第9話「一年目の終わりと大騒動編~信頼と裏切り、そして…~」
竜神崎たちはビジネススクールの一年目を無事に終え、待望のサマーブレイクを迎えた。しかし、ビジネススクールに「完全な休み」など存在しない。彼らは休暇期間も研修を兼ね、学び続ける必要があり、その一環として現代の東京での海外研修に参加することが決まっていた。
遥か戦国時代から生きた竜神崎にとって、現代の東京は全くの未知の都市。その驚異的な発展ぶりに、どれほど驚かされるかは計り知れない。だが同時に、この研修は竜神崎にとって「里帰り」のような意味も持っていた。竜神崎の胸には、懐かしさと興奮が入り混じった期待が膨らんでいた。仲間たちとともに向かうこの旅は、単なる研修以上の経験となるだろう。
しかし、日本への出発を目前にしたある日、突如としてグループ内で大きなトラブルが勃発する。ひとたび芽生えた疑惑と不信感が、少しずつ仲間たちの間に暗い影を落とし、これまで築いてきた信頼関係を揺るがす出来事となったのだった。
一体、何がきっかけでこの危機が生まれたのか。そして、仲間たちはそれを乗り越えられるのか。東京行きの旅に隠された、思いもよらない試練が彼らを待ち受けていた。
ジェネビーとショーンの物語
仲間の間で「母親」のように慕われていたジェネビーと、冷静にチームを支えるギークのショーン。その二人の運命が、ある決断をきっかけに大きく揺れ動く。
ジェネビーは、ジョンと並ぶリーダー格で、どんな時もチームの支柱であり続けた。チームの「母親」のように慕われるジェネビーは、ジョンと並ぶリーダー格で、大企業の重役としての一面も持つ。隣州の巨大な本社ビルからビジネススクールに通い、週ごとに自家用ヘリやプライベートジェットで飛び交う彼女は、威厳とカリスマ性で誰からも一目置かれる存在だった。
ある日、仲間たちが集まるラウンジで、ジョンが感心しつつも半ば呆れ顔でジェネビーに言った。
「ジェネビー、お前って本当に規格外だよな。通学にヘリとかジェットなんて、どう考えても普通じゃないって。さすが大企業の重役は違うわ。」
ジェネビーはジョンに軽くウィンクしながら、優しい笑みを浮かべた。
「ふふ、ありがとう、ジョン。でも、私にとっては普通のことよ。だって、みんなが私の『家族』だもの。どんなに遠くたって、私ができる限りみんなを支えたいの。」
その言葉を聞いて、リンジーも感動したように頷き、ジェネビーの手を取った。
「本当に…ジェネビーがいなかったら、私たちどうなってたんだろうって思うわ。あなたがいつも支えてくれるから、私も頑張れるのよ。」
ジェネビーはリンジーの手を軽く握り返し、彼女に力強く微笑んだ。
「ありがとう、リンジー。でも私だけじゃないわ。みんなで支え合ってるから、こうして私たちは強くなれるのよ。」
一方、冷静なサポート役であるショーンにも隠された顔があった。表向きは普通の学生のように見えるが、彼は実は卓越したハッカーで、情報収集やサポートを行い、数々の危機を陰で支えてきた。その能力がどれほど頼もしいか、仲間たちは何度も痛感している。
ティファニーが、彼の貢献に感心しながら言葉をかける。
「ショーンも、隠れたヒーローって感じよね。あなただけが知ってる情報がいくつあることか!あなたの情報なしで突っ走ったら、きっとみんな大変な目に遭ってるわよ。」
ショーンは少し照れくさそうに顔を赤らめながら、軽く肩をすくめた。
「いやいや、僕なんて影のサポートだから。君たちみたいに正面切って戦うのは無理だけど、裏方でできる限りのことはするよ。それが僕のやり方なんだ。」
その言葉に、ティファニーがさらに感心したように続けた。
