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武士道MBA  作者: P-4
第1章
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第5話「カスタマー編~新たな挑戦~」

 モーガンは鋭い視線を竜神崎に向けたまま、静かな口調で言葉を綴り始めた。その低い声には、隙を突こうとする鋭さと、挑発的な冷静さが入り混じっている。


「よし、では私が試させてもらおう。私を顧客だと思って回答してもらえるかな?」


 竜神崎は緊張の中にも覚悟を決め、凛とした表情で前を見据えた。


「望むところでござる!」


 モーガンは静かにゆっくりと話し始める。


「そうだな…私は中小企業の社長だ。大企業でもなく、ベンチャーでもない。従業員は100名以下、売上は数千万ドルだ。そこそこの規模だが、成長が頭打ちしている。今、株式公開を目指しているが、そのためには大きなブレイクスルーが必要だ。業態は製造業で、社長も高齢で頭が固い。時間もないが、すぐに結果を出さねばならない。さあ、どうする?」


 教室が水を打ったように静まり返り、全員が竜神崎の回答に注目する。ティファニー、ジェニー、リンジー、ジェネビー、ショーンの5人は一時的に質問攻めから解放され、安堵の表情を浮かべた。竜神崎はしばし黙考し、真剣な眼差しでモーガンを見つめた。


 モーガンの鋭い質問が飛ぶ中、竜神崎の脳裏には、戦国時代の厳しい戦場の記憶がよみがえっていた。織田信長に仕え、数々の戦を潜り抜けてきたあの日々。特にあの小さな山城を攻めあぐね、奇襲によって補給路が絶たれたときの苦境が、鮮やかに思い出される。目の前のジョン、リンジー、そして他の仲間たちが、かつての戦場の仲間のように感じられた。


(あのとき、信長公が仰せになった…『力任せの突撃は得策ではない。大軍を抱えていても、真正面からの一手では無駄が多い。変化と隙を見極め、小さな策で大きな戦局を動かすのだ』という言葉)


 戦場で冷静に戦略を説く信長の姿がフラッシュバックし、その言葉が教室の緊張感の中で新たな意味を帯びて響いた。信長の教えは、今まさにこの場にこそ生きるのだと竜神崎は強く感じた。彼はもう一度深く息を吸い、決意を新たにしながらモーガンの冷徹な視線をまっすぐに見返した。


「モーガン殿、思い返せば、我が主もただの力押しで戦を制することはなさらなかった。勝利とは、状況に応じた小さな変化と積み重ねの先にあるもの。膠着状態を打破するには、柔軟な戦略で新たな道を切り拓くしかないのでござる。それが戦国の時代にも通じた策であり、現代のビジネスにおいても同じと言えよう。」


 モーガンが興味深げに尋ねる。


「ほう、小さな変化とは具体的にはどういうことだ?」


 竜神崎は諭すように答える。


「戦国の頃、信長公は補給路を断たれた際、正面からの戦いを一旦止め、夜襲や迂回作戦といった多様な戦法で小さな突破口を探った。そうして敵を包囲し、膠着を打開したのだ。現代でも貴社の成長を実現するために、ニッチ市場への進出や技術提携といった異なる戦略を組み合わせて、打開を目指すべきでござろう。」


 モーガンのさらに深い追求に、竜神崎はしばし考え込んだが、ふと信長との戦の場面が脳裏に浮かんだ。信長が、年長の兵士たちが新たな戦術に対して懐疑的であることに悩んでいた姿を思い出したのだ。そのとき、信長は厳しい眼差しで彼にこう語った。


「まずは成果を見せよ。小さな勝利を得ることができれば、やがて兵たちはその道を信じて進むであろう。」


 信長のその教えは、目の前の問題にまさに適した答えであると確信した竜神崎は、モーガンに向かい、自信を持って口を開いた。


「モーガン殿、確かに変化を受け入れることは容易ではござらん。特に長年のやり方に慣れ親しんだ年配の従業員にとっては、尚更かと思い見る。だが、信長公もまた、兵たちを納得させるためにまず『成果』を示すことを重視しておられた。我々も同様に、まずは小規模なプロジェクトで成功を収め、その成果を目に見える形で示すべきと考え申す。」


