたら、ちゃんとCanvasのメールは確認してよね?先週送った私のメールにも返事してくれなかったじゃない!」
竜神崎は申し訳なさそうにうなだれた。
「す、すまぬ…!」
一方、ジョンは悔しそうに頭を抱え、深いため息をつく。
「竜神崎!なんでお前が合格してんだよー!なんで俺だけFなんだ…くそー、追試かよ!」
竜神崎は苦笑しながら小さな声で弁解する。
「あ、いや…拙者は…その…」
その様子に、ティファニーが笑いながらジョンに向かって指をさした。
「なに言ってるの、ジョン!それは自業自得よ!次は私がビシビシ教えてあげるわ!」
教室には和やかな笑い声が響き渡り、緊張の連続だった初めての期末試験が無事に幕を閉じた。そして、待ちに待ったサマーバケーションが始まろうとしている。竜神崎たちはほっと息をつき、期待に胸を膨らませていた。
だが、その中でただ一人、沈んだ表情を浮かべている人物がいた。周囲の笑顔とは対照的に、何かに悩み、心を閉ざしているかのようだった。
平穏な日々が永遠に続くかと思われた彼らに、ある出来事がきっかけで不穏な空気が漂い始める。次第に彼らの関係に亀裂が生じ、これまで経験したことのない最大の危機が訪れようとしていた…。
次回 第9話「一年目の終わりと大騒動編~信頼と裏切り、そして…~」