「でも、ショーンがいるからこそ私たちは安心して前に進めるのよ。あなたが支えてくれてるのが、どれだけ心強いか分かってる?」
ジェネビーも微笑みながらショーンを見つめ、深い感謝の意を込めて言った。
「ショーン、あなたは私たちの陰の支え。そしてそれは、決して誰にも真似できない、あなたの特別な才能よ。」
ショーンは再び照れくさそうにしながら、少し視線を落とした。
「ありがとう、みんな。そう言ってもらえると…やってきた甲斐があるよ。」
その場にいた全員が、ジェネビーとショーンの言葉にじんとした感動を覚えていた。彼らが支え合い、互いに敬意を持って接しているからこそ、このチームは成り立っているのだと改めて感じた瞬間だった。
そして、ジョンが少し真剣な表情で言葉を続けた。
「こうやって考えると…俺たち、本当にいいチームだよな。ジェネビーも、ショーンも、みんながそれぞれの役割で支えてくれるから、俺たちは強くいられるんだ。どこにも負けないファミリーだ。」
その言葉に、竜神崎も大きく頷き、仲間たちに向けて言った。
「うむ。拙者もこのチームを心から誇りに思っている。皆がそれぞれの役割を全うし、共に強くなる。それこそが、我らの『家族』としての力だ。」
その場にいた全員が、竜神崎の言葉に胸を打たれ、笑顔を交わした。その一瞬の温かさが、彼らの絆をさらに強くし、これからも共に戦い抜く覚悟を胸に抱かせたのだった。
しかし、その夜、ショーンは暗い部屋で一人、家族の写真をじっと見つめていた。そこには、笑顔を浮かべる妻と、まだお腹の中にいる新しい命の姿が写っている。彼の表情には、家族への責任と仲間への思いが複雑に絡み合い、深い悩みが滲んでいた。
「…僕にはもう、限界かもしれない。この先も危険に身を投じるなんて、無理かもしれないな…」
彼は家族への愛情と仲間への忠誠の間で葛藤しながら、最近気になっていた竜神崎の正体についても、密かに調査を進めていた。そして、ダークウェブの片隅で見つけた一つの“真実の断片”が、彼の中で疑念を呼び起こす。
「…竜神崎、君は一体何者なんだ…?」
その呟きには、自分でも気づかぬうちに恐怖が滲んでいた。
翌日、ビジネススクールからの「チームシャッフル」の通達が届くと、7人はいつものミーティングルームに集まり、その話題で持ちきりだった。ジョンが、何でもないような顔で肩をすくめながら話を振る。
「どうやら、他のグループでゴタゴタがあったらしいな。人間関係ってのは複雑なもんだし、まぁ…人生、色々あるんじゃねーの?」
ジェニーは一瞬だけ目を上げると、面倒くさそうに小さくため息をついた。
「まったく…ドラマだらけでバカバカしいわ。あちこちで問題ばかり起きてるんだから」
その様子にティファニーが興味をそそられたようで、身を乗り出して問いかける。
「えーっ!?ジェニー、どんな話なのか後で教えてよ!絶対おもしろい話があるんでしょ?」
ジョンはティファニーのやりとりを聞きながらクスクス笑い、場の空気を和ませようと竜神崎とショーンに向き直った。
「なあ、俺たちはこれでいいよな?だって、俺らBBAビジネススクール一の仲良しグループだからな!な、竜神崎、ショーン?」
竜神崎はその言葉に満面の笑みで力強く頷く。
「うむ!拙者にとっても最高の仲間たちでござる!このグループ以外は考えられぬ!」
竜神崎の声に応じて、皆がほっとした表情で頷き合うが、その場でショーンだけは黙り込んでしまった。笑みの影にふと現れた沈黙が、教室の空気にかすかな重さを残す。ショーンの視線はテーブルに落ち、普段とは違う静けさが彼の表情に漂っていた。