 竜神崎の言葉は、信念と経験に裏打ちされ、強い説得力を持って響き渡った。彼は続けた。


「小さな成功が積み重なれば、やがてその道を信じて進む者が増えるはず。そして、一度でも成果を示せば、従業員の者どもも『変化』が生む利益を実感し、次なる挑戦を受け入れやすくなるであろう。この積み重ねこそが、次の変化への確かな基盤となるのでござりまする。」


 モーガンは竜神崎の答えにじっと耳を傾け、その真剣な眼差しに心を動かされたようにゆっくりと頷いた。鋭い質問を繰り返してきた彼でさえ、竜神崎の言葉には現実的な戦略と共に深い信念が込められていると感じたのだ。


「なるほど、小さな成果を積み重ねて信頼を築く…君の戦国の知恵が、現代のビジネスでも有効だとは思わなかった。まさに、戦略の根本は変わらないものかもしれないな。」


 モーガンの言葉に、竜神崎の胸には戦場で仲間たちを鼓舞してきた頃の誇りが甦り、彼は微笑を浮かべた。


 モーガンは少し満足そうに見え、教室の全員が二人の真剣なやり取りに引き込まれている。教室中が二人の激しい一騎打ちを見守る中、竜神崎は堂々と答え続け、モーガンも次々と質問を重ねる。周囲のクラスメイトたちは息をのむようにこのやり取りを見守り、静寂が支配していた。


 最後にモーガンが少し満足げに言う。


「君の策、確かに理にかなっている。小さな成功を積み上げる…それは、年老いた我々でも受け入れられそうだ。君の知恵、悪くない。」


 竜神崎は深々と頭を下げ、感謝の意を示す。


「ありがとうございまする!武士道とは、諦めぬことでござる。どんな困難も、己の力と仲間を信じて、打開してみせまする。信長公の教えに従い、必ず貴社に貢献してみせまする!」


 モーガンは少し驚きつつも肯定する。


「なるほど…な。まあ、これでとりあえず合格としておこう。だが、現実の厳しさは甘くないぞ。とはいえ…君の武士道精神、なかなかのものだ。」


 教室全体が拍手に包まれ、竜神崎の姿に感銘を受けたクラスメイトたちが、彼の熱意と戦国の知恵を称賛した。


 シーン竜神崎が答えを終えると、モーガンはゆっくりと笑みを浮かべ、静かに語り始めた。


「サムライよ、お前の知識は、ただの理論じゃない。生きた知恵だ。現代においても、我々の理論や戦略は、結局中世ヨーロッパの戦術から多くを学んでいる。先人たちの血と汗で築かれた知恵だ。…だが、お前はそれを戦場で直接得てきたんだ。」


 その言葉には深い敬意と共感が込められており、モーガンの表情が次第に感極まっていった。声がかすかに震え始め、彼は過去を思い出すように語り出した。


「私も…かつてはお前のように信念と誇りを胸に、仲間たちと戦場に臨んでいた。生死を共にし、何があっても背中を預けられる仲間たちがいたんだ。しかし、ある時期から私は、戦場の現実よりも演習や理論に没頭し、ただ成果を追うことばかりを優先するようになってしまった。そして…その結果…。今でも、彼らの顔が頭から離れない…」


 モーガンの瞳にはかすかに涙が浮かび、彼の声がかすれていく。竜神崎はその姿に、武士としての誇りを持ち続けてきた自分と重ね合わせ、静かに見守っていた。


 そのとき、ジョンが椅子から立ち上がり、穏やかな表情でモーガンに歩み寄ると、そっと彼の肩に手を置いた。ジョンの目には、仲間としての深い理解と優しさが宿っていた。彼は静かな口調で、モーガンの心の重荷を解きほぐすように話しかける。


「もういいんだ、モーガン。俺たちは、誰もお前を責めてなんかいない。誰だって過去には思い悩むことがあるさ。でも、過去は過去だろう?今はそれぞれ新しい道を歩いている。だから、もうその重荷を自分だけで背負わなくてもいいんだ。」


 モーガンはジョンの言葉に一瞬驚いたように見つめ返し、やがて静かに頷いた。彼の顔には感謝と安堵が浮かび、わずかに微笑んでいた。


「…そうだな。ありがとう、ジョン…」


 二人は互いに微笑み合い、その場に漂っていたわだかまりが消え去り、温かな空気が教室に広がっていった。竜神崎もまた、二人の間に流れる和やかな雰囲気に包まれながら、チームの仲間としての絆が深まったことを実感した。心の中で、信念を持ち続けることの大切さと、仲間と共に歩むことの意味をかみしめていた。


 次の瞬間、教室内の静寂を破るように、一人のクラスメイトが大きな拍手を始めた。やがて拍手は教室全体に広がり、感動に包まれた竜神崎、ジョン、モーガンを称える温かいエールが教室中に響き渡る。竜神崎はその拍手に胸が熱くなり、仲間たちと新しい絆を築けたことを実感するのだった。


 パチパチパチ…乾いた拍手が教室全体に響き、教授のイムランが鋭い笑みを浮かべながらゆっくりと前に進み出る。片目の眼鏡と立派に蓄えられたトレードマークの髭が、その異質な雰囲気をさらに際立たせ、クラス中が再び緊張に包まれる。


「素晴らしいプレゼンだった。だが…決定的に、欠けているものがある。」


 その言葉に場の空気が一気に張り詰め、竜神崎はモーガンからイムランへと視線を移す。モーガンは苦笑しつつも静かに語りかけた。


「竜神崎よ…私もしょせん一つの駒にすぎん。真の戦いは、これからだ。死ぬなよ…」


 竜神崎はその言葉に不安を覚えつつも、イムランの威圧感によって意識が引き戻された。イムラン、その名はビジネス界では畏れと共に広く知れ渡っている。かつて「マーケティングの鬼」と恐れられた、インド出身の伝説のコンサルタントであり、数多くの企業を鋭い質問で改革に導いてきたのだ。顧客のためなら手段を選ばず、ある調査では一週間毎日同じ場所で寝食を忘れ、延々と、ただただ顧客の行動を観察し続けたという、ある種狂気じみた逸話さえ残っている。


 竜神崎はイムラン教授の鋭い視線を前に、戦場での緊迫感が全身に蘇るのを感じた。イムランの言葉には、ただのビジネス論を超えた圧倒的な気迫が込められていた。まるで戦場で敵の忍びに背後を取られたときのように、背筋が凍る思いだった。


「確かに、君たちのビジネスプランはよくできている。だが、欠けているものがある。それは…」


 イムランは唐突に声を張り上げた。教室中に響き渡るその大声は、竜神崎を思わずたじろがせた。


「カスタマーーー!!!!!」


 その響き渡る声には凄まじい迫力があり、竜神崎は一瞬、体が反応し、一歩後ろに下がりかける。しかし、その場でしっかりと足を踏みしめ、思い直す。


(こ、この迫力…まるで本田忠勝ほんでんちゅうかつ殿のようではないか…!これまで戦ってきたどの武将よりも恐ろしい…!)



 竜神崎は、イムラン教授の圧倒的な迫力に飲まれそうになりながらも、信長の教えを思い出していた。


(竜神崎よ、ただ力で挑んではならぬ。相手の心の揺らぎを見極め、そこにこそ一撃を打ち込め。それが戦の理である)


 信長公のその言葉が胸をよぎり、竜神崎は自分に言い聞かせるように息を整えた。目の前のイムランもまた、戦場の猛者と同じ強者の気迫をまとっているが、彼の心に潜むわずかな隙を感じ取ろうと、竜神崎は冷静に相手を見据えた。


(この戦、忠義と知恵をもって、必ず切り抜けてみせる…!)