しばらくして、ティファニーが気づいて小さな声で問いかける。
「ショーン、大丈夫?なんか考え事してるみたいだけど…」
ショーンは一瞬、言葉に詰まるようにして小さく頷き、微笑みながらも、どこかよそよそしさを感じさせる口調で答えた。
「うん、大丈夫だよ。ただ…ちょっとさ、気になってることがあって…」
その言葉には、彼の胸の奥で渦巻く何かが滲んでいた。ショーンは仲間たちに隠し続けてきた葛藤や、今も心の中で戦い続けている問題を、誰にも言えないまま抱えていた。
ショーンは静かに皆の前に立ち、意を決して口を開いた。普段から仲間のために情報を集め、サポートをしてきた彼だったが、ここ最近の様子の変化には皆も気づいていた。
「お、おい、どうしたんだ、ショーン…まさか!」
ジョンの驚きと不安が入り混じった声が響く。
ショーンは少し気まずそうに視線を落としながら、決意を込めて話し始めた。
「みんな…僕、他のグループに移籍することにしたんだ。もう誘われているチームがあって…それに、家庭の事情もある。家族を守るためには、これ以上危険なことには巻き込まれたくないんだ」
彼の言葉が終わるやいなや、ジェネビーの表情が凍りつく。その瞬間、鋭く低い声が彼女の口から発せられた。
ジェネビーはショーンの言葉に深い失望を感じ、まるで裏切られたかのような表情で彼を見つめていた。その瞳には、抑えきれない怒りと悲しみが浮かんでいる。
「ショーン…どういう意味?私を…私たちを捨てるつもりなの?」
彼女の声はかすかに震え、傷ついた心を隠しきれない。ショーンはその視線にたじろぎ、言い訳の言葉を探しながらも、必死に伝えようとした。
「ジェネビー、僕には…僕には守らなきゃいけないものがあるんだ。家庭も大切なんだ。家族ができて、これ以上危険に巻き込まれるわけにはいかないんだよ」
しかし、ショーンの言葉はジェネビーの怒りを和らげるどころか、さらに彼女の心を深く傷つけていた。彼が家庭を理由にして距離を置こうとする姿勢に、ジェネビーは絶望を覚えたかのようだった。
「“家族”って、何なのよ?私たちだって、あなたの家族じゃなかったの?」
ジェネビーの目は、怒りで熱く燃えるようでありながらも、その奥には見捨てられた悲しみが滲んでいた。彼女はショーンを信頼し、彼が心からこのチームを家族だと思っていると信じていたのだ。しかし、彼の一言でその信頼が崩れ去ったように感じた。
「ショーン、私は信じていた…あなたがこのチームを、本物のファミリーだと思ってくれてるって!」
ジェネビーの声が激しさを増し、教室には重苦しい沈黙が広がった。彼女の言葉が、ショーンの心に深く突き刺さっているのがわかった。彼は視線を落とし、自分の選択を悔やむように言葉を詰まらせた。
その場の緊張を和らげようと、リンジーがそっと口を開いた。
「ジェネビー、ショーンにも事情があるのよ。彼には…守らなければならない家族がいるの。私たちも、それを尊重してあげるべきじゃない?」
リンジーの言葉は柔らかくも温かく、ショーンの立場を理解しようとする優しさに満ちていた。しかし、それがかえってジェネビーの苛立ちを刺激してしまった。彼女は顔をさらに険しくし、リンジーに鋭い視線を向けた。
「事情?それはわかるわ。でも、私はただ…ショーンに私たちを信じていてほしかっただけよ。信じていれば、どんな困難でも共に乗り越えられるって…そう思っていたのに」
ジェネビーの目には涙が浮かび、彼女が抱いていた期待が崩れ落ちる痛みが表れていた。ショーンは言葉を失い、その場に立ち尽くすことしかできなかった。自分の選択が、どれほど彼女を傷つけてしまったのかを、ようやく思い知ったようだった。