 毅然とした表情で、竜神崎は堂々とイムランに向き直り、決意を新たに戦いに臨んだ。


 イムランは容赦なく追い打ちをかけるように、厳しく問いかけた。


「顧客至上主義だ!ビジネスの成否は、顧客のニーズに応えられるかどうか、それに尽きるんだ!それを…君たちは本当に理解しているのか!?ビジネスはすべて、カスタマーで決まるんだ!!」


 イムランの問いかけには、教室の空気さえも凍りつかせる圧力があった。竜神崎はその言葉に一瞬圧倒されたが、その心には信長の教えが深く刻まれていた。幼き頃から戦場で学んだ忠義の精神、そして主君への忠誠心が、竜神崎の胸に再び灯る。


(顧客…つまりクライアント。主君のために忠義を尽くすことが、武士としての本懐。顧客こそ、私にとっての主君なのだ…)


 竜神崎は不敵な笑みを浮かべ、決意を固めた眼差しでイムランを見据えた。そして、深く息を吸い込み、力強く低い声で応じる。


「その勝負、受けて立とう。顧客への忠義、武士として必ず示してみせる!」


 その言葉にイムランは一瞬、驚きの表情を浮かべたが、すぐにその目には満足げな光が宿り、微笑みを浮かべた。


「ほう…なかなかの根性じゃないか。では、君の顧客への忠義、しかと見せてもらおう。」


 教室全体が再び静寂に包まれ、竜神崎とイムランの間には目に見えない緊張の糸が張り詰めるように漂っていた。仲間たちも息を呑み、この真剣勝負の行方を見守る。


 竜神崎の眼には、かつて戦場で背負った誇りと覚悟が宿っていた。そして、今度こそ武士としての忠義を貫き、目の前の試練に立ち向かう決意で胸を満たしていた。イムランもまた、彼の覚悟を見極めるべく、鋭い視線を崩さない。その静かな圧力の中で、竜神崎とイムランの新たな戦いの幕が切って落とされた。


 イムラン教授は次々と容赦なく鋭い質問を浴びせ、まるで竜神崎の信念を試すかのようだった。その質問には、彼がビジネススクールで何年も積み重ねてきた知識と経験がにじみ出ていた。竜神崎は、武士としての誇りと忠義心を胸に、一つ一つ丁寧に答えようと気を引き締めている。


「カスタマーは誰だ?」


 教授の一言が教室に静まり返る緊張感をもたらす。竜神崎は毅然とした表情で前を見据え、言葉に力を込めて答えた。


「カスタマーとは、我らが命を懸けて尽くすべき主君でござる。依頼主こそ、企業の成功を導く存在であり、彼らが求めるものを的確に理解し、忠義を尽くして応えることこそが、我らの使命なり!」


 その言葉に教室のざわめきが広がるが、教授は表情を崩さず、次の質問を投げかける。


「では、カスタマーの要求の真意をどう汲み取る?」


 竜神崎は深く頷き、信念を込めた声で答えた。


「真の要求は、言葉の表面だけでは捉えられませぬ。行動や背景、時には沈黙にさえも耳を傾け、顧客の本音を見抜くことでござる。そうして、彼らが求める以上の価値を提供することが、我が忠義の証でござる!」


 竜神崎の力強い言葉に、教室全体が彼の信念に引き込まれるのを感じている。


 教授はほんのわずかに興味深そうな表情を見せながら、次の問いを放った。


「顧客が嘘をついていた場合はどうする?」


 竜神崎は少し微笑を浮かべ、余裕を見せるかのように応えた。


「嘘の裏には、きっと何かしらの不安や恐れがあると考え申す。まずはその心の内を理解し、彼らが安心して真実を語れる関係を築くこと。それこそ、我が忠義でござる!」


 イムランの瞳に少しの興味が見て取れたが、その鋭い視線は次の質問に移っていく。


「では、顧客の次の行動を予測するには?」


 竜神崎は、今までの武士道の教えを振り返りながら、自信を持って言葉を放った。


「データや市場の動向を分析し、次の一手を見通すこと。それも大事でござる。しかし、何よりも大切なのは、彼らと共に成長し、信頼を深め合うこと。共に未来を築き、主君が求める先を我らも見据えれば、自然と次の行動は明らかになり申す!」


 竜神崎の答えが響き渡ると、教室中が静まり返り、イムランはしばし沈黙した。その沈黙が教室全体に重く響き渡り、全員が息を詰めて竜神崎とイムランの間のやり取りを見守っていた。


 イムランはその場に立ちながら、ゆっくりと竜神崎を見つめ、目の奥に深い理解と共感の光を湛えていた。かつて自らも数々の顧客と向き合い、その中で信頼関係を築き上げることの困難さを痛感してきた。顧客はしばしば表面的な要求を出し、時に真意を隠すこともある。彼らの本音に耳を傾け、真の価値を提供することがいかに難しいか、それを身をもって知っているからこそ、彼の目に竜神崎の姿が特別なものに映ったのだ。


 教室全体が静まり返り、竜神崎の熱い言葉が空間を満たす中、クラスメイトたちはその美しい応酬に見惚れている。


「すごい…まるでダンスを踊っているみたいだ…」


 あるクラスメイトが感嘆の声を漏らし、隣のクラスメイトも惚けたように呟く。


「なんて美しい…」


 ジョンは嬉しそうに小声でつぶやいた。


「やるじゃねぇか、竜神崎。まるで戦場での一騎打ちだ。」


 リンジーも楽しげに微笑みながら言う。


「…そうね。なんだか、竜神崎も楽しそうに見えるわ。」


 竜神崎は満足げに教室を見渡し、再びイムランと目を合わせる。その目には戦場で得た覚悟と決意が宿っていた。


 イムランが、決定的な最後の質問を放つ。


「最後に問おう!カスタマーとは何なのだ!!!?」


 その声は教室中に響き、周囲の空気が凍りつくほどの気迫があった。教授の瞳には、ただ単に「顧客」という言葉を超えた深い意味と想いが宿っていた。かつてイムラン自身も、若い起業家として数々の顧客に忠実に仕え、その姿勢を貫いてきた。顧客の言葉、表情、ひとつひとつの仕草の奥にある本音を、どれだけ汲み取り行動できるかを問われ続けてきたのだ。


(顧客とは、ただビジネスの対象ではない。彼らの満足こそが我々のすべて…そのために捧げられる努力こそが、サービスの本質なのだ。私も何度も苦しみながら、その覚悟を培ってきた。今、君がその覚悟を持てるかどうか、試させてもらおう。)


 教授の胸の内には、過去の顧客との日々が鮮明に蘇っていた。ある顧客は、理不尽な要求をぶつけてくる。別の顧客は、口には出さない不満を抱え、いつ離れていくかもしれない。その中で教授は、何度も心を砕かれながらも、相手を理解し、信頼を築くことを目指してきた。それが、今の彼の教えとなっている。


 竜神崎は教授の気迫に圧倒され、一瞬言葉を失ったが、内から込み上げる覚悟が彼の背中を押していた。彼は静かに深呼吸し、再びイムランの目をまっすぐに見つめ返す。


「カスタマーとは、我が忠義を尽くす絶対の存在なり!お客様は神様!カスタマーーーーーー!!!!」


 竜神崎の力強い叫びが教室中に響き渡った。その瞬間、イムランの鋭い眼差しにわずかに柔らかな光が宿り、やがて口元に微笑が浮かび始めた。だが、それでもまだ疑いの目を持ちながら、再び問いを投げかける。