「そう…そういうことなの…お前たちも同罪よ!彼のわがままを受け入れて、簡単にファミリーの絆を壊そうとするなんて…私はみんなを信じていたのに。今、信じていたものが全部、私の中で崩れ去ったわ…!」
深い失望と怒りに満ちた彼女の言葉は、静まり返った教室に響き渡る。仲間とは何があっても支え合う「家族」のような存在だったからこそ、ショーンの移籍はその絆を壊す行為に映ってしまった。
ショーンは戸惑いながらも、彼女の非難を冷静に受け止めようとしたが、反論する言葉が見つからなかった。
そして、ジェネビーは怒りに満ちた目で、しかし涙をたたえながらその場を立ち去ってしまった。彼女はその後、一度も学校に姿を見せることなく、仲間たちの前から去ってしまったのだ。
ジェネビーが学校を去った後、彼女が残した空白はチーム全員に重くのしかかっていた。誰もが心のどこかで、彼女の怒りと失望を引きずりながらも、その責任を分かち合い、彼女の無事を祈っていた。
数日が過ぎても彼女からの連絡はなく、メッセージも応答もないまま。ついにティファニーが皆を集め、心配げに口を開いた。
「ねえ…みんな、ジェネビーのことが心配だわ。彼女、もう数週間も姿を見せてない。何か手がかりがないか探せないかしら?」
その言葉に、ジョンはうつむきながら低い声で応じた。
「俺たちがもっと早く彼女の気持ちをわかっていれば、こんなことにはならなかったのかもな…」彼の言葉には悔しさと自責の念がにじんでいた。
リンジーもまた、困惑した表情で視線を落とし、諦め半分の口調で言った。
「でも、私たちにできることは限られているわ。彼女が自分で選んだ道を、私たちは尊重するしかない。きっと、いつか彼女は戻ってきてくれるはず…」
しかし、それは自分たちを慰める言葉でしかなかったことを、誰もが薄々感じていた。ジェネビーはまるで闇に消えたかのように、全く連絡がつかなくなっていたのだ。
一方でショーンは、自分の選択が彼女を追いやってしまったのではないかという罪悪感とともに、自分の道を信じるべきだと自らを奮い立たせていた。家族のため、守るべきもののために選んだ決断は後悔していない。しかし、どこかで後悔とは違う切なさが胸を締めつけていた。
季節は静かに巡り、一年目の終わりが近づいてきた。冷たい風が吹きすさぶ季節外れの寒い日々が続く中、夏の予兆が少しずつ感じられる頃、チームの仲間たちは心の奥に少しずつ、ジェネビーが戻ってくる未来を信じる想いを残しながら、それぞれ新しい道に一歩を踏み出していく決意を固めていた。
少し時はたち、竜神崎が一年目の総仕上げである東京研修から戻った後、彼はジェネビーと会う機会を設け、一度きりの密会が実現した。場所は彼女の住まいの近くの小さな茶屋。夕方の柔らかな光が差し込む中、竜神崎は落ち着いた表情で彼女を待っていた。ほどなくしてジェネビーが現れ、彼女の後ろから、まだ幼い娘が控えめに顔を覗かせている。竜神崎はジェネビーに視線を向けつつ、娘の存在に微笑みかけた。
「この子は私の娘。普段は家族に預けているけど、今日はあなたと会うって聞いて一緒に来たいって。」
「お嬢さん、初めまして。お母上はとても頼りになる方でござるよ。」
娘は少し照れながらも、竜神崎の言葉に笑顔を浮かべ、母の背中に隠れた。そんな娘の姿を見つめながら、ジェネビーはふと遠くを見るような目をして、小さく息をついた。
「あなたには…まだ話していなかったわね。なぜファミリーに対して、私がそこまで強い執着を持つのか。」
「それは、以前から不思議に思っておった。拙者も様々な主君に仕えてきたが、そこまでの絆を持つ一族は稀なものであるからな。」
ジェネビーはゆっくりと席に腰掛け、娘をそっと膝に抱えながら語り始めた。
「私たちのファミリーはメキシコからの移民なの。私たちがここに来たとき、頼れるのは互いしかいなかった。異国の地で、言葉も文化も違う場所に飛び込むっていうのは、生半可なことじゃなかった。」
ジェネビーは静かに視線を落とし、どこか遠くを見つめるような表情で話を続けた。その膝に抱かれた娘も、母親の表情をじっと見つめている。竜神崎は、彼女が言葉に込める深い思いを感じ取り、彼女が背負ってきたものの重さを痛感していた。
「移民として、この国に来るというのは、覚悟がいることだったわ。私たちが来た頃は何もかもが違っていた。知らない土地、知らない文化、見知らぬ顔ぶれ。言葉も通じず、周りからは異物として見られて…。」
ジェネビーの声が少し震えた。彼女が口にする一言一言が、まるで心の奥深くにしまい込んでいた感情を少しずつ解放するようだった。
「ここでの生活は、毎日が闘いだった。だけど、私は家族のためにどんなことでもやってきた。私の家族は、互いを頼ることでしか生きられなかったし、それで救われていたの。」
彼女の言葉には、決して揺るがない信念が宿っていた。
竜神崎はその言葉に思わず深く頷き、同じように支え合う仲間たちの姿が目に浮かんだ。彼女が語るファミリーへの思いが、彼の心にも響き、戦国時代に主君や仲間と共に戦い抜いてきた自身の経験と重なるものを感じていた。
「拙者が戦場で共に戦った者たちと同じでござるな。背中を預けられる存在がいればこそ、進む道に迷いがなくなるもの。ジェネビー殿…その強さと誇り、お見事でござる。拙者もまた、戦場で主君と仲間たちと共に進んできた。互いに支え合い、信頼し合うことで、どんな困難も乗り越えられたのだ。貴殿のファミリーへの思い、深く共感いたす。」
ジェネビーは竜神崎の言葉に目を潤ませ、少しだけ微笑んだ。彼女にとって、家族とはただの血縁以上のものであり、すべての支えであり、心の拠り所であった。それが彼女の人生のすべてであり、彼女を強くし、今日まで導いてくれたものであったのだ。
「ありがとう、竜神崎。あなたの言葉には、信じられないくらい力があるのね。私たちが異国の地で築いたこのファミリーと同じように、あなたにも、きっと強い絆があるんでしょうね。」
彼女は竜神崎の眼差しに、どこか懐かしい仲間の面影を見たかのようだった。
そのとき、彼女の娘が小さな手を母親の手に重ね、ジェネビーに微笑みかけた。ジェネビーはその手をそっと握り返し、竜神崎に向かってさらに話を続けた。
「家族や仲間と共に生きることの大切さを、改めて感じたわ。私たちはこれまで、数えきれない困難に立ち向かってきたけど、家族がいる限りどんなことでも乗り越えていける。だから、あなたたちも自分の仲間を大切にし続けてほしい。」
竜神崎もその言葉を心に刻み、深く礼をした。「お言葉、胸に刻み申した。我が仲間もまた、互いを支え合う強い絆で結ばれておる。貴殿のファミリーへの深い愛情、拙者もまた見習い、仲間と共に進む所存でござる。」
竜神崎は更に彼女の話に耳を傾け、彼女の心の中にある想いに少しずつ触れ始めた。
「だから、私たちは、いつも互いに支え合わなければならなかった。時も私たちは一緒だった。ファミリーがいたから、どんな困難でも耐え抜くことができた。」
ジェネビーは静かに娘の頭を撫で、彼の言葉に同意するようにうなずいた。しかし、その瞳にはどこか影があった。すると、突然怒りを目に湛えて言葉を絞り出す。