「君が忠義を尽くす相手は、いつも同じように君に応えてくれるとは限らないぞ。カスタマーが君を裏切ることだってある。それでも忠義を貫けるか?」


 イムランは目の前の学生がどれほどの覚悟を持っているのかを知りたかった。彼の言葉は単なるテストではない。現実に起こり得る顧客の厳しい反応、顧客の心の中に潜む疑念や不信の影。それを理解し、乗り越えることができるかどうかを問うている。


 竜神崎は一瞬、教授の問いに圧倒される。しかし、胸に宿る信長の教えが彼の心を奮い立たせた。かつて信長はこう語った。


「戦の中で裏切りはつきものだ。それでも己の信念が揺らがぬなら、最後には人は心を開く。勝利とは、信念の積み重ねの果てにあるものだ」と。


 竜神崎は微笑みを浮かべ、決然とした口調で答える。


「たとえ裏切りがあろうとも、我々の忠義は揺らぎませぬ!顧客が心を閉ざすときこそ、信頼を取り戻すための試練の時。彼らが再び心を開くまで、誠意を尽くし、忠義を全うする所存でござる!」


 イムランの目がわずかに見開かれ、教室中に静かな感動の波が広がった。竜神崎の純粋な忠義心が、彼の言葉の一つ一つに込められていた。教室全体が竜神崎の覚悟に引き込まれていく中、イムランは最後に力強く一言告げた。


「その通りだ、竜神崎。カスタマーとは、ビジネスにおける絶対の存在。裏切り、嘘、期待外れ、すべてをひっくるめて、顧客の信頼を勝ち取ることが私たちの仕事だ。戦国の世でも現代でも変わらぬ真理だ!」


 そして、満足げに言葉を続ける。


「君たちのグループプレゼンテーションの点数は…最高評価のA+だ!」


 教室中が歓声と驚愕に包まれ、竜神崎はその場に崩れ落ちるように膝をつく。彼の肩を、仲間たちが嬉しそうに支える。


「A+だって!?BBAビジネススクール始まって以来の快挙だ!」クラスメイトの一人が目を丸くして驚きの声を上げる。


 教室には歓喜の渦が広がり、チームメイトたちは感極まって竜神崎の元に駆け寄った。


 ジョンが竜神崎の肩を力強く叩き、興奮を抑えきれない声で言う。


「サムライボーイ!いや、サムライ!お前、やってのけたな!すげぇよ!」


 竜神崎はその称賛に照れながらも、誇らしげに微笑み返す。


 リンジーは目に涙を浮かべ、感謝の気持ちを込めてそっと微笑んだ。


「本当に…すごいわ。私たちのためにここまでやってくれて…ありがとう!」


 その優しい表情に竜神崎も少し照れた様子でうなずく。続けてティファニーが驚きを抑えきれない様子で感嘆の声を漏らした。


「まさか…あのイムランからA+なんて…私も信じられない!」


 ティファニーの目は興奮で輝き、周囲のメンバーもその事実に頷いている。ジェニーは少し照れくさそうにしながらも、口元に微笑を浮かべて竜神崎に視線を向ける。


「ふん…今回だけは認めてあげる。ありがとう…竜神崎。」


 彼女の言葉には普段見せない柔らかさがあり、竜神崎も感謝の気持ちを込めて頷いた。


 竜神崎は、仲間たちの温かい声に囲まれながら、自分の力が仲間たちの役に立てたことを実感していた。


 遠くの席で、モーガンも竜神崎に向けて微笑みながら拍手を送り、静かに彼の勝利を称えている。教室中が大歓声に包まれる中、竜神崎は仲間たちと共に喜びを分かち合いながら席へ戻った。


 このプレゼンテーションは、その後もBBAビジネススクールの伝説として語り継がれることになる…。そして、竜神崎の名は、未来のサムライたちにとって希望の象徴となるのだった。

次回 第6話「リーダーシップ編〜侍と軍人、魂の対決〜」

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