「だからこそ、裏切り者は許せない。ファミリーを危険に晒す者、絆を壊す者は、どんな理由があろうと私たちの敵なのよ。あの国で育った私は、ファミリーと共に生きるために、そういう生き方を学んだ。」
彼女の強い言葉に、竜神崎は彼女の覚悟と、決して揺るがない信念を感じた。彼女にとって、家族は単なる血縁ではなく、生きていくための心の拠り所であり、命を懸けるに値する存在なのだと改めて理解した。
「ジェネビー殿、貴殿の言葉が胸に染みるでござる。ファミリーのために生きるということ、その意志が貴殿の強さとなっているのだな。」
「あなたにも、あなたの信じる仲間がいるでしょう?それは、私のファミリーと何も変わらない。だからこそ、共に進むためには覚悟がいるのよ。」
その言葉に、竜神崎はかつての仲間や、今のチームメンバーの顔を思い浮かべ、再び深く頷いた。
「拙者もまた、貴殿と同じ覚悟を胸に抱き続けるでござるよ。ファミリー…いや、仲間を守るために、どんな戦場であろうと立ち向かう覚悟がある。」
ジェネビーと竜神崎は、互いに深い理解と共感を感じ、静かに微笑み合った。娘も、母の穏やかな顔を見て安心したように小さく笑った。
静まり返った茶屋の一角、日が暮れて薄暗くなった空間に重苦しい沈黙が漂っていた。竜神崎の前で、ジェネビーは複雑な思いを抱えながらも冷ややかな視線を向け、強い意志を宿した瞳が竜神崎を捉えていた。竜神崎の心にはかつて見たことのない、冷徹で揺るがぬ決意が彼女の顔に浮かんでいるのが伝わった。
「竜神崎、あなたのことは信頼している。けれど…他の仲間たちに対して、私は決して許すことができない。」
竜神崎は驚き、微かに眉をひそめた。
「ジェネビー殿…そこまで思いつめているのか?確かに、我らの考え方が一致するわけではないが、それでも…」
ジェネビーは厳しい目で語りかける。
「竜神崎、あなたは甘い。私のファミリーに背いた者は、すなわち敵なの。彼らの行為は、私のファミリーの掟を踏みにじるものよ。それは、私が生きてきた道をも否定することに他ならない。私には、それを収めるつもりも、忘れるつもりもない。」
彼女の言葉には、冷たい怒りと覚悟が込められており、その姿勢には一切の揺るぎがなかった。竜神崎は、ジェネビーが生き抜いてきた環境の厳しさと、その信念が彼女の背筋をどれだけ支えてきたかを感じ、しばし黙り込んだ。
「もし、あなたと私が相対することになったら…その時は、ためらうことなく、私を倒して。私も…容赦しない。」
竜神崎は息を呑み、じっと彼女の目を見据えた。
「…本気なのか、ジェネビー殿…」
ジェネビーは少し視線を落とし、声を震わせながらも強く答えた。
「戻るつもりはないの。私は、私のファミリーのために生きると決めた。それが私のすべてだから…」
再び顔を上げた彼女の瞳には、強い炎のような意志が宿っていた。彼女にとっての「ファミリー」は生きる意味そのものであり、彼女の全てがそこに注がれていることが、竜神崎には痛いほど伝わってきた。そして、彼女のためならば、竜神崎もまた彼の仲間たちを守るために引けない覚悟を胸に、彼女に向かってうなずいた。
「ならば、拙者も己の仲間を守るため、全力で対峙するのみ。お主が決して揺るがぬならば、拙者もまた、その覚悟を受けて立つ。」
「そう…それでいいのよ。そうじゃなければ、私の生きる意味が、彼らへの誇りが揺らいでしまうから。」
二人の間に立ち込める緊張は凍てついたように張り詰めていたが、どこかに互いの覚悟を認め合う尊重があった。竜神崎は彼女のためらいのない意志を胸に刻み込み、静かに頭を下げてその場を後にした。
第一章 完
次回 第二章「東京研修